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エクエス  作者: 伊燈秋良
16/17

第015話 群竜威風は雪夜の中で

 

 ~5月17日 水曜日 10時32分 日本 神奈川県 鎌倉 マウガン本庁舎 会議室~




 窓はカーテンで遮光され、灯りを落として薄暗くされた会議室。部屋の中にいたのは4人の男達。マウガン最高責任者の狐斑とシジン総隊の司令官、徳多に技術研究開発局の大野口、監察部局長の雲仙が席に着いていた。唯一の光源である壁埋め込み型の大型液晶画面から放たれる映像と光に、夜中の電灯に群がる羽虫の様に釘付けになって見ている。


「……コレは?」


 徳多の疑問に、雲仙は上官である狐斑がいるのも配慮して敬語で答えた。


「この映像は今から13時間前、現地時間、0130(マルヒトサンマル)時に、ロシアのシベリア、インチョウン防衛壁前線基地での映像です。撮影者は監察に行っていた私の部下です」

「まさか……」

「そう……早速やっくれた」

 同席していた徳多の一言に、雲仙が結論を言った。

「5月17日、インチョウン防衛壁前線基地はファルマコの奇襲により20分後の0150(マルヒトヨンマル)に壊滅しました」


 20分――その圧倒的なまでの短時間で防衛壁を突破された事に徳多が質問する。


「20分でやられる様な所じゃ無い筈だ」

「理由はこの後だ」


 雲仙がそう言うと、3人は黙って映像の視聴を再開した。映像は黒い夜空に強烈なライトの光と、雪で包まれた白い光景を映し出していた。脅える非戦闘隊員と血相を浮かべる戦闘員達が入り乱れて画面を覆い、けたたましいサイレントと声が混在する騒音がスピーカーを通して部屋を満たす。


 その光景は例えるならば、混乱の一言で片付いてしまいそうな程に言いようない、凄惨な光景だった。振動が響いて画面が揺れる。


 大きくブレて再度映し出された映像は、天まで高くそびえる巨大な壁――ファルマコに占領されたアメリカと世界で1番近く隣接する国ロシアによる、陸上からの敵侵攻を防ぐ防衛ライン。シベリアのチュクチ半島、インチョウン周辺に設立された、全長約60km、厚さ50m、高さ120mを誇る巨大な防衛壁の頂上で、巨大な何かがしがみ付いて、口を開けていた。

「恐竜型――もう1体生み出されたか」

「1体ではない」

「何?」


 徳多の疑問は数秒後に解決しする。五式恐竜型ファルマコは顎を軸に壁を登ろうとするも、下方壁内の

 兵士達による集中砲火を受けて向こうへと落ちていく。


 一度は敵を落として侵入を防いだ事で歓喜の声が上がった、数秒も経たない内に壁の向こう側から衝突音と振動が木霊し、再度ファルマコが乗り越えを試みた。兵士達も銃火器の発砲するも、今度はもう1匹ファルマコも壁をよじ登って壁を乗り込んだ。


 強固で強大な壁は、敵が外側にいる時、その内側にいれば安心な事この上ないが、お互いが同じ場所にいれば恐怖は駆り立てられ、それが基地内という閉鎖空間を生み出していた内側は、まさしく猛獣が犇めく檻の中と同意義だった。


 悲鳴が上がって意識と攻撃目標は壁から目の前の暴虐の恐竜へと変わった。悲鳴と共にけたたましく鳴り響く銃声。ファルマコは銃弾の一斉射を受けて怯みはする一方、妨害が無くなった事で先程から壁頂上でもがいていたファルマコも壁を乗り越えて来た。


 2匹の巨大ファルマコによって基地は混乱状態に陥った。2匹は別方向へと移動して兵士達を蹴散らしていく。視界全域を覆う程の巨躯でありながら異常なまでの俊敏さを持つ得体の知れない個体に狭い基地内、尚且つ頼みの手段を防衛壁を突破した事実が指揮系統を掻き乱す。戦車や航空機といった搭乗兵器は、それらを超える瞬発力で踏み倒しては各施設へと突進する。


 基地を蹂躙するファルマコ達にロシア兵も四方八方からの集中砲火で応戦するが、只々動きを遅くするだけで焼け石に水だった。そんな迎撃戦が4分程経過したその瞬間、防衛壁側から爆音と共に巨大な瓦礫が辺り一面へと飛び散った。


 隕石の様に降り注ぐ瓦礫の雨の向こうには、壁よりも低いがそれでも何十mはあろう巨大なファルマコの影と、その横から続々と小さなファルマコが雪崩の様に押し寄せて来る。


『撤退だ!! 撤退ッッ!!!!』


 撮影者と思われる男の声が部屋に鳴り響いた。


「ここからは撤退戦だ。余りめぼしいものは映っていない。10時間後まで飛ばそう」


 雲仙がリモコンを操作して映像を早送りする。数秒程、早送りと映像の暗さも相まって何が起きているかは分からなかったが、突如映像が白くなると、雲仙は早送りを止めた。


『――……はぁ……現在時刻1150(ヒトヒトゴーマル)……はぁ……現地兵士が、敵の撤退を確認……はぁ、地上の安全を確保したという事で地上に出ています……』


 弱々しく現状を伝える撮影主。映像に映し出されるのは、純白の雪の上に無残にも存在する瓦礫の後。金属からコンクリートといった様々な欠片が周囲に散らばり、そこから立ち上る黒煙と炎が立ち上っていた。目線を下げると所々に赤い斑点と血肉が転がっていた。撮影者が少し歩くと、目の前には中腹から頂点に掛けて、まるでかじり取ったかの様に巨大な防衛壁に穴が空けられていた。


「映像はここまでだ。ちなみに20分は、残ってた監視カメラと外部マイクの起動していた時間からのものだ。殆どロクに現場の情報が撮れてないがな」


 画面は黒くなると、それに続いて部屋には灯りが付けられ、カーテンが自動で開かれ日光が部屋に差し込む。遥か北で起こった数分の地獄。それは世界存続を脅かす一歩だった。大野口は歯を噛み締める。


「何十mの厚さの壁を破壊し、短時間で基地1つ壊滅に追い遣る程の性能……」


 同じ人型ファルマコの技術を応用した事で生み出した巨大兵器。その前回の東南アジアでの初戦で、1対多でありながら劣勢に追い込まれた事を含め、圧倒的なまでの差を見せつけられた事を痛感している事が見て取れた。


 それに気付いた狐斑は不謹慎にも笑みを浮かべて下から顔を覗かせた。


「同じ様な手段で同じ様な兵器創って力の差見せつけられて、ねぇどんな気持ち?」

「――ッ」


 大野口は無言でそっぽを向いた。場違いの言動をする男に徳多は叱咤する。


「ふざけんな、そこ。――被害はインチョウン基地だけか?」

「ああ。インチョウン基地だけでそれ以上の侵攻はしていない。壁よりも前に街のウエレンもあるのに素通りし、奥に控える後4つの防衛壁とその周辺地域は無事で巣の種子も確認されてない。極寒地域――ましてや夏でも0℃の永久凍土だ。やった所でファルマコを生み出すのは無理だがな」


 防衛壁を壊すその行為――それは一見すると、ファルマコの脅威がより隣接する事になる事だが、見方を変えれば折角の夜中の奇襲に成功するも、突破した所は障害を除いたが自分達への直接的な利益を得られる場所ではない。


 ただでさえ、アメリカとロシアの間には約百キロメートルにも及ぶベーリング海があり、そこから更に50kmの移動と戦闘。短い命の使い捨ての生物といえど負担が大きい。そんな生物達が撤退したのだ。同じ苦労を繰り返すよりも、残った命を使って奥へと進軍するのが今までのデータにもあり、遥かに効率的だ。戻ってもその頃には天寿を全うして死んでしまうのだから。


 この行動は、場合によっては折角通れる様になった壁を人類に修復された上に戦力を増強され、再度その場所に行く事が出来なくなる恐れがある。その攻撃の手緩さ、物足りなさに徳多と雲仙は疑問を抱いていた。徳多は雲仙に声を掛けた。


「雲仙、どう思う?」

「幾ら強力でも、数で圧倒するファルマコが少数先鋭をして来るのはおかしい。奇襲成功の為といえど、そもそもアメリカから来るのだって楽ではない。海を越えるとなると揚陸航行輸送型のクジラ型がいる……大野口、あれの搭載数は?」

「ああ、人型サイズの一式なら1000。二式なら500。三・四式なら4~50。五式は……サイズで多分2~3匹じゃないか?」


 大野口の予想から、狐斑は自身の推測を話し出した。


「となると、映像を見るに要されたクジラは2匹から1匹、少数だね。シベリアはまだ猛吹雪が続いてる筈だ。隠密は出来てもおかしくないね」


 最高責任者のその言葉に、徳多はある言葉を問い掛ける。


「なあ、忘れ気味だけどさ……俺等の相手は怪物だけどさ、元締めは同じ人間だよな……?」

「ああそうだ」


 問いに答えた監察部局長。監察という、相手の動向を探る役職に就く男は、相手の考えを察し取った。今回の出来事は創造主、丸山の手引きによるものではないか。そしてその目的は何なのか、それを言ってみて欲しい――と。


「もし今回の一連の事例が丸山博士の陣営によって行われた場合、この奇襲の目的は予想出来るに3つ。1つ目は東南アジアで果たせなかった新型ファルマコの性能テスト、並びに情報収集。2つ目は恐竜型の能力を生かした威力偵察。3つ目は……陽動です」


 雲仙の予想を聞いた狐斑は、不敵な笑みを浮かべてその理由を問いただす。


「陽動とは何だい?」

「通常ならば防衛壁を突破したら、そのまま次の防衛壁への突破を試みてもおかしくありません。それを行うだけの持久力はシジン総隊の初戦で確認済み。移動で疲弊したとしても、撤退したところで進撃するのと一緒で更なる疲労は変わりない。では何故撤退したのか。――考えられるのは揺動・見せしめ・威嚇です」


 雲仙以外の2人は分かっておらず、もう1人の飄々とした態度の男は知っているが率先して説明しようとする素振りを見せなかった。雲仙は飽きれながら説明を続けた。


「五式は強力です。――だが勝てた。シベリアの戦いも、向こうが第2防壁のコオレン湖防壁まで進撃していれば勝てたであろう。現に奇襲の際に連絡はしてあった。戦力も万全の状態で配備した上で迎え撃てる。恐らくコオレンも犠牲にすれば勝てた可能性がある。

 だが相手はしなかった。負ける姿を晒して五式のイメージダウンを防いだ。これで恐竜は、シジン総隊――世界最高戦力マウガンでなければ倒せない存在になります。その裏で、現時点でのファルマコの性能を改良している……というのが私の見解です」


 雲仙の説明を聞いた狐斑は、両手をポンと合わせて理解してそれを言葉に出した。


「つまり今回の奇襲は、現時点で最高のファルマコの〝アピール〟と、改良モデルに目が回らない様にする為の囮って事だね」

「そういう事です。しかもそれだけじゃない。壁が壊されたのだから警備は手抜きになると思います。使える道を使わない手は無いと考えて。そうすれば他が手薄になる恐れがある。早急に手は打った方が良いでしょう」

「手って言うと?」

「……大野口、ヴィレッジの量産の目途は経ったか?」


 雲仙が見詰める先にいる小柄な男は、疲れ切った表情を浮かべて答えた。


「難しいな。そもそもまだ駆動系辺りが弱い。動力シリンダーやサーボモーターの増設とかでパワーは確保してるけど、素材そのものや反応速度も今一つだ。機体の信頼性を上げて完成させなきゃ、製造ラインは難しいよ」

「急げ。遅くても年末までにしなければロシアか東南アジアが確実に落ちる。予算はそこにいる狐斑総司令が土下座でも何でもし掻き集めてくれる」

「ちょっと待ってよ、僕そんな役回りやだ!!」


 子供の様な態度で嫌がる最高責任者。すると、徳多がやっと口を開いた。


「してくれないとこちらが困る。というか最高責任者ってそういう事が必要だって1番相手に通じさせる事が出来る肩書でしょ……」

「ぐぬぬ……」


 的確な理由と懇願と利点。組織の世間・能力・秩序を扱う三者からの言葉に、背後で立場上での纏め役である男は沈黙するしかなかった。


「……上手くいったら褒めてくれるかい?」


 弱々しく吐き出された言葉に雲仙は答えた。


「その時はシベリアを御馳走して差し上げましょう」


 そう言って雲仙は部屋を出た。

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