第012話 1つだけでは届かない
~5月10日 水曜日 13:44 インドネシア バンダ海 ティモール島~
――揚陸艦艦首。司令部として機能する揚陸艦の艦橋内では、幾つものモニターには、無人機からの映像が映し出されていた。映像の内容は白い外殻を纏う二足歩行の恐竜と、その周囲取り囲む様にして戦闘。徳多大野口はその映像を見詰めて歯を噛み締めた。
「おいおい何のジョークだ?」
「ジョークも何も、目の前にあるのは現実だよ。人間側とファルマコ側に人型ファルマコの素体がある。こっちもしたのに向うがしない道理は無し。だけど発想が共通で巨大化とは単純だねー……全長70、全高20って所か……外見通り、恐竜型ファルマコ……差し詰めティラノサウルス型で、ランク分けは五式って所かな。おまけにハープーンを食らって傷1つ無し」
「金属板は特殊配合の重金属合金で、穿孔の深さは約600mmだ。戦艦大和も横っ腹から貫通出来る威力だ。四式でも堪える一撃を与えられるのに、それを受け流したのに笑ってられる場合か?」
「そういう司令官のお前は冷静でどうなんだよ」
「思う位なら、初めから戦闘なんてさせねーっての。俺が出来るのは、あいつらの為に焦らず冷静に指示を出す事だ。――オペレーター、兵装を搭載したミサイルの準備は?」
「はい、予定数の全体の7割が積み込み完了しております」
「作業は一旦切らせてミサイルの発射を優先させろ」
「なるべく早くな」
大野口の急かすその言い方が、徳多は少し気になった。研究者である野口は、兵器関連のみならず、ファルマコの性質も研究している。そして現在、情報を集めている試験機ヴィレッジライトが初確認した恐竜型ファルマコと対峙している。一石二鳥で情報が手に入るこの情報下で、それが長く続くのは願ってもない筈なのだ。
「研究者のお前なら、ある程度長引いた方がデータが手に入って嬉しいだろうが」
「まあそうなんだけど、何も苦しめなんて命令はしたくないし、それに時間が残されていないんでね……」
切なそうに言って大野口は、視線をディスプレイへと向けた。ディスプレイに映し出される、幾つもの人型のアイコンの内の少数は四肢の一部が赤く染まっていた。〝破損〟という表示と共に――。
「う……」
意識がハッキリと覚醒し、暗闇を切り裂く様に光が視界に差し込むと、目の前にあったのは青年の顔だった。
「大丈夫か、雲井」
「……當堂さん……」
眼前に映ったのは當堂の顔。青年は目を覚ました夜明から離れると、夜明きも身体を起こして周りを見渡した。瓦礫が散乱する周囲には、ヴィレッジライトが蹲っていた。
「やられたんですか……」
「っていうよりアレだな、自滅、多分」
「え?」
「お前が寝ている間に皆であのティラノとやったんだが、あいつめちゃくちゃ動きが速いもんだから、近接の奴等が一部、関節が駄目になったんだ」
「関節が……?」
「軒並みモーターが割れて動かなくなってきてやがる。今ここにいるのは、動けなくなった奴等だ。残った奴等はミサイルで運んだ武器で戦っている。今の所、包囲してるし追加武器でパワー負けはしねぇけど、持続力に関してはジリ貧もいい所だ……!」
歯を噛み締めながら説明する當堂。その表情から、猛者が集うこのシジン総隊がどれだけ追い詰められているのか。自身の身体ではなく、道具を理由にせねば戦えない事が、今まで生身で戦って来ていた彼等にとっては屈辱的だろう。
機体から震えながら降りる兵士の顔は、疲労の色が浮かび上がっていた。一概に機体の性で戦えないとは言えないだろう。
長時間、同じ姿勢での操縦も要因の一つなのだろう。呆然とヴィレッジを見ている夜明は、そのパイロット達の下に歩み寄る緑髪の少女を見付けた。少女は振り返ると、夜明の下へと駆け寄って来た。少女は夜明のパートナーであるイザナミだった。
「夜明君、大丈夫ですか!? 意識はハッキリしてますか? 吐き気、目眩、寒気、熱、手足の震え、頭痛、腹痛、ありますか?」
イザナミは夜明の額に右手を当てて熱を測り、瞼を開いてペンライトの光で瞳孔を確認した。
「ないです……けど、お腹が空きました」
「じゃっ、これ食べる、です!」
イザナミが夜明に手渡したのは、ビニールの包みに入った栄養価の高い非常食の棒状のクッキーだった。しっとりとした柔らかく、少しパサパサした口当たり故に口に含んで柔らかくしながら咀嚼すると、虚ろな意識が次第にハッキリしてきた。
「しっかし、一緒のイザナミはピンピンしてるっつうの、お前はなーに寝てるんだよ」
「そう言わないで下さい。私、パングゥの身体は出したら使い捨てなので平気です。けど、夜明君はそれを動かすから痛みを一番感じるから平気じゃないんです、はい」
「はー……まあいい。それで体力戻してデカくなれよ。一息いれたらやる事あるから」
「やる事?」
「――掘るんだよ」
一方、戦闘区域では咆哮と炸裂音が響き、劈く様な叫び声と弾丸が飛び交う。暴君、五式ティラノサウルス型ファルマコを取り囲み、包囲しつつも一糸乱れぬ動きで前後左右へとヴィレッジライトを操縦し、ファルマコの足下で、双剣を持って戦う純白の隊長機を操る小斉本は焦りを覚え始めた。
シジン総隊の駆けるヴィレッジライトの数は32機。内10機は関節部が損耗して壊れ、行動不能になってしまった。今この瞬間も、自機を含めて誰かの機体が限界を迎えるかもしれない。更には動かぬ的になった味方を退避させる為に、もう一機戦線を離れなければいけない。
だが他にも、この戦が二時間にも及ぶ島内でのファルマコ殲滅戦の後での連戦という事もあり、パイロットにも疲労が蓄積されていた。数では有利にに思えるが、パイロットと機体両方にハンデを持ち、それが時間制限付きのシジン総隊と比べ、多数を相手するには充分な耐久力と強力な攻撃を出せる大きな身体を持つ恐竜型ファルマコは格段に有利なのだ。
『こちらブルーテイル3! 左膝関節破損! 撤退します!』
「了解した。近くの隊員は護衛をしろ」
また1人、戦力が減った。このままいけば最終的には誰も動けなくなる。不安にはなるが、焦りや恐怖はなかった。戦闘中、隊員が欠落していくのは今までの戦いでもあり、珍しい事ではない。寧ろ幸運なのだ。壊れたのは機動兵器の関節であって、生身の人間の関節ではないのだから。
(まだ向こうの準備が整ってないのか……足止めもそろそろ――)
『こちらホワイトファング7!! 準備完了!!』
「良しッ!! ホワイトファング1から各機へ! 裏方が準備を済ませた。個別で状況を見ながらここを離脱しろ、裏方も動けない者は退避し、隊長機がファルマコを目標ポイントまで誘導する!」
『『『『了解!!』』』』
小斉本の指示の下、各機が恐竜から離脱を始めた。瓦礫の上を、放射線状にそれぞれ散開して走り、白・赤・青・黒の四つの隊長機が恐竜の前に出た。
「岳谷と小野はサイド! 俺が正面、澤空はバックで援護射撃を!」
『了解よ!』
『4人一緒は昔みたいだな!!』
『思い出に浸る暇ないぞ、死にたいのか』
『まあそう言うなって、真面目にいくさ!』
敵の誘導の為の指示を出す小斉本と、それに返事を返すレッドウイング1の澤空。対して4人一緒の班だった昔の頃を思い出し、疲労を払拭しようとテンションを高めるブルーテイル1の小野に、集中を欠かさない様に呼び掛けるブラックシェル1の岳谷。
黒と青のヴィレッジはティラノ型の脚へと振動剣で切り掛かり、青いヴィレッジが離れた距離赤いヴィレッジが正面に立って振動剣の刃先向け、1機に意識が一方へ集中しない様にポイントまで誘導していく。
『硬いな……!』
『てか脚が太くて肉まで届かねぇッ!!』
ファルマコの運動力を低下・意識を向けさせる為に脚を切り続けていた岳谷機と小野機。しかし機体が繰り出す斬撃は、ファルマコの外殻の硬さ故に小さな傷を付けるだけで目立った外傷を与えられず、金属同士をぶつけた様な音が空しく響くだけだった。
「何時もの事だ! この際、注意を引ければそれで良い! あともう少しだッ!!」
疲労が溜まり、徐々に身体の感覚が軽くなるのを感じながらも小斉本は声に力を込める。引き続き誘導をして数分――ゴールが見えた。
「ポイントまで距離1000、各機散開して集まれ! コマンドポスト、準備を!」
『『『『了解!』』』』
『コマンドポスト、了解』
四機は瞬時に散開して四方に散った。周りから獲物がいなくなったティラノ型は、真正面にいた澤空の青いヴィレッジへ向かって駆け出した。
「澤空!!」
『大丈夫! このまま!!』
自身を囮に、澤空機は荒地をライフルを担いでダッシュする。大地を揺らして大股に走る恐竜は、そのリーチを生かしてヴィレッジを目前にまで詰め寄った。虚空を内に潜ませる巨大な咢が背後から襲い掛かる――その瞬間、ヴィレッジはライフルを地面に突き刺し銃床に足を乗せ、ライフルを踏み台にして背後に高くジャンプした。ファルマコの頭上を通り過ぎるヴィレッジライトに対し、ファルマコはライフルを噛み砕き、そのまま勢い余って前に慣性が働き前進すると、巨大な右足に接していた地面が崩れ、巨体が落ちる様に沈むと同時に脚が地面に飲み込まれた。
「掛かった! コマンドポスト! 目標が落とし穴に掛かった、艦砲射撃を!!」
『こちらコマンドポス――えっ? ……分かりました。これより、たかまとほくれいによる艦砲射撃を行います。退避して下さい』
彼方から爆音が木霊した。戦艦からの砲撃音――あと数秒で周囲を吹き飛ばす砲弾が降り注ぐ。白い巨人達がファルマコから距離を取ると、水平線の彼方から複数の鋼鉄の雨が白い巨体の一点に降り注いだ。着弾と同時に爆発と土砂と煙、爆音と光が恐竜と周囲を包み込む、衝撃波が瓦礫を吹き飛ばした。
「っく……! こちらホワイトファング1! 艦砲の着弾を確認! 目標は……――」
黒煙の中、影が蠢いた。
「ッ!! 目標は健在!! 第2射を!」
『コマンドポスト、了解』
攻撃を受けたファルマコは、表面の外殻に小さな亀裂が走っていた。しかし血が流れ出てはおらず、経験から直感的に甲殻を完全に破ってはいないと理解した。あと艦砲射撃を何発か撃ち込まなければいけない。すると、直上の空から轟音が鳴り響くのを小斉本は気付いた。
「あれは……ハープーン……?」
小斉本が見付けたのは捕鯨の銛を関するミサイル。ハープーンは急降下して垂直に地面へと急降下するとそのまま半回転し、対岸側から地面と平行してファルマコへと直進し始めた。その反対で再度鳴り響く轟音。砲弾もハープーンと挟み撃ちになる様に空を飛ぶ。2種類の弾頭が、五式恐竜型ファルマコを挟撃した。再度、爆炎と閃光が周囲を取り巻いた。衝撃と爆音が辺りを埋め尽くし、それに呑まれない様に耐え忍ぶヴィレッジライト達。小斉本は大音量の中、異質だが聞き慣れた声が混じっていること事に気付く。
(ファルマコの悲鳴……!)
爆炎が晴れると、そこにはクレーターの様に抉れた大地に蹲るファルマコの左右の横腹側の外殻が、花の様に開いていた。
「殻が……割れた! 左右からの衝撃を受け流し切れなかった!」
続いて第三射を告げる砲撃音。砲弾が再三飛来し、露わになった肉へと飛び込んだ。――が。何と肉が風船の様に膨らみ伸びて、砲弾を受け止めたのだ。それは4ヶ月前に見た光景、撃破した筈のクマ型ファルマコが突如生き返り、異形の形態に変化したのと同じだったのだ。




