第016話 白界の朽壁へ
~5月22日 月曜日 10:30 マウガン本庁舎 会議室~
全面が白に埋め尽くされた、その9割が長大のテーブルと椅子で埋め尽くされる広大な部屋。残り1割は部屋の前方に設置された壇上と壁面に張られた巨大な液晶画面だ。席には既に軍服姿の若い男女、シジン総隊の隊員達が席へと付いていた。
各々がそれぞれの人間と談話に興じる中、後方の出入り口が開かれると、シジン総隊司令官の徳多久雅とくたひさまさが入室した。彼の入室に伴い、各員は会話を止めて前方へと身体と顔を向けた。徳多が壇上に立つと、シジン総隊の前線指揮官である小斉本亮介こさもとりょうすけが号令を掛けた。
「起立ッ!!」
部屋を満たす空気を破砕する様な大声が響き渡り、同じタイミングで同時に隊員達は立ち上がる。続いて『敬礼ッ!!』と再度、部屋を揺るがす声と共に瞬時に右手を上げて敬礼した。徳多も答礼で応えると、『着席ッ!!』と小斉本が発し、全員席へと座った。
「諸君、おはよう。ではまず、諸君に話しておかなければいけない事がある。それが今回集まって貰った理由でもある。――先日、現地時刻の0130マルヒトサンマルにシベリアにある防衛線、インチョウン防衛壁前線基地並びにインチョウン防衛壁が突破された。幸いにも民間人の被害は無く、突破された事もバレていない。
壁の損害に対して国連で救援を決定。各国では修理、医療、補給物資と一部の戦力を派遣している。それに伴い、我々マウガンを戦力と物資をシベリアに送る事が決定した。派遣部隊はホワイトファング隊とブラックシェル隊の2個部隊である。出発時刻は明日の5月23日2100フタヒトマルマル。各員準備をしていおけ。滞在日数は2週間を目安とし、長引く様ならばレッドウィング隊とブルーテイル隊と後退する。何か質問は?」
徳多が周りを見渡してそう訊ねると、ホワイトファング隊所属の石田朋彦いしだともひこが手を挙げた。
「ほい質問どうぞ」
「ヴィレッジロボットも持って行くんすか?」
「勿論そうだろう。シジン総隊おまえたちの今の仕事はそれ位だろう」
「雪積もってる場所にあんなデカいの行けんすか?」
「そりゃあ技術開発んとこで何とかしてくれるだろよ。かんじきなりスノーシュー履かせるとか……まあ着いてからのお楽しみだ。他」
周りを見渡しながら訪ねるも、挙手する者も気配もなかった。
「ほい、んじゃ解散」
男はブリーフィングを速攻で終わらせると、速足で部屋を後にした。司令官の退室に伴い、隊員達は席から立ち上がってそれぞれ個別に集まって会話をし始めた。ホワイトファング隊は隊長格の小斉本亮介こさもとりょうすけの下に集まった。同じ隊員である雲井夜明くもいよるあきと出雲伊邪那美いずもいざなみは互いに集まったが小斉本の下へ行かなかった。それに気付いた先輩の當堂勇一とうどうゆういちが手招きすると、2人は集団の中へと加わった。
「海外派兵ねぇー……シベリア送りか~~」
「その言い方は意味が違うんじゃね?」
石田の言葉にツッコむ同僚の神崎直哉かんざきなおや。シベリア送りといのは、古代からロシアでは流刑地とされており、第2次大戦では鉱物・森林資源の豊富さからソ連の指導者、ヨシフ・スターリンの手によって解放されて多くの労働者が送られた。しかしその労働者が特定の民族や、政治思想で対立した者、抵抗する農民等であり、結局は流刑地のままだった。階級の高い者も送られる為に、今よりも酷い場所に移るので、この場合のシベリア送りは、石田は〝左遷〟という意味で用いたのだ。當堂は気怠く言う。
「シベリアは入隊直後の寒冷地適応訓練と防壁防衛派遣駐留部隊との交代で1回行っただけだなー……――雲井は適応訓練したっけ?」
「いえ。ヴィレッジ開発と五式で忙しかったですので」
「そか~~。五式といい壁ぶっ壊されるといい、いよいよ人類終わるんじゃね?」
「そういう短絡的なのは感心しないわね」
當堂の言葉に注意したのは女性隊員の後暁菜々ごぎょうななだった。
「仕事なんだし、自分も死ぬんだから楽観視出来ないわよ」
「わーってるって。ただでさえ狭いのに人ばっかで息苦しくなるな。今の派遣駐留隊は何処だっけ?」
「フランスだったか。向こうも相当数やられてるでしょうね」
「フランスむこうはお通夜明けか……」
実感の無い人類の危機への一歩と、経験した極寒地へ向かう気怠さ。話の話題が一旦止まり、沈黙に包まれる中、小斉本が口を開けた。
「はいはい、今はやるべき事を考えよう。向こう行けば本場のボルシチで多少はもてなしてくれるさ、多分。それに期待しよう」
「現地の飯ってそんな美味くなかったじゃないですか」
「あぁ……」
◇
翌日。夜間に出発した輸送機は昼頃にシベリアに到着した。雪と雲の白と、空の青の2色のみで構成された世界は、立ち昇る太陽の光によって銀色に煌めいていた。その中でそびえ立つ長大で巨大な防衛壁は、白紙を切り分ける黒い1本線の様に雪原の上に悠然と存在している。
雪しか存在せず、風の音以外は静寂のみの白界の中を掻き乱す様に、エンジン音が鳴り響かせながら巨大な輸送機は空を付き進む。防衛壁を頂上からなぞる様に飛行して、辿り着いたのは壁の内側に設けられた、雪原を繰り抜いた様にある防衛基地だった。
滑走路上で輸送機は停止すると、出入り口と同時に機体後方のハッチが開いた。すると続々と車や人々が群がって、降ろされていく積み荷を次々と運び出していった。騒がしい後方とは違って、前方の出入り口から防寒装備したホワイトファング隊とブラックシェル隊が出て来た。
「……ついこの前襲われたとは思えない……」
「暇が無いからな」
石田が夜明の素朴な疑問に答えた。
「ファルマコ戦役このたたかいが始まってからこの20年間、死者は30億人を超え、現在の世界人口は50億人弱。昔は人口が100億人に突破した時期あるらしいけど、南北アメリカ大陸が制圧されて世界人口が一気に2~3割が消えて、その後ロシアや中国とか国土がでかい国も、大きな街以外はファルマコに滅ぼされたし、中東とかも大半はファルマコあいつらの庭になったりしてる。
街にいると平和で実感ないけど、前線出るとやっぱ戦争してるんだよ。人類は化け物とな」
「………」
遠く彼方に視線を向けると、白いテントが無数に並んでいた。皆、負傷者の手当てから防衛壁の修復作業をしている。辺りには、大小様々な無数の瓦礫が転がって、煙と焼けた臭いの残り香が冷たい空気と共に漂っている。
しかし飛行機後方で作業をしている人間を合わせても、今目の前にある滅びかけの基地には不釣合な程に人が多く、大きな声が色々な場所から飛び交っている。それはまるで、巨大な市場か祭り会場の様だった。
すると、前方に人影が見えてくる。数は1人、年齢は60代後半、シワの多い顔だが、キリっとした目に少し威圧感を感じられた。
「お久しぶりです、日本の方々」
流調な日本語で挨拶して出迎える男性に、司令官の徳多が挨拶する。
「お久しぶりです、ジュガーノフ司令。相変わらずお元気そうで何よりです」
「我々の不始末で、多忙な皆さんにご迷惑をお掛けする事をお詫び申し上げます」
「そうご自分を卑下なさらないでください。困った時はお互い様ですから」
「では、今回も頼らせて戴きます」
「ご期待に応えましょう」
徳多とジュガーノフは握手を交わした。
「では、こちらへ、滞在中の作業内容を説明します」
ジュガーノフは、一行を案内し、皆それに続々と付いて行った。
雪が道端に纏めて退かされた雪塊が所狭しと並ぶ防衛基地内では、車だけでなく人力でも物資等が運ばれていた。襲撃により、基地内の乗り物のその殆どが使い物にならなくなったからである。人も足りなければ物も道具も足りない。使える手段は総動員して、早期復帰に勤しんでいる。
ファーの付いたフード付きのコートを着て頭を覆い、その下には特殊素材で作られた防寒インナーを下に着こんでいた。厚手過ぎない服ながらも、氷点下の冷気から身体を守っているのだ。寒空の下で、英語とロシア語が互いに飛び交いながら復旧作業は進められていた。
マウガンがロシアに海外派遣してから既に4日が経過した迎えていた。この4日間、マウガンは各国の派遣部隊と昼夜交代しながらも防衛壁の警備をする傍ら、防衛壁の修復に必要な資材の運搬等もしていた。
6mを超える人型機動兵器〝ヴィレッジライト〟は、本来の目的であるファルマコ討伐よりも、クレーンといった従来の重機の様な物資運搬で活躍していた。
鉄骨と鉄筋を肩に担いだ、黒い肩のヴィレッジが作業中の男に歩み寄る。
『鉄骨と鉄筋持ってきましたよー』
「ああ。それは向こうに纏めて置いておいてくれ。ついでにそこの袋詰めのコンクリートも同じ場所に持って行ってくれ」
『はいりょーかい』
外部音声で返事をするパイロット、三都智貞みとともさだはは機体を操作して資材の方へと移動した。歩く時はすり足の要領で、静かに向かって行った。その一方、狭くヴィレッジでは入れない場所に入って荷物を届けるのは、小斉本亮介こさもとりょうすけを始めとしたホワイトファング隊だった。
「言われた物を持ってきました」
「おお、すまんね。じゃあそっちの纏めた廃材を持って行ってくれ」
「了解です」
次の行動を受けた小斉本が手を振って隊全員を指示した。すぐさま全員、廃材の入った袋の方へと駆け寄って、男性隊員だけでなく女性隊員すらも、自身の胴体よりも遥かに大きい袋を軽々と持ち上げた。
「相変わらず力持ちだな」
「それでもファルマコには足りないのが現状ですよ」
「その為の、向こうで動いているヴィレッジ何たらって奴か」
「ライトです。ヴィレッジライト」
「正しい村?」
「村正です。日本刀の名前です」
「隊長早く手伝って下さいよー」
「おう。すみません。ではこれにて」
「ああ、教えてくれてありがとう」
挨拶を済ませて小斉本は、残りの廃材入り袋を担ぎ上げて、仲間の下へと駆け寄った。狭い場所故に1列に並んで運びながら進むその様は、蟻の行進に似ていた。その行進に混じる隊員、雲井夜明くもいよるあきはコートと蒼いマフラー身に着けた格好で、大きな廃材入り袋を抱き抱えて辺りを見渡しながら進んでいた。
見渡す限りにいるのは、各国の制服を着て作業をする他国の派遣隊員。性別の比率は6:4程だろうか。戦闘員だろうと女性隊員が結構な人数がいる。
「どうしたの? 周り見て」
背後からの声に振り返ると、同隊の眼鏡を先輩上司、佐倉亜耶祢さくらあやねが不思議がって声を掛けて来たのだ。
「いえ、他の外国の隊員ひとも、女性が多いなと……」
「あら? 女は戦場に立つなとでも言っちゃう?」
「そういう訳では……」
「まあ戦争で男の人が沢山死んで、パワードスーツも軍で復旧してるから、女の人でも平然と戦える様になってたからね。まあナノマシン技術は機密扱いだ・けどね。ファルマコには触手はいてもオークはいないし、問答無用で殺しに来るから薄い本展開も無いから安心よね」
「うす……?」
「雲井ー、マフラー邪魔じゃねー?」
遮る様に夜明に声を掛けたのは、同じく袋を持ってマスクとネックウォーマーを付けた當堂勇一とうどうゆういちだった。
「駄目です。これだけは」
「駄目っていうかさ、余った部分引っ掛かるんじゃねーか? ネックウォーマーの方がコンパクトだぞ?」
「それでもこれが良いんです」
「そっ。まあいいけど」
他愛のない会話をしていると、前方へ回って先頭を歩いていた小斉本に通信が入った。
「はい、こちらホワイトファング1……はい、了解しました。今、廃材の運搬中ですので終わり次第に連絡を入れます。――はい、それでは。――皆、ゴミ捨て終わったらホワイトファング隊おれたちは治療に使う点滴と薬とかの諸々の物資を取りに行く事になった」
「は!? 何でだよ!?」
誰よりも驚いたのは同隊の1人である神崎直哉だった。
「物資の搬送に使ってる線路が壊れてたらしい。恐らく襲撃したファルマコが移動した時のルートだったんだろうな。近くにも掠れてるけど足跡も見付けたそうだ。それで電車が立ち往生。だから急いで必要な物はヴィレッジ乗って運ぶ事になった」
「電車が行ってから気付くとか遅くないか……?」
「冬の物資搬送はそんなに行われないから気付くのが送れたって言ってたな。まあ冬は吹雪くからな。取り敢えずグズグズ言わずにさっさとゴミ捨てこれ済まそう」
「ダリーっす……」
「でも、そうしないと防衛壁かべは直せないですし、やるしかないですよ」
當堂の発言に夜明が言う。すると小斉本が夜明とイザナミに目配せで顔を向けた。
「雲井、出雲。場合によっては、お前達もパングゥになって運んでもらうから」
「「了解です」」




