第011話 怪物側次世代兵器
~5月10日 水曜日 13:24 インドネシア バンダ海 ティモール島~
ティモール島沖合で浮かぶ、山へと艦砲射撃をする艦隊。その中に混じる輸送船はりまの艦橋内部。徳多大野は、スクリーンに映し出されるヴィレッジ達の状態と発艦させた無人偵察機のカメラ映像を見ていた。
「おお、前よりも良く動くじゃねーか」
「まあな。開発から今日まで六回の改良が入ってるからな。それでもカクカクなのは良い方だ。あと1~2年でヌルヌル動かしてやるよ。まあそれでも実戦で使えるのは強化兵のおかげだな。様様って奴だ。だが小斉本は凄いなー。駆動系の伸縮加減を維持してスピードを出して、バランスと背骨の伸びと捻りも相まって一人だけ猫みたいに動いてる。機体が保たねー」
意外そうな顔をする徳多と口惜しさ交じりにはしゃぐ大野口に、徳多は問い掛けた。
「けどさ、思うんだけどさー」
「何が?」
「ヴィレッジってさ、半年足らずで生み出せる様なものなの?」
「まあな。この20年、パワードスーツで戦って来たけど、その技術の多くがヴィレッジに転用されている。元々ロボット作って戦うってのは30年近く前の第三次大戦であった案なんだよ。まあ非現実だから他の方に力入れたらしいけどさ。ロボットに必要な技術は揃ってる。けどそれを纏め上げてロボットにする技術がなかっただけ。
シミュレーションである程度は机上のデータは揃ってた、それでパングゥ出来てすぐにヴィレッジに出来たのは、それほど誤差は無かったのと、問題点は洗いざらい見付けてたのさ」
「偉く他人事みたいに言うじゃないか」
「造った俺も驚いてる。上手くいたのは奇跡だったのさ。――それとさ、昔の戦争の時はさ、ジャミング強くなってステルスが役立たないってなるとこぞって戦闘機の運動性強化に力を入れてたけど、この戦いも二の舞になってるよな、と思う。そういえば見たか? Su―47とF―27のドッグファイト。動画で上がった奴は再生数5000万超えて凄かったよ」
「……話戻して良いか?」
「ああ、はいはい」
「つまりな……どんなに機動兵器造ったって、強化兵がいなきゃ駄目なんだろう?」
「まあな。固い動きでも相手に対応出来るのも、操縦桿やペダルが無くても動かせるのも、6mでバック転なんて無茶な動きに耐えられるのも、ナノマシン・薬・パイロットスーツで固めた強化兵じゃなきゃいけない。システムが反応する程の出力にまで神経電流を強化して、Gに耐え切る為に薬で肉体強化にスーツで保護。
しかもナノマシンと薬は若いうちに投与して耐性付けておかないと、30過ぎて初めてはショック死に成り掛けるし。俺達はまだまだ子供達の身体食い潰さないといけない訳だ。3億人孤児出てるから、数値で言えばパイロットで不足はしないけどさ。トコトン非人道的だ」
「人命守る為に入った筈なんだが、嫌な仕事だな……」
「そだな。けど、嫌な仕事でも率先して飛び込めるのは大人の仕事だよ。子供だと甘えて嫌がって駄目だ」
「嫌われ役だな……」
「現実しか見れないから大人は汚いし、なれるし、出来るんだよ。そういう事。本当に、可哀想な存在になってしまったよな、大人は」
「そうだな……」
嫌々な声色で話す中年2人。徳多はディスプレイに映し出されるティモール島の地図に目を向けた。地図には無人機や各艦の観測機を使ってファルマコとヴィレッジの位置を光点で表していた。
「戦闘開始2時間……大体減らして来たな。なあ、観測出来た範囲で何匹殺したか分かるか?」
徳多は隣で作業をする若い女性オペレーターに指示を出すと、端末を操作して討伐数の確認を始めた。
「無人機とヴィレッジ各機と艦隊の観測機の情報を統計した結果、約792体のファルマコを討伐しました」
それを聞いた徳多は視線をヴィレッジ達の状態を映し出す画像に目を向けた。どの機体も弾薬が殆ど残っていない。これ以上戦闘が長引けば不利になるのは明白だった。
『こちらホワイトファング1。沿岸地帯のファルマコ、巣の殲滅を完了しました』
「おし。一旦帰還して補給しろ。再度上陸して追撃だ」
『了解しました』
黒煙立ち上り、残骸と血に塗れた肉片が転がる沿岸。そこに立っていたのは血塗れで所々に傷が入った當堂機のヴィレッジとパングゥが周囲を見渡しながら走っていた。
『いたかー?』
「いません」
レーダー、熱源、音、匂い、視界。観測に出来る機能を使っても、周囲にはファルマコの反応は一切無かった。
『って事は粗方倒したか。でも油断は出来ねぇ。そういえば、狼型が地面から出て来たらしいけど、地面の下は分からねーよなー流石に』
「そうですね……」
(夜明君、夜明君)
頭の中で少女の声が響く。夜明と共にパングゥを形作る少女、イザナミの声だった
「はい、どうしました?」
(何か……下にいます、はい)
「下……? ――當堂さん、イザナミさんが、何かが下にいるって。離れましょう」
『そうか、分かった。こちらホワイトファン――』
當堂がコマンドポストに下にある何かの報告をしようとしたその時、瓦礫を巻き込んで地面が突如爆発した。
「んなッ!?」
土砂と瓦礫と死骸が舞い上がって視界を覆い尽くし中、低い重音が静かに聞こえた。
「ッ――!? 足音!?」
咄嗟に距離を取るパングゥ。その瞬間に砂煙のカーテンを、巨大な何かが切り裂いて薙ぎ払った。その余波で立ち込める粉塵は一気に振り払われて、視界が突如明るくなる。しかしそこには残骸の平原が広がるだけで何も無い。
「何処に……」
(後ろ!!!!)
「ッ!!?」
パングゥは振り返ると、目の前には視界全てを飲み込む巨大な虚空がパングゥに迫っていた。
「くっ!」
パングゥは咄嗟に背後に飛び込んで回避する。その瞬間、それは身体を左回りに回転、パングゥの右側から何かが空気を薙ぎ払いながら襲い掛かる。
「なッ!」
回避で宙に浮いた巨人の巨体は、逃れられない直撃によって、その身体は砲弾と化して空を切り裂く様に打ち飛ばされた。
「ぐああああぁぁァァァァァッッ!!!」
直撃を諸に受けたパングゥ。その刹那、パングゥは自分に襲い掛かるのが何なのか理解する。
「……きょ……うりゅ……う……?」
外殻で身体を包み、柱の如く太く長く発達した2本の後ろ脚に、申し訳ない程度の小さな前脚、そして極太で長い尻尾に巨大な頭。それは正に遥か古代に生きていたティラノサウルスだった。
尻尾で打ち叩かれたパングゥは何百m先まで地面にバウンドしながら飛んで行く。仰向けになった状態で着地したパングゥは僅かな力を振り絞って起き上がるも、突進して来たティラノサウルス型ファルマコがパングゥに体当たりした。
「ガハッッッ!!!」
突進の衝撃は巨人の身体を貫くと同時に、巨人と同じ大きさはあろう頭でパングゥの頭を押さえ付け、そのまま瓦礫ごとパングゥを引き摺りながら猛進し始めた。残骸を踏み潰し、砕き、足跡を大地に刻み付けながら廃墟を断ち割る勢いで走破する。瓦礫と死骸が散乱し、建物が立ち並ぶというのに、ファルマコはそれらを壊し、巻き上げ、轟音を上げながら荒地と化した大地に1本道を刻み込んだ。
恐竜は顎を打ち上げると同時にパングゥを打ち上げた。残骸の雨が降り注ぐ中、ボロボロの巨人も地面へと跳ね返りながら地面に叩き付けられて着地した。巨人の手足はあらぬ方向へ曲がり、糸の切れた操り人形の様に微動だにしない。すると、巨体を包み込む全身の白い外殻に細かなヒビが入り、白雪の様な塵になって砕けて空へと昇っていった。
巨人だった塵の山を、恐竜は咆哮の風圧で塵を吹き飛ばす。突風が吹き荒れ塵を巻き込み舞い上げると、砂塵の山は大きく崩れ、内部から緑髪生やした頭が顔を出した。頭は動くと、周囲の塵の塊を崩れていき、イザナミが小さな頭を這い出した。纏められた緑髪にはパングゥの塵が絡み付き、黒い強化スーツに包まれた小さい身体にも塵がまとわり付いていた。
「う……う……」
イザナミは弱りきった身体を起こして白塵から這い出た。震えた腕を、歯を食いしばりながら引き上げて、目の前へと手を伸ばす。その先には、塵の中から半分だけ顔を出して眠る少年がいた。
「夜明君……夜明君……!」
イザナミは腕を伸ばす。しかし、小柄故の短い腕では僅かな距離も届かなかった。すぐ目の前だというのに、空に煌めく月に手を伸ばすかの様にその間は果てしなく遠かった。その間を縮めようと、イザナミは身体を動かして塵を払い除け、腕を伸ばして這い出そうと身体に力を込める。しかし、イザナミの努力を否定する様に、手が置かれた塵は細かく砕け落ちて少女の手を払い除けていった。それでもと、嘲笑うかの様に崩れる塵を、鷲掴みにする様に手で押さえ付けて、力の限りを振り絞って這い出そうとする。
だが、見上げる程に巨大な恐竜型ファルマコは、2人に影を落とす様にその大きな口を開いた。少年に意識が向いていた少女も、自身を照らす日光が突如消えた事で状況を理解した。果てし無い暗闇が、今まさに自分を呑み込もうとしている事を――。少女は目を瞑って、迫り来る最後に備えた。その突如、爆音と劈く様な怪物の悲鳴が鳴り響く。イザナミは目を半開きにして見たものは、白い外殻に身を包んだ巨躯を持つ恐竜型ファルマコが横腹に幾つかの箇所から煙を挙げてよろめいていたのだ。よろめく方向の反対側へイザナミは振り向くと、少し向こうには緩やかな傾斜をした小山があった。目を開き、細めてピントを遠くへ合わせると、山の麓には白い影が立っていた。
『こちらホワイトファング7ッ! 3ッ!! 気合い入れろ!! 助けっから!!』
見覚えのある男性の声が、反響しながら周囲に響き渡った。それは當堂勇一が駆るヴィレッジライト。呆然となって硬直するイザナミ。対してヴィレッジライトのコックピットにいる當堂は、一呼吸して再度、ヴィレッジに狙撃ライフルを構えさせる。搭乗機のカメラセンサーを通して網膜に投影されたのは、スコープに映し出される照準器と目標。青年が引き金を引く様に指先に力を入れようとすると、接続された背面コネクターから活動電位が読み取られ、代わりにヴィレッジが引き金を引いて発砲する。
炸裂音と共に発射された弾丸は、目にも止まらない速さで空を突き進み、ファルマコの眉間へと着弾、爆発する。その衝撃でファルマコは身じろぐも、煙が上がる額には、僅かな焦げた跡だけでファルマコそのものに大きなダメージは与えられていない。
再三攻撃を受けたファルマコは、怒りの咆哮をヴィレッジに向けて吠え放ち、巨大な足で大地を穿つ程の勢いで地団駄を踏んで周囲を揺らし走り出す。地面を抉り、瓦礫と土砂が舞い上がる巨大竜はヴィレッジ目掛けて突き進む一方、當堂機は依然としてライフルを構えて弾丸を撃ち放ち続ける。幾つもの弾丸がファルマコの頭部に当たって爆発するも、爆発箇所が黒く変色するだけで目立った外傷は与えられていない。数発撃ち込んだヴィレッジは狙撃を一旦止め、銃口を少し下に向け、右に動かした。照準し直した先にあるのは――大地を叩き割る巨大な左足だった。
ヴィレッジは再度ライフルの引き金を引く。発砲音と同時に弾丸は、音が響き渡る直前にファルマコの踏み下ろされる前の左足首に着弾。爆発してその角度を僅かにずらす。ずれた足は地面の上を滑り、ビルの倒壊の如く恐竜型の怪物は前のめりに土砂を巻き上げながら転倒した。すかさずヴィレッジは左肩に担架した、大きな回転弾倉を取り付けた大口径の銃を構えて連射。撃ちだされた弾丸は、ファルマコの目の前で砕けて八方へと広がり、その間から広げられた網が怪物の外殻に覆い被さり、末端の弾頭が地面に突き刺さってファルマコの動きを封じ込めた。
弾丸を打ち尽くしたライフルとネットランチャーは接続アームから切り離し、投げ捨てて機体を軽くしたヴィレッジは飛び出した。傾斜に着地し、滑りながらバランスを直して疾走。一気に坂道を駆け下りる。
『しがみ付けいとけ!』
當堂の大音量のマシンボイスを聞いたイザナミは再度自身の身体に目を向けた。ファルマコの移動の振動で、身体を拘束していた塵の塊はクレパスの様にヒビ割れ、大きな隙間が出来ていた。そこへ腕を叩き付けて塊を切り崩し、身体を引き抜く為に何度も身体を揺らして勢いをつける。何度も何度も身体を引っ張っると、依然として身体は埋まってはいるが、届かなかった手は夜明の肩を掴めた。少女は念願の少年に手が届いて安堵する一方、巨躯に見合わず風の如く疾走するヴィレッジは左手を下に伸ばし、走りざまにそのまま塵の山へと叩き付ける様に一気に手を突っ込んで、塵ごと二人を掴み取ってその場から離脱した。
「ホワイトファング6からコマンドポストへ!! 未確認のファルマコと会敵。ホワイトファング3が行動不能、更に現時点での兵装では迎撃不可能。支援攻撃を要請する!!」
『了解しました。現在時点を確認――……要請を承認。しかし主砲射程外である為、あまつかぜから〝ハープーン〟による支援攻撃を行います。誘導権限をホワイトファング6に譲渡。対象との距離3km地点でレーザー誘導を行ってください』
「了解!! ――それとホワイトファング6から各員へ! ティラノサウルスに追われてるから助けてくれ!!」
歯を食いしばり、下半身に力を加える青年の身体が反映されたヴィレッジは、力強く大地を蹴って瓦礫と肉片を踏み散らかし、関節部の駆動音を静かに鳴らしながら廃墟を踏破する。その後方、ネットを抜け出した恐竜型ファルマコが残骸を踏み潰しながらヴィレッジ達を追い掛けて来たのだ。その姿は、獲物を逃し、同時にネットで動きを封じられた怒りで猛り狂った形相を浮かべていた。
「マジかよ……!!」
コックピット内で全身を固定器具で覆って外界とを隔てているも、當堂は迫り来る敵によって鳥肌が立っている事を感じた。機械を操縦しているといえど、操作方法は身体を動かす活動電位が反映され、外界を視認するのは窓越しでもモニター越しでもない、網膜に直接映像を投影され、目の前は直接外を見ているのと変わらない。
それは周囲の縮尺を小さくしただけで、生身で戦っているのと対して変わらなかった。思い通りに動く身体と、見渡す限りが肉眼で光景を見ているのと変わらない鮮明さ故に、感じない筈の周囲の空気も感触を体感する。
ファルマコとの戦闘は基本チームでの連携。孤立して1人になる時もあったが深追いは極力しない。入隊して4年間を、走りながらといえど、當堂の脳裏には走馬灯が駆け巡っていた。だが同時に、その記憶を噛み潰して當堂は前を見た。初めての敵で初めての戦い方。故に新兵だった頃の感覚を、戦い慣れた現在で新しさを感じたからか、今が危険な状況で尚且つ左手に仲間を抱えているというのに高揚していた。視界に映る銃のアイコンを視線誘導で操作し、兵装の確認する。
・ナイフ1/1○
・拳銃1/1○
弾倉3/5 5/200 残弾数405
・狙撃銃0/1[脱着済]×
弾倉0/10 0/100 残弾数0
・突撃小銃0/1[脱着済]×
弾倉0/5 0/300 残弾数0
・捕縛網射出筒0/1[脱着済]×
弾倉0/1 0/6 残弾数0
六メートルのヴィレッジよりも遥かに巨大なトカゲを相手にするには、小口径の拳銃だけでは決定打にはならず、心もとない。頼みの綱は事前に出した支援攻撃と僚機の救援。しかし敵は、その巨躯故の長い脚による歩幅の広さによって移動速度はヴィレッジよりも速く、小回りを生かしてイタチごっこしているのが現状。大きな建物を障害物にしてファルマコの動きを抑えて巻いていると、警告音が機内に響き渡った。
[ハープーン 目標到達まで3000m]
視界の隅に浮かび上がる、支援攻撃の到達までの距離を告げるテロップ。ヴィレッジは踵を返してファルマコと向かい合い、眉間にあるレーザー目標指示装置から赤い一筋の光を当てる。その数秒後、彼方から轟音と共に、地面と垂直になって巨大な矢が後方から煙と炎を放って飛んで来た。ヴィレッジはファルマコから距離を取ると、ハープーンは恐竜の横腹に直撃。雲に届かんばかりの大爆発が周囲を呑み込んだ。左手に持つ少年少女を爆風と衝撃と強い光から守る為、背中を向け、手を抱き込む様にうずくまるヴィレッジは振り返った。燃え盛る爆炎と黒煙が広がる海の中、依然として蠢く黒い影。大きな足が大地を踏み締める。炎を纏う外殻は、劈く様な低く重い咆哮がそれを吹き飛ばした。
『うわー……知ってたけど……ないわー……』
飽きれる様に、投げ捨てる様に呟いた當堂の目の前にいたのは、直撃ならば戦艦一隻を撃沈して海の藻屑に変える事が出来る〝捕鯨の銛〟の名を持つハープーンを受けても尚、〝凶竜〟は平然と大地の上を立って雄叫びを上げていた。
『コマンドポストから各員へ。最前線から連絡が入った。十数分前に謎のファルマコが出現して1大隊を壊滅させたらしい。生き残りの報告では、移動方向や時間・外見等から判断して、現在ホワイトファング6が交戦している奴が同一個体と思われる。今から示す座標に武装を搭載したミサイルを送るから補給しろ。ホワイトファング6はもう一回逃げろ。こちらからミサイルの支援攻撃を行う――そのトカゲを逃がすな』
挿絵提供、フルさん。感謝です。




