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エクエス  作者: 伊燈秋良
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第03話 渇いた咆哮

 



 ~1月7日 水曜日 13:52 日本 北海道 千歳市~




「ファルマコ……!」


 夜明はその名を口にした。先程見たものと同じ姿。乗用車と同じ大きさの巨躯に柱の如く太く、鋭い複数の脚。大きな口と複眼は既存の生物とは違う存在だと見てとれた。


 怪物の顔が少年達へと向くと、夜明は緑髪の少女を抱き上げるとそのまま走り出してコンビニの外へ出た。直後に吹き飛ぶ出入り口。直後に轟音と共に出入り口が吹き飛んで、飛散する扉の残骸が宙を舞う。


 よろめきながら外に飛び出したファルマコは暴走車両の様に暴れながら一心不乱に夜明達を追い掛ける。すぐに気付いた夜明は近くの建物と建物の間の路地へと飛び込んだ。


 その直後、路地にファルマコの鋭い脚が夜明目掛けて襲い掛かる。切っ先は鼻先まで届いたが間一髪、ファルマコの巨体が建物に引っ掛かって行く手を阻んだ。


 だがそれでも御構い無しに身体を押し付けるファルマコ。建物の角はガリガリと削られ、軋み上げていた。夜明は少女を抱き抱えたまま起き上がってその場を去った。


 路地裏を抜けて大通りへ。後はファルマコとは反対方向へ向かって駆け出す。


 少女は少年を呼び止めるかの様に声を掛け続ける。しかし本人は届いていなかった。必死に雪を踏み潰しながら走る少年。


 あの化け物がいない遠くへ、遠くへ。息が切れるまでひたすら走り続けて、次第に足運びは遅くなっていった。


「はぁ……はぁ……――ッ」


 足取りが重くなっていく。だがそれでも止まらない、止まれない。少しでも遠く、少しでも向こうへと逃げる。疲労で霞む視界に動く影が映り込んだ。


「はッ……人……来ないでッッ!! こっちにファルマコが――」


 枯れ果てた喉から無理矢理振り絞って慣れない大声を放った。だが人影には夜明の声は届いてはいなかった。それどころか夜明に向かって来る人間は、血相を変えて走り、何か言っていた。


「はっ、はっ、はっ、た、助け……――」


 掠れた声を発しながら夜明の下へ走る男は、側面から押し寄せて来たファルマコに呑み込まれて踏み潰されて砕けた。


 弱い助けの声は、血と肉が砕けて飛び散る音に書き換えられて、地獄の群れの足音に掻き消された。夜明は一瞬だけ立ち止まり、すぐさま近くのビルに駆け込み、扉を押し退けて飛び込む。


 続けてファルマコも扉をぶち破って侵入して来る。背後に迫る恐怖に夜明は振り向かずに走り続けた。そのまま廊下を渡って一室に入り込むと、担いだ緑髪の少女を部屋の隅にある机の下に隠れる様に座らせた。


「ッハ、ハッ……良い? 自分がファルマコ(あいつら)を引き付ける。君はここで待ってて」


 緑髪の少女は、夜明から離れまいと袖を掴んで『あぅあぅ』声を上げる。何処か不安げな哀しい声を上げる少女に、夜明は頭にそっと手を乗せ、優しくその髪を撫でた。


「大丈夫……大丈夫」


 優しく、寝かしつけるかの様な落ち着いた声で言うと、意を決して夜明は部屋を出た。近くに合った青い壺を持ち上げて来た道を戻り、白い巨大な影を見付けると手にした壺を投げ付けた。壺は割れ、その衝撃に気付いたファルマコは夜明の方へと振り返った。


「ッハ――こっちだ!」


 普段では出さない大きな怒声を張り上げてファルマコを挑発する。獲物を見付けたファルマコは甲高い咆哮を上げて走り出す。夜明は踵を返して廊下を駆けた。


 少女が隠れる部屋を通り過ぎ、曲がり角を曲がると、巨躯故に曲がり切れないファルマコはそのまま壁を突き破ってしまう。瓦礫の山に埋もれる怪物を尻目に走る夜明は直進した先の部屋に入り、窓ガラスを背にして振り返った。


 蹲るファルマコと向かい合い、目が合った。ファルマコは甲高い奇声の咆哮を上げて突進する。床を踏み抜き疾走する巨体が扉を湧くをぶち抜いたその瞬間、夜明は左側の壁際へ向かって横へ飛んだ。


 夜明がいなくなった事でファルマコはそのまま窓を突き破って外へ飛び出ていった。瓦礫と粉塵が舞う中、空けられた穴から夜明は外へ出て走り出す。


 白銀の雪道を走る傍ら、近くにあった物をファルマコに投げ付けたりして注意を引き付ける。少しでも多く、少しでも遠くへ。あの少女の危険を少しでも減らす為に――。腹を痛みが突き抜けた。


「……ぅっ」


 後ろを振り返りながら走る夜明の口から、小さな声が漏て、立ち止まった。視線を前に戻すと、そこにいたのは白銀の世界に溶け込む白い異形だった。夜明よりも一回り程、細長い身体にピッケルの様な先が鋭く長い六本の足を持った、アメンボの様な生き物。


 その内の一本が夜明の鳩尾を貫いていた。痛みが頭の奥まで昇り詰め、口から血が溢れた。体勢が崩れて痛みが完全に思考を支配するその瞬間、突如背後から衝撃が襲って身体を吹き飛ばした。


 雪の町とファルマコの群れを眼下から見下ろすと同時に、内臓が浮き上がる感覚が心身を飲み込む。突如突如の連続で思考は回らず、視界に映る光景を只々見るだけ。夜明の意識が戻ったのは身体が雪道に墜落した時だった。


 新雪故に柔らかいが、受け身の体勢を取っていないが為に全身に激痛が奔る。白雪のマットに数回かバンドして雪の上を転がり、建物の壁にぶつかって回転は止まった。


 唸り声の様に、弱々しい声が口から漏れ出す夜明の左前腕は、半分の位置から折れ曲がっていた。小鹿の様に震えながらも夜明は立ち上がり、よろめきながら、壁伝いに歩き出す。


 それを阻むかの様に、空から巨大なファルマコが現れた。落下の衝撃と雪が押し寄せて夜明を怯ませる。衝撃と雪から身を守ろうと差し出した右腕がファルマコに噛み付かれて、そのまま押し倒された。


 規格外の重量が夜明の身体に圧し掛かり、衝撃が身体を突き抜ける。肋骨が折れる音が脳内に響き、腹の奥から押し出された空気によって苦痛の声が漏れ出て木霊す。


 勝ち誇るかの様にファルマコは頭を天高く挙げた。周囲に赤い飛沫を撒き散らして。怪物の口から生温い赤い液体が滴って少年の顔に垂れた。だが夜明の反応はあまりない。右上腕の半分から先が無いその末端から漏れ出す鮮血と共に気力が漏れ出すかの様に。


(……死ぬ……)


 今にも消えてしまいそうな思考が認識したのは終焉の言葉、絶望の代表格。しかし恐怖は無かった。少女を守れたから、もしくは既に家族がこの世にいない為か。彼には生きる気力も、願望も無かった。口が開かれた。深淵の如く喰らいそこが夜明の視界を覆い尽くす――。


「あああああああああああああああっ!!!」


 彼方から甲高い声が鳴り響き、頭上にまで声が迫る直後に深淵が消えて光が突如差し込んだ。視界に映ったのは白い雲空に浮かび緑色の影は一気に迫って夜明の腹の上に落下した。


「がふぅッ!!」


 落下物の衝撃が内臓を突き抜けて身体はV字に降り曲がる。激痛に悶え、口の中が昇り上がって胃液によって酸っぱく感じるも、腹部を襲った強烈な痛みが夜明の眠り付こうとする意識を叩き起こす。少年は、自身の腹の上にあるものに視線を向けた。


「――……何で君が……」


 夜明が見たのは、先程建物の一室に隠れさせた緑髪の少女だった。少女の顔が寂しさと夜明との再会で涙目に変わる一方、その背後の向こうには、一本の巨大な直線の跡――わだちを描いて横たわるファルマコだった。


「何が……」


 凍て付いた脳で思考し続けるも、夜明が気付いたのは現状が起こった理由ではなく現在の状況だった。建物と建物の間、建物の壁面、屋上に。何匹ものファルマコが夜明を取り囲んでいたのだ。早く逃げないと――そう考えて夜明は少女に声を掛けようとする。


 しかし少女は夜明の両頬に両手を当てて、そのまま額を顔に押し当てた。


「だ……じょ……ぶっ……」


 途切れ途切れの、ぎこちなく拙い発音。それは夜明が少女に言った言葉。その言葉を少女が放つと、夜明は何故か安心を感じた。そして同時に、少女の肌が触れるその箇所に噛み付かれたかの様な痛みが走る。


 少女と夜明の肌に筋が浮かび上がり、少女の身体から白い煙が噴き出て二人を覆い隠す。その場に漂う煙のドームの周りを白い怪物達が包囲する。


 一匹が煙に向かって飛び掛かった。そしてファルマコが煙に触れるその直前。煙のカーテンを突き破ったそれはファルマコの顔面を砕き、凹ませ、彼方へ撃ち飛ばした。それは剛腕。白く太く、無機質な外殻に包まれた、巨木の様な太い腕。


 ――煙の中から、煙の天蓋を突き破ってそれは立ち上がった。全長約5m近くある白い外殻で身体を覆った巨人。筋肉の盛り上がりや形に沿った様に甲殻が全身を包み、腕や脚は大木の如く太く強靭だった。何よりもその外見は人型でありながらも、ファルマコの面影を漂わせた。


 巨人ファルマコが出て来ると、ファルマコ達は一斉に巨人に一斉に飛び掛かった。対して巨人は内一匹に殴り掛かる。襲撃の輪を攻撃と同時に突破して、そのまま殴ったファルマコを建物の壁に叩き付け、更に空いていた拳でもう一撃与える。殴られた頭は砕かれ潰れ、周囲と壁に血飛沫と肉片が飛び散った。


 巨人は振り返って敵を視認、口を大きく開いて白い息を吐き出すと、天高く雄叫びを挙げ、一帯に猛獣の様な怒声が木霊し響き渡る。力の限り放った後、一度屈んで飛び出す。対向の群れも飛び掛かる。爪が届く前に二匹のファルマコの頭を掴んでぶつけた。


 勢い良く噴き出た鮮血が白い外殻を染め上げる。獣の死骸を放すと、そのまま反時計回りに回って裏拳を放って怪物を打ち飛ばし、2匹のファルマコが壁に叩き付けた。そのまま右脚を降り被ってその身体を蹴り破る。1匹のファルマコが巨人の背中に飛び付いた。


 外殻をかじり、抉る一方で、巨人はファルマコの脚を掴んで身体から引き剥がして雪の上に叩き付けた。裏返って戻れないファルマコの剥き出しの腹部を、渾身の力を込めて身体を踏み抜き、貫いた。


 全身が赤く染まる巨人は膝を付き、前に倒れ込んだ。雪が舞い上がって降りかかる。微動だにしない巨人の身体から煙が噴き出ると、外殻がずり落ち、肉が塵の様になって空に舞い上がり始めた。


 すると建物から1匹のファルマコが出て来て、動かない巨人に飛び掛かった。その突如、爆音が響き渡り、同時にファルマコの頭が砕け散った。肉塊と血をぶちまけて、死骸はそのまま巨人の傍に落ちた。


 その光景を、銃口から煙を挙げる自身の背丈を上回る程巨大なライフルを構えた茶髪の青年は、緑色の瞳で見届けていた。

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