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エクエス  作者: 伊燈秋良
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第02話 望んでした末




 ~1月7日 水曜日 13:44 日本 北海道 千歳市~




 一面銀世界の広大な土地に設けられた新東千歳駐屯地。かつては〝第七師団司令部〟等が駐屯する陸上自衛隊の駐屯地であり、北部方面隊の中核を担う駐屯地でもあった。


 現在では自衛隊を再編した新日本陸軍の駐屯地して使用され、ファルマコの北方からの侵攻に備えている。そんな白銀の世界の中にある駐屯敷地内中央にそびえる建物の中にある作戦司令室内は狼狽の嵐で満ちていた。


「アルファ1の反応途絶! 」

「アルファ2と3、それとベータ1は!?」

「現在アルファ2とベータ1は千歳市内それぞれの大通りを走行中!  アルファ3は市外を走行しています! しかしファルマコの大群に追われていますッ!」

「クッ……戦闘機を発進させてファルマコを迎撃させろ!」

「了解です!」


 オペレーターと司令官と思わしき男達が目の前にある大型ディスプレイに映し出されているファルマコ侵攻に焦りと苛立ちを表に出して対応していた。


 それを傍目から見る2人の男。紫色の髪の青年と、黒い髪の長身の青年。両者共に丈の長い黒のコートを着ていた。紫色の髪の青年――小斉本が司令官と思わしき男の下に歩み寄る。


「司令官、ファルマコが出ました。

 これより防衛庁訓令に則り、対ファルマコ戦中の新日本軍前線指揮権限は、首相直属対ファルマコ殲滅機関マウガンのものとなります」

「ふざけるなよ!!  千歳は北部方面隊(われわれ)の庭も同然、地の利はこちらにある! それを先日来たばかりの若僧共が何を――」

「お気持ちはお察しします。しかし市街地にはファルマコが現れている以上、軍用機を保有する空軍と陸軍には市民の避難を最優先にお願いします。

 ファルマコはマウガン(われわれ)が対処します。それに、そちらが我々の物を持ち運んでいるのです。先日の我々の失敗を、あなた方もしたくはない筈ですよね?」


 ゆったりとした口調で小斉本は、司令官と思われる40代の男に言い聞かせる。要約するに〝こちらのいう事を聞け〟と小斉本は司令官に命令しているのだ。


 司令官は拳を握り締め、奥歯を噛んで苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる。意地と現実の間に葛藤した司令官は口を開いた。


「――分かった」

「それでは、我々マウガン所属の特務部隊〝シジン総隊〟は現場に向かい、ファルマコの殲滅にあたります。そちらは市民の救出活動に専念してください」

「……分かった」


 振り絞るかの様に言った司令官を尻目に、小斉本は入り口近くにいた青年とアイコンタクトした後、指令室を後にした。廊下に出ると青年2人は早足で廊下を駆けた。


「……やられたな」


 黒髪の青年――岳谷は自身よりも背が低い小斉本に言い放った。呆れ気味に言い放った岳谷に、小斉本は怒りを交えながら返した。


「ああ、全く持ってだ。なんで、ファルマコはああ時たま神出鬼没なんだ。研究所もバレてないのに襲われた」

「〝実験体達〟の匂いが分かるのか……案外、彼等が呼んでいたりしてな。……『帰りたい』とか」

「笑えない冗談だよ、それ」


 早足で駆けていく小斉本と岳谷は廊下を抜けて部屋に入って行った。椅子とテーブルが幾つも並べられており、一見すれば会議室か休憩室に見えた。2人は机に置かれたそれぞれ特大のジェラルミンケースを手に取って開いた。


 中に入っていたのは何枚も重ねられた無機質な光沢を持つプレートが何枚も重ねられた物体が収められていた。コートを脱いでテーブルや椅子の背もたれに掛けると、ケースの中の物体に手を掛けて取り出した。


 それを背中に回して取り付けると、折り畳まれたプレートが四肢の上から自動で取り付けられていく。物体はプレート状のフレームとなり、人体骨格の様な形となって小斉本と岳谷の身体を覆った。それは骸骨の様にも、鎧の様にも見て取れた。装着者を守るパワードスーツ――そのフレーム部である。


 このフレームと既に着ている炭素繊維で作られた人工筋肉のスーツと合わせる事で、常人を遥かに上回る身体能力を獲得出来る。更に蓋の部分に収納された手袋とブーツの形をした装備を装着する。


美奈(みな)輝昌(てるまさ)から連絡が来たんだ。避難誘導に専念しているって。他の隊員にも連絡は通して、軍が来るまでの間は民間人の救出に専念させている」

「俺等はファルマコ殲滅と――実験体の回収か、どうにもこうにも不幸ばかり続くな」

「分かってた筈だ。問題なのは予想通り過ぎるのが泣ける事だ」


 ――今から2日前の1月5日。マウガンの特務部隊〝シジン総隊〟は、ファルマコに襲撃を受けた秘匿研究所に向かった。作戦内容は研究所にある〝実験体〟2つの確保、及び研究所の奪還である。しかし大量のファルマコの襲撃により研究所は壊滅。更に実験体2体の内1体が敵の手に落ちたのである。この失態に対してマウガンは政府からの責任追及が問われた。


 その結果、シジン総隊は残った実験体を鎌倉本部に持ち帰る事が出来ず、一時的に保有権限を陸軍への管理下へと置かれる事となった。その為シジン総隊は補給と実験体の受け渡しを兼ねて千歳駐屯地へと訪れたのだ。


 そして陸軍は総隊から実験体を受け取り後、駐屯地とは別にある研究所へと移送しようとするが、北海道というファルマコの前線ロシア国境が間近という事。


 秘匿されていた研究所が突如前触れもなく襲撃を受けた事を含め、ファルマコの襲撃を懸念した小斉本の助言で実験体の細胞を取り出し、複数の車両に載せてダミーとする事を提案。渋々ながらも提案は採用され、それぞれ別方向から搬送される事となる。


 特に実験体を運ぶ車両に関しては移送開始時間、車両の外見、コンテナの材質等も他のものとは違うものとした。そして移送開始から1時間後。予想通りに実験体とそれから作られたダミーを載せた4つの車両は、突如現れたファルマコに襲撃を受け、現在へと至る。


「敵の規模は分からねぇけど……最悪、千歳周辺は陥落、放棄か……」

「じゃあ急ごう。少しでも狩るぞ」


 着替え終えた2人は脱いだコートを着直すと、壁際に置かれた身の丈程の長さがあるアタッシュケースを開いた。中には黒く鈍く輝くライフルとが4丁、上方の蓋の中に白銀に輝く刃を備えた剣が2振り入っていた。


 それを手に取った2人は、小斉本は剣を2振りを腰に携え右手にライフルを持ち、岳谷はライフルを2丁、腰に付けて右手に別のライフルを持って合わせて3丁装備した。


「しかし欲をかく様な真似をすると、最近酷い目ばかりになるな」

「それでも行こう。負けっぱなしはごめんだ。少しでもいいから良い気分に浸りたい」




 ◇




 暗闇の中――僅かに長い間隔で光は点滅してそこを照らし出していた。エメラルドの様に煌めく濡れた糸の束――否。その髪は濡れたその華奢で小さな裸体を隠して、少女がそこに横たわっていた。


「何で……女の子が……それに、何で濡れて……」


 夜明は少女が何故コンテナの中にいて、裸で濡れていたのか。しかし凍て付いた頭は疑問ばかりを産み出すだけで回答への思考をしなかった、出来なかった。


 ただ分かるのは、壁の両方に底が割れた瓶の様に割れたものが2つと、少女の周りにはガラスの破片が飛び散っていて、その中から芳しく匂いのする液体が流れ出ていたという事。夜明はコートを脱ぐと、緑髪の少女の上に掛け、包んで抱き上げた。


 軽い――それが少年が知った少女の事、分かった事だった。小学生低学年。7~10歳位の少女。130cmもない小さな身体。小さく、弱い呼吸をしてはいるが、確かに生きていた。夜明は屈んで扉を潜り出た。


 白銀の世界。仄暗い光が照らす白銀の世界。右を見て、左を見て。安全を確認した夜明は雪に埋もれた道路を歩いた。数分が経過した。


 今現在、夜明は誰もいないコンビニの中にいた。幾らコートで身を包んであげたとしても、少女は裸で濡れていた。雪の降る外では凍り付いてもおかしくない。


 だが実際は凍り付かず、まるで外気から少女を護るかの様に常に濡れていた。少女の血色も変わらず、まるで日向の下で昼寝をするかの様にスヤスヤと眠っている――氷点下にも及ぶ冷気の中で。しかし少女は無事でも夜明は無事ではない。


 下着に肌着にシャツとズボン、上着にマフラー。防寒は今、少女の身体を包むコートの力が大きかったのだ。故に夜明の身体は芯まで冷え切ってしまっていた。夜明は暖を取ろうと近くにあったコンビニの中へ入った。


 普段は24時間365日、豪雪が降ろうとその光を絶やさない店は、今は無人と化してしまっていた。暖房と灯りは点いており、店内の純白の床は照らし出され、その床の上に置かれた陳列棚と整頓された商品。


 何も変わらないが、それの間を行き来したり前に立つ人は存在しなかった。いるのは眠る少女と寒さに震えた少年のみ。夜明は両手を擦り、顎を引いて首に巻いた蒼いマフラーに顔を埋めた。手と顔は凍て付いて感覚がなく、肘と膝は寒さで痛みを発していた。やがて身体に感覚が戻り、肘と膝といった関節の痛みが引くと、夜明は少女を抱き上げて店を出ようとする。


「……ぅ……」


 小さな声が胸元から聞こえた。夜明は視線を下げる――虚ろでトパーズの様に金色の瞳が、少年を見ていた。


「……ぉ……起きた……――大丈夫?」


 金色という見慣れない眸の色に若干の恐怖と困惑を抱くも、思考を切り替えて少女の体調を心配した。寝ぼけているのか――少女は以前としてか細い呻き声にもにた声を発した。


「何か言いたいの?」


 夜明は少女の口元に左側頭部を向けた。しかし夜明が感じ取ったのは声ではなく痛みだった。


「いっ――ッ!!」


 突如、少女は夜明の首を掴んで左顎元の首に噛み付いた。突然の激痛に襲われた夜明は、痛みに怯んだ拍子に少女を振り落し、倒れて床に尻もちを付いた。痛む首に左手を強く押し当てる。少し押さえた後で手を首から離すと手の平に鮮血がこびり付いていた。途端に首の傷が空気に触れてヒリヒリと痛み出すと、夜明は傷を握る様にして手で押さえ、噛まれた痛みを握る痛みに書き換えようとする。俯いた頭を上げた。


 目の前には落とした少女が座り込んでいた。掛けさせたコートは落ちて、少女の裸が露わになっていた。かろうじて緑色の長髪が少女の肌を隠すも、当の本人は自身が裸である事を恥じる所か気にもせず、鮮血で赤く染まる口で何度何かを咀嚼していた。


(まさか……自分の……)


 首の肉を喰い千切られた――身体が温まった故か、夜明は少女が何を味わっていたのか理解した。少女と目と目が合い、少女も夜明の存在に気付き、瞳がしっかりと少年を捉えていた。


 口の中のものを飲み込んだ少女は、四つ這いになって夜明の下に駆け寄った。咄嗟の出来事で反応が送れた。少女は夜明を押し倒して覆い被さった。


「んなッ!?」


 予想外だった。少女の力が予想以上だった。夜明の両肩を押して床に叩き付けた後、少女は夜明の首元にかじり付こうとして来たのだ。夜明も少女の額と胸に手を当てて力の限り少女を引き剥がそうと試みるも、少年と少女の間の距離は開かない。


 ――それどころか距離は徐々に短くなって来る。夜明の伸ばした腕はすぐに肘を曲げた状態になり、少女の吐息を肌で感じる程に顔は迫って来ていた。


 腕に力を入れる一方で、両肩に掛かる力による痛みによって夜明は顔を歪め、歯を食いしばる。その刹那――肩に掛かる力がなくなり、軽くなった。と同時に左手首に激痛が奔る。


「ああああああああッッ!!」


 少年の悲痛な叫びが店内に響き渡る。少女は夜明の頭と身体を繋ぐ首から、自身の額に押し当てられた左手と左腕を繋ぐ首に狙いを変えた。左手首は腕を上に上げた拍子に袖が下に下がっていた。まるで首を無防備にさらしているかの様に。


 少女が左手に意識を集中させている事で身体の自由を得た夜明は身体を起こすと、左腕を振って左手首に噛み付く少女を振り払う。無我夢中で腕を振り回すと、手首の肉を切り裂く様に手首から少女は離れ、同時に近くのコピー機にぶつかった。


 夜明はその場に立ち尽くし、少女はその場で蹲る。身体を起こすも、少女の顔は長髪で隠れているが、髪と髪の間から見せる金色の瞳は、まるで林に潜み獲物を狙う猛獣かの様に夜明を見ていた。また襲われる――身じろぐ夜明より少女は――。


「――ぃぐっ、ひぐっ、ひぐっ、うえええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ」


 泣いた。


「……え……泣いて――」


 その疑問に間髪入れず、響き渡る鳴き声に続けて少女の腹から重い唸り声の様な音が声を上げる――腹の虫だ。


(もしかして……お腹空いて……)


 空腹故の行動なのかもしれない――夜明はそう思った。腹が減れば誰だって苛立ちの1つはする。首の肉を食い千切って味わうのは流石に当たり前というのは無理があるが。泣き叫ぶ今が少女から逃げる絶好のチャンス――だが夜明はその場から去らず、慌てふためいていた。


 勿論理由は少女が泣いているからである。年端の少女が泣くのを黙って見過ごせなかったのだ。周りを見て見付けたのは赤い袋に包まれたチョコレートバー。夜明はそれを手に取って袋を破き、中のチョコレートを少女に差し出した。


「えっと……ほらっ」

「ひぐっ、ひっぐっ、うぐっ……」


 少女の元に近付き、チョコレートを差し出した。チョコレートを見た途端に少女の甲高い鳴き声は小さくなって引きつった様になり、少女は泣き止んだ。少女は顔を近づけ匂いを嗅ぐと、夜明は少女の手を取ってチョコレートバーを持たせた。


 チョコレートバーを数瞬程見た後、思い切り齧り付いた。大きく食べた為に口一杯に頬張りながら何度も少女はチョコレートを咀嚼して飲み込むと、パァっと花が咲いたかの様な笑顔を浮かべて残ったチョコレートを食べ始めた。


「……気に入ったか……」


 もうこれで食べられる事はないと確信した夜明は全身の力が抜けてその場に落ちる様にヘナヘナと座り込んでしまった。対して少女は無我夢中でチョコレートを食べていた。先程の飢えた野獣の様な姿はそこにはなく、今、夜明の目の前にいたのは年相応の少女の姿だった。


「はぁ……疲れた……ぁあ! 包みまで食べない!」


 包みまで食べ始めた少女を止めようと、夜明は口に手を突っ込んで包みを引き出す。包みを取られた少女は取り返そうと夜明のブレザーの端を掴み、幼子の様にあぅあぅと駄々をこね始めた。


 ぐいぐいと引っ張られた夜明は、棚にあった他のチョコレートバーを手に取って包みを開いて中身を取り出し、少女に差し出した。少女は笑顔を浮かべてそれを受け取り、食べ始めた。


「……お金払ってない……」


 振り回され続けて疲れる夜明。それは施設で暮らしていた弟妹達を思い出させた。もう二度と会えない、言葉を交わす事も出来ない彼等を思い浮かべた途端に心に風穴が空いた様な突き抜ける感覚を感じた。故に今、目の前にいる少女に意識を向けてしまっていた。素性の知らない少女だが、放ってはおけない。


 守らなければいけない。チョコレートに夢中に噛り付くその愛くるしい姿を見た夜明は、少女がコピー機にぶつけた頭を撫でた。そんな状況を瓦解させたのは、突如背後から襲い掛かって来た、全てを蹂躙して巻き上げる衝撃と轟音だった。


 崩れる音と共に舞い上がる粉塵と商品。コンビニの一角は瓦礫の山と化していた。その瓦礫の山の上で鎮座する存在。白く、無機質で、大きい――怪物。


「ファルマコ……!」

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