第00話 塗りつけられた敗北
~2086年 9月7日 金曜日 16:42 パナマ共和国 パナマ運河~
暗雲に包まれ、岸が荒れ果てた運河。その近くの荒れ地を、3人の白人兵士達が走っていた。辺りには鮮血塗れの肉塊と死体と、巨大な白い異形の亡骸が転がっている。血の匂いが空気に溶け込む中、彼方には銃声と奇怪な咆哮が鳴り響くが、敗走する彼等には届いていない。
「こちらナーレイ1、応答せよ……――クソッ! やられたッ!!」
「隊長……このままでは……」
「軍本部とも通信が取れません。増援も期待出来ません」
「何だってんだッ!! 世界最高峰の戦力を持つアメリカ軍が、1人の頭がイカれた日本人の環境保護紛いな事で全滅だと、ナンセンスだ!」
「ギャシャシャアアアアァァ!!!」
突如悍ましい声が鳴り響く。兵士達は背中に悪寒が走るのを感じると同時に、咄嗟に手持ちのアサルトライフルを構えて臨戦態勢を取る。咆哮は依然として、周囲から銃の発砲音や爆発に混じって響き渡る。
「どこだ……どこだぁ……ッ!」
見えない恐怖と緊張が彼等を包み込む。先程味わった恐怖と絶望がフラッシュバックし、精神を侵して呑み込んでくるのだ。――瓦礫の向こうから、謎の怪物が顔を出した。
「撃て――――!!!」
隊長の指示と共に一斉に発砲、現れたのは一匹の白い怪物。
怪物は銃弾の雨を正面から受けるもビクともせず、そのまま男達に向かって走り出す。銃撃しながら兵士は全力疾走で後退。追い付かれればその鋭い牙と爪で殺される。――部下が転んだ。
「うわあああああああああああッッ!!」
涙ながらに叫ぶ兵士に、迫る怪物は口を開いて覆い被さろうとした。その時、怪物の頭部は赤い肉片となって飛び散る。弾丸の雨にも屈しない怪物の頭部は無くなり、代わりにあったのは1本の巨大な柱の如く太い槍だった。
「大丈夫か?」
転んでいた兵士は振り返えると、そこにいたのは、全身をプレート状の甲冑で身を包む日本人だった。
「サムライ……?」
「――対怪物殲滅部隊、マウガンだ。これより日本はアメリカ軍に加勢する。貴官等は即刻戦闘区域から離脱せよ。直に海上から艦の支援攻撃がここを焼き払う」
男はそう言って転ぶ兵士を立ち上がらせて隊長の下へと連れて行かせた。他に2人のサムライも合流して来ると、内1人は怪物――ファルマコと呼ばれたそれごと地面に突き刺さる、身の丈よりも巨大な槍を軽々と引き抜いた。
「徳多、大野口。報告を」
「もう5分前には部隊は展開している。鶴翼の陣形だ。割合で言えば1~2割だが、それでも百万単位のファルマコが河を超えている」
「現地兵士は撤退しているが、かなり少ないな」
「どの道生き残ってようが、あの中にいて無事はないだろう。助けられない」
3人は歩きながら話して瓦礫の山を登って見下ろすと、眼下に広がるのは黒煙が立ち込める白い海――否、雪崩の如く視界の限りを埋め尽くすファルマコの軍勢だった。
「――負けるな」
「雲仙……総隊長がそんな悲しい事言うなよ、負けるとか」
「戦術核でも打ち込めば勝機はあるがな」
「どうせ打ち込んでもまた来るよ。その度に打ち込んでたら運河がマリアナ海溝よりも深くなる。耐え切る奴もいるんだから。
おかげで艦砲射撃の質量攻撃が、外殻貫くからロマンを感じずはいられないけどな」
「研究者気質め。まずは仕事をする。――サンライト1から各大隊各員へ。これより対ファルマコ部隊は実質的な最終決戦を行う。これに敗退すれば、南アメリカは害獣の手に落ち、世界に大きな打撃を与えるだろう。それは今だけではなく、今後の各員等の知人・親族、全てに影響を与える。死力を尽くして戦え」
「固っ苦しいぞ。ちょっと和ませてみたらどうだ?」
「ふざけた事を……――負ければ死に際までブラジリアン美女の健康的でエロティックなサンバが二度と見れないと思え」
少し遅れて、彼方先の戦場から声が響いた。
「現金な奴等だなー」
「恥ずべき事この上無いが、士気が上がるに越した事はない。行こう」
「おう!」
◇
~2102年 1月5日 月曜日 02:42 日本某海域 無人島~
闇夜に包まれた一帯。月光が辺りを照らすも、先は見えぬ暗さに包まれている。その岩と岩の間を抜ける影が8つあった。目にも留まらぬ速さ走る彼等は皆、白装束でプロテクターやアームを身に着けている。背中や腰に携えるのは剣と銃器。先頭を走る青年が口を開いた。
「こちらホワイトファング1、状況報告」
『ブラックシェル1だ。こちらは目的地の前方でファルマコ共を食い止めている。ブラックシェル3が左腕をやった、急いでくれ。二式20匹以上をを狭所で相手するのはキツい。
既にブルーテイル隊が既に施設へ潜入してるが内部が酷くて入り組んでいて時間を食っている。ファルマコも既に侵入している。奪還すべき機密は2つもある。取られる前に早く来てくれ』
「了解した」
別の部隊、ブラックシェル隊の隊長との通信を終えた羽織を着た青年、小斉本亮介は後方で続く隊員達に目を向ける。先を急ぐぞ――目線で指示し、総員が頷き、岩の間を縫って駆ける。
「しかしまぁ、折角の秘匿研究施設だというのに、それが敵に襲われちゃ形無しだな」
小斉本は、緊張の糸を解すような口調で声を漏らした。すると、他の隊員達も続々と喋り始めた。
「作戦前に、機密を持って脱出し損ねた言ってたけど、秘匿施設だからって怠慢だろタダの」
「そのツケが俺等〝シジン総隊〟で尻拭いしてんだろ。年始だぞおい」
「これ手当でるのかな?」
「深夜のスクランブルって肌荒れるのよねー」
岩と岩の間を縫うようにに、目にも止まらぬ速さで潜り抜けながら言いたい放題、愚痴を零す隊員達。小斉本は宥めながら叱咤した。
「はい愚痴はそこまで、敵ファルマコだよ」
隊長の一言で、全員口を閉ざして前を見る。前方には、異形の巨大な影がそこにいた。
――三式ファルマコ。その姿形はまちまちだが、全ての個体は共通して昆虫を模した形をしているのが特徴で、だが完全に昆虫ではなく昆虫に似た怪物でしかない、天へと仰ぐ程に巨大な存在。
今、目の前にいる三式ファルマコ、カマキリ型は5m以上は遥かに超える巨躯。生物とは到底思えない雄叫びをファルマコは上げると、咆哮が空気を伝って大地を揺らした。
「デカいな……総員戦闘準備。ホワイトファング6、7は狙撃準備。2、3は付いて来い。4、5は足止め、8は索敵」
「「「「了解ッ」」」」
重く鋭い返事する7人の男女。4人が先に隊列から離れて岩に飛び乗る。内2人がその手に担ぐのは自身の背丈よりも上回る巨大なライフル、〝対ファルマコ用27mm狙撃銃〟を構え、照準を彼方に蠢く影に重ねてその場で待機。
タイミングを見計らい、息を潜める。随伴する兵士も周囲に目を配り、手に持った〝14.7mm大型アサルトライフル〟を構えて引き金を引いた。
閃光と共に突風の如く撃ち出される弾丸の軍勢は、ファルマコの上半身に着弾する。弾丸の足止めの下で、岩の間を疾走する4つの影は敵の下へ向かっていき、腰に構える拳程の幅のある鉈の様な刀――〝高周波振動剣〟を抜刀した。
影に接近する一向は敵を目視する。ヘッドギア内蔵の暗視カメラが、網膜投影して姿を映し出す。5m以上はあろう巨躯の先端に赤い複眼が月夜の光で煌めく蟷螂の化け物。その両側にあるのは巨大な鎌。自身を覆い尽くす程に幅広で長い鎌。それが2本、腕から生えていた。
「――2、3は俺と一緒にカマキリの足を切り落として体勢を崩す。後衛2人は頭を潰せ」
隊長の命令の後に全員が『了解』と返事がインカムを通して脳内に響くと、ファルマコは弾幕を振り払いながら、迫り来る小斉本目掛けて右大鎌を振り下ろした。
ビルが倒壊したかの如く、周りの岩を巻き込みながら迫り来る極大の刃に対し、小斉本は前へと一気に飛び出して攻撃を回避。カマキリの左半身に潜り込み、勢いに乗りながら身体を捻って風車の如く回転しながらファルマコの脚の関節を断ち切った。切られた脚は巨木のように倒れ、末端から赤い鮮血を周囲にぶちまける。
続いて他の隊員二人もカマキリ右側の脚へと刃を叩き込んで切断。脚を失った怪物は地に崩れ落ち、左大鎌を地面に突き刺して身体を支えた。沈んだ巨体をファルマコは起こそうと頭を挙げる瞬間、狙撃主2人が同時に引き金を引いた。
遥か遠方へ向けて放たれた狙撃銃の弾丸が咆哮と共に闇夜を突き進み、一瞬でカマキリの頭に着弾。両側を穿ち、吹き飛ばした。
頭を撃ち抜かれたカマキリは傷口から鮮血と共にこの世のものとは思えない金切り声を上げて地面に倒れ込み、大地が揺らす。
「ホワイトファング8、周辺状況ッ!」
『全方向からファルマコ接近中。数は20、熱源の大きさから見て来るのは二式。接触まで約60秒』
「6と7はこちらと合流! 全員揃い次第にフォーメーションBで前進、8は左右に照明弾を上げろ、こちらの位置を他部隊に知らせると同時に注意を引く。速やかに突破して目的地に向かい、他の部隊と合流する」
そう言って小斉本は先陣を切った。静かに唸りを上げる剣を振るい、目の前に次々と現れる白い巨大な昆虫の群れを斬り捨てていく。飛び散る血の飛沫で服を濡らし染め上げ、血に染まる雪を踏み抜いて、彼等ホワイトファング隊は荒地を走破して行った。
小型の二式ファルマコが撃たれ、斬り捨てられては空に舞う。銃弾と鮮血の雨が岩と雪に降り注ぎ、響き渡るは発砲音とファルマコのつんざく様な絶叫が木霊す。虫の形をした怪物達は次々と無垢な死骸へと成り果てていく。
――だが決して優勢ではない。数が多いのだ。何体、何十体にも及ぶファルマコが同族の亡骸を踏み潰し、蹴り飛ばし。
ひたすら他の部隊が集まるその場所を目指してひたすら進んでいく。骸は辺りを埋め尽くし、隙間なく岩場を満たすと今度は積み重なって山が出来始めていた。それでもファルマコの群れは地平線から波の如く轟音を鳴らし立てて進軍して来る。
「ブラックシェル1、レッドウィング1ッ! 照明弾見えるかっ!?」
『こちらブラックシェル1、ああ、見える』
『レッドウィング1、こっちも見えるわ』
岳谷の低い声に続いて発せられたのは女性の若い声。レッドウィング隊隊長、澤空美奈だった。彼等の声を聞いた小斉本は一瞬だけ安堵した。まだ生きている、無事だった。だがこのままではただの消耗戦になるのは明白。
「急がないと……ホワイトファング3、6、付いて来い!」
『了解です!』
『了解!』
ホワイトファング3――井島明と6の神崎直哉は小斉本の背に向かって駆けて行った。先陣を切って走る小斉本はファルマコを切り伏せる。その小斉本が狙えず、そして小斉本を狙うファルマコへ向けて後の二人が手にしたライフルで援護と追撃。銃口から放たれた大口径の弾丸はファルマコに撃ち込まれていく。
「――ああッ! 多い!!」
「無駄口叩くな井島!」
「してませ――」
青年が言い掛けたその声は、岩を割る様な重い音に遮られた。その直後、青年はいなくなった。
「井島ッ!?」
井島がいた場所にあったのは柱。無骨で無機質な節が所々にある柱は天まで届く程の高さがあり、動いていた。側面に生える無数の突起物がウネウネと動いている。
冷気で凍り付いた鼻が鉄の臭いを捉える。感覚の無い耳が、折れる音、砕ける音、千切れる音を拾った。音と臭いで理解する――それは人がものになる瞬間。無垢な存在へとなる瞬間――人が死ぬ瞬間。
『早く行け!!』
岳谷から喝の声。小斉本達は疾走する。仲間が死んだ。仲間が喰われた。だが、今は悲しみに暮れる暇も弔う余裕も無い。
――地下施設内。所々が崩れて崩落した廊下。壁に取り付けられた蛍光灯は、僅かに点滅していた。足場に転がる瓦礫を蹴散らしながら先へ先へと進んでいく。
駆け足だが静かに、ひっそりと。網膜に映し出された施設の立体マップでは、現在地は地下五階。機密は2つあり、それぞれより下層にあり、別々に保管されているので、先行したブルーテイル隊と手分けして探しているが、ブルーテイルはまだ発見していない。
先に目標を発見した2人は、機密のある部屋の前の瓦礫を爆弾で吹き飛ばして、室内に侵入した。
「――ケホ。……これ?」
「……ああ、あった」
煙の中、壁に空いた穴から身を乗り出す小斉本と神崎。彼等の前にあったのは2mはあろう、内部から緑色も光を放つカプセルだった。
「――ん? こちらホワイトファング1……了解した」
「どうした」
「ブルーテイルから連絡。――奪われたって」
「じゃあこれが……」
「ああ、最後の希望だ」
変える為に変わらなければならない。例えそれがエゴと言われ、どちらかを陥れる事だったとしても――。