第014話 1つ明けてまた1つ
~5月12日 金曜日 21:44 日本 神奈川県 鎌倉 マウガン本庁舎~
時刻が午後九時を過ぎた鎌倉は、太陽が沈んで暗闇に沈み、月が代わりに空に浮かび上がっていた。沿岸沿いの民家や商店街の店の灯りは消えていた。埋立地に建つマウガン本部は、港の隅に立つ灯台から放たれる光が水平線の先を照らし、各種出入り口のゲートといった一部に灯りが灯っている。午後9時では基本的な業務は終了している。この時間でも行われているのは、夜間警備と太平洋沖で駐留する前線海域、全世界の前線基地への通信管制位しかない。職員の殆どは敷地内にある寮に住み込み、既に眠りに着く者もいれば、1階にある談話室に集まって談笑に興じる者もいた。
本庁舎の職員食堂も、この時間は灯りを落として鍵を閉めているのだが、今日に限っては一部分だけがLED蛍光灯が光り、その下で30人以上のシジン総隊の男女達が椅子に座っていた。前にあるテーブルの上には、色取り取りの料理が大皿に盛られており、一緒に各種ソフトドリンクと酒の入った瓶や缶も置かれている。一同が座るテーブルの前に、司令官の徳多が缶ビールを持って前に出た。
「んじゃ、皆注目。先日はインドネシアでの実戦試験ご苦労だった。途中、五式ファルマコ強襲というハプニングがあったが、何とか対処出来た。部隊には死者も出さずに強敵に打ち勝ったのは大勝利と言えるが、全体で言えば損失アリの引き分けだ。
今回の戦いでインドネシア駐留部隊69名が生命を落とした。内21名はまだ10代だ。たかが2桁の死者だが、されど2桁。人間合わせて生き物は、生まれるのも育つのも手間掛かる癖に死ぬ時は有無を言わさずあっけなくだ。
だが、ヴィレッジに乗ってたお前達は生きてる。能力の高さもあるだろうが、堅いヴィレッジがお前等を包み込んでいるってのが何よりもデカい。今回の戦いで浮き彫りになった関節の強度は、大野口の方で改良中。あと数回改修を重ねれば、今年の中旬から終わりに量産体制に移れる見通しらしい。そうなればファルマコをより楽に、大量に倒せるし、何よりも戦死者が減らせるだろう。
前回の、そして今までの死んだ人間達に報いる為にも引き続き今後とも頑張ってくれ。まずは戦死者への黙祷」
徳多の言葉に反応し、全員が頭を下げて目を瞑って黙り込む。静寂が1分程経ってから、皆、目覚める様に顔を上げた。
「では、本日共に前日はご苦労! 今週一杯有給が付けられてる。しっかり休んでしっかり飲め。乾杯!」
「「「「かんぱ~~い!!」」」」
高らかに飲み物と声を上げた隊員達は、飲み物を飲んで喉を潤すと、目の前に置かれた色取り取りの料理に手を伸ばした。取り分けはせず、各々が持つスプーンで後続に回す為に、手早く少量を掬い取って皿に持っていく。料理を持った隊員達は席から立ち上がると、他の者と集まって幾つかのグループに分かれて食事をし始めた。昔話や世間話、趣味の話。女性陣のグループでは美容やファッション・流行に恋バナを。
男性陣ではスポーツや下ネタで盛り上がっていた。そのグループの境界で、夜明とイザナミは静かに食事を取っていた。
「美味しいですね」
「うん、美味しいね。由紀さんや大野口さんがしっかり食べる様に言っていたからね。食べたいのあったら言って下さいね」
「はい」
「おーい、2人共ー」
口数少なく静かに食事をする2人に、飲み物が入ったガラスコップを持った三都が近付いてきた。
「折角の宴会なのに2人で何静かに食べてるんだよ。グループに混ざって喋ればいいのに」
「すみません。こういうのは慣れてなくて……」
「私も初めてで……」
「まあそうだよな。入隊して打ち上げは今回で初めてか……初めて?」
「いえ。入隊してすぐに隊の皆さんと食事をしましたので」
「じゃあ折角なんだから他の隊の皆で食べようぜ。言うのもアレだが、何時誰かがいなくなるかもしれないからな」
「――あら、イザナミちゃん1人?」
横から女性が声を掛けた。夜明達は声の方に振り返るといたのは、レッドウィング隊隊長の澤空だった。
「あ、澤空隊長、丁度良かった。女性陣にイザナミ混ぜてあげて下さいよ」
「良いわよー。丁度皆、イザナミちゃんと一緒にお話ししたかったし」
「という訳で、こっち来いって」
「さ、お喋りしましょ?」
「え……――あ……」
「あう……ふぇ……?」
大人数での会話への参入、そしてお互いのパートナーと離れ離れになるってしまうので戸惑う2人。チームプレーをする以上、相手と交流するのは社交、連携へと関わるのでメリットはある。しかし、一緒にいたいイザナミと引き離される事に夜明は快諾する気にはなれなかった。
しかし部隊年少の新卒という立ち位置もある。共に年少のイザナミに顔を向けてどうするか問い掛けてはみたが、本人は突然の状況と夜明の行動で慌てて問い掛けに気付いていなかった。直接問い掛けてみる。
「イザナミさんはあっち行っても大丈夫?」
「えぅ……えっと……」
戸惑いながら考えるイザナミに、澤空は目線を合わせ、柔らかい口調で語り掛けた。
「大丈夫、取って食うとかそんなつもりは無いのよ? 私達はあなたと仲良くなりたいの。4月の時はあんまり機会がなかったから。良かったら……ね?」
澤空の理由を述べての誘いを聞いても、まだイザナミは迷っていた。姿を見て分かる程に困惑する少女は、少し息を吸い込んで落ち着くと、先程の弱々しい雰囲気はもうなかった。
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
「よし、じゃあ行こっか!」
笑顔を浮かべてイザナミは、澤空に連れられて行った。すると向こうで、ブルーテイル隊隊長の小野の声だった。
「お、出雲そっち行くのか? 澤空ー幼女だからって手ぇ出すなよー」
「人の事を変態扱いしないで頂戴!!」
怒りながらもすぐに笑った澤空は、イザナミを連れて向こうの女性隊員が集まるテーブルへ向かって行った。
「あーあー、隊長達、場酔いしてるなー。じゃあ俺達も行くか」
「了解です」
智貞と夜明は男性陣の元へと向かった。
「しかし、イザナミの目見たか? すぐに腹括りやがった。決断すぐ出来る奴は仕事でもプライベートでも上手くやってけるからお前も見習えよ?」
「心掛けます……」
「テンションは低くても、喋る時はハキハキしっかりとな?」
「はい」
夜明は先程よりも少し大きめで、語尾もしっかりと言い切って返事を返した。席に着くと、同じホワイトファング隊の先輩である當堂が飲み物が入ったガラスコップを手渡した。
「ほらほら飲め飲め!!」
「い、頂きますっ」
成人が多い部隊の為か、全員が酒を飲んでアルコールが回っていてテンションが高い。先輩達の勢いに圧倒されてか言葉が引きつった。しかしそれに怖気付く訳にもいかないと、少年は前に出た。会話は主に質問攻めだった。好きな食べ物や趣味。最近の出来事や訓練所の教官の話等。基本的には夜明の受動的に受け答えで話が途切れる事が多かったが、先輩達が質問と夜明に言葉を引き出して会話を続けていった。
「――相変わらず大西の教官がクソ野郎してるみたいだな」
「俺、士官学校出だから分かりませ~ん」
「罵詈雑言は今でも思い出したら腹立つわ。海兵じゃねぇのに」
「やってる事は一緒だけどな。あれが戦いに役立った記憶ねぇわ」
「俺はあったわ。応援が間に合わなかたっ時に『お前等の性だ、クソ野郎』ってめっちゃくちゃに。キレそうだったけど訓練時代思い出したらどうでもよくなかったわ。というかあの教官映画の見過ぎだろ、一時期半分以上逃げたろ」
「俺、折角志願して入ったのに訓練の雑言は〝社会の屑〟が一番ムカついたわ」
「俺は『糞野郎』が1番気に入らねぇな。雲井、お前は?」
「あ、えー……――……『お前の妹はアバズレだ』ってッッッ――」
夜明は朧気な言葉を発してからのそれは、殺意と憎悪に満ちていた。
「おお、殺意に満ちてるなー。妹いるの?」
「いや、イザナミさんの事かと。一応義理の妹って立場なので。訓練期間もヴィレッジ制作の為に頻繁に離れていたので。他にも人には言えない様な言葉でイザナミさんをッ……!!!」
「自分自身の悪口は気にしていないんだな……」
「さて、雲井のイザナミ贔屓は散々聞いたが、大事な事を聞いてない事があるな」
「――?」
隊員の誰かが言った言葉に反応して、首を傾げる夜明。それを聞いた男性隊員達は夜明に顔を向け、真剣な眼差しで見詰め、詰め寄った。それに合わせて周囲の空気も愉快な雰囲気から一転、張り詰めた。第一線で活躍する兵士達が放つその威圧によって少年は萎縮する。背筋が凍え、顎・脚の感覚がなくなって、身体が浮く様に感じた。殺される――そう感じてしまう程に夜明には、彼等が恐ろしく見えてしまった。
「お前ー……イザナミの事、好きか?」
「ええ、まあ……」
「何処がだ? やっぱ見た目? ロリコンか?」
「あれ? 貧乳はステータスか?」
「相手は十歳位らしいよな、お前マジ勇者」
「YESロリータNOタッチだぞ!?」
「いや……え……」
質問攻めの集中砲火は、返事を返す暇を与えない所か、声が重なって聞き取る事すら出来なかった。取りあえず聞き取れた〝理由〟について答えた。
「えー……一緒にいると、安心するから……」
「あーあーうるさいうるさい!! もっかい!!」
「一緒にいると安心するので……」
「それだけか?」
神崎の問いに少年は頷くと、全員姿勢を正すと同時に落胆した顔を浮かべた。
「んだよつまんねー」
「いや、まだこれからってのも――」
あーだこーだと各自で話す中、同じ隊の當堂は夜明の肩に手を乗せた。
「頑張れよ」
「え?」
最後まで何が何なのか理解出来なかった夜明だった。するとその端にいる三都は、静かに神崎に問い掛けた。
「……てか、ロリと高校生の絡みを喜ぶんですか? イザナミまだ8歳ですよ?」
「まあ犯罪臭しなくはないけどな。一昔前なら。今なら未亡人なりたくないか、若い内に家庭持ってせめてっての二極だからな。
8歳と15……いや、今年で9と16か。それでも、俺とお前は前線に立つ以上はよく見るだろ? 孤児の未成年夫婦は」
「……傷の舐め合いです。人はな、支えになるなら何でもいいし使うのさね」




