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カナリアシリーズ

籠の外には美しい鳥がいる

作者: 真咲 透子

「カナリアは私のことをしらない」中澤 ほのか視点です。

 私は自分でもよく人に好かれると思う。

でも──本当に好きになってほしい人には決して好きになってもらえない。


「おはよーほのか」

「中澤おはよう」

「ほのかちゃん、おはよう」


 朝、登校中の道すがら、廊下ですれ違ったときなど声をかけられる。私に笑顔で話しかけてくるので、私も面白そうにその話を聞くのだ。──本当は別のことを考えながら。


「それでね、ほのか」

「うん」


 教室に着いて早々、クラスメイトに捕まりおしゃべりをする。笑顔の仮面の裏で、私がその話をどうでもいいなんて思っているなんて彼女たちは知らないだろう。


あぁ、鬱陶うっとうしい。


 私は話を聞きながら、さりげなく横目で彼女・・を見る。


一番後ろの窓際の席。


 それが彼女──渡辺 亜紀の場所だった。

渡辺 亜紀は、いつも何やら難しそうな本を読みながら時々窓の向こうを見ている。クラスメイトの誰とも馴れ合わずに淡々と日々を過ごしていた。


 彼女の場所だけ、騒々しいこの教室とは別の空間のようだった。彼女には彼女だけのゆったりとした時間が流れているようだった。


 私は彼女に憧れていた。

誰にも迎合げいごうすることなく一人、その存在を保つことができる彼女。いつも背筋を伸ばして凛としたたたずまいの彼女。


 木漏れ日が彼女を照らす。

その横顔ははっとするほど美しかった。


 渡辺 亜紀に憧れていたが、私は彼女のようにはなれなかった。周りに人が集まってくることをわずらわしいと思いながらも、いざ一人になろうとすると臆病な私が顔を出すのだ。

 

 笑って曖昧な返事をしていたらこのぬるま湯のような空間で楽に生きられる──。


教室という、友達というおりの中にいる私は、自由に飛び回れる彼女には近づけなかった。



「ただいま」


 今日もはりついた笑みを浮かべながら学校を終えた。「ただいま」なんて言っても応えてくれる人なんていないとは知っている。家の中は真っ暗だった。


 私の両親は共働きだ。どちらも別の病院で医者をしている。

仕事人間で家庭をかえりみることはなく、どうして結婚なんかしたのか分からないほど仲が悪かった。

家に帰ってくることはほとんどない。稀に帰ってくることがあっても、一言告げてまた病院に戻ってゆく。


 両親が何年も前から離婚を進めようとしていると、私は知っている。

でも、お互い忙しいことやその他の問題のためになかなか進まないということも。


 私をどちらが引き取るか。


 珍しく両親が家に帰ってきたときだった。

夜、喉のかわきを感じ、リビングへの階段を降りた。


 明かりが漏れていた。もう夜中だったので、まだ両親は起きているのかとそっとリビングに向かったとき、両親のある一言で私の足は止まった。


「ほのかをどちらが引き取るか……」

「私は嫌よ。オペがこれからも何件と入ってくるのに、あの子の面倒なんて見てられないわ」

「それは俺も一緒だ。こっちだって新しい研究が始まりそうなんだ」

「どこかに預けるっていうのも世間体が悪いわよ」

「じゃあ、どうするっていうんだ!産んだのはお前だろう!!」

「なんですって!?」


 両親の言い争いがはじまった。私の体は芯から冷えていく。どんどん口汚くののしっている両親の声を呆然ぼうぜんと聞いていた。

 しばらく動けなかったが、私は気づかれないようにゆっくり自室に戻った。


「ふふふ、あははははは……!」


 涙と同時に笑いが込み上げてきた。私はその容姿から人から話しかけられたり、優しくされたりと輪の中心にいることが常だった。


(そんな私が、両親からは望まれていないなんて……滑稽こっけいね)


 他人だれかにみられなくたって、期待されていなくたって、温かく見守ってくれるのが『親』ではないのか?子供の一番の味方は親ではないのか?


 両親おやの敵が子供わたしなんて。


 周りに集まってくる人たちは知らないだろう。みじめで、ぐちゃぐちゃで、真っ黒な──こんな私。表面しかみていない『みんな』なんて、


(いなくなればいいのに)


 私はそれから、誰かに期待することをやめた。



 私はクラスメイトたちに一緒に部活に入らないかと誘われたけど、断った。高校に入学したら入りたい部活があったから。


文芸部。


 私は本が好きだった。本は嘘をつかない。私に媚びないし、事実がそこにあるだけだ。

それに、放課後まで人の顔色うかがうなんて嫌だった。文芸部は、いっちゃなんだけどあまりぱっとしない。文芸部に入りたいというと、「私も入る!」っていう子は幸いにもいなかった。


 文芸部に一人で見学に行くと、先輩方が歓迎してくれた。

一年生はまだ私しか見学に来ていないらしく、かなり可愛がられた。文芸部はみんなで楽しくおしゃべりしたり、一人で本を読んだり、何かを書いたりと自由だったので気が楽だった。



「ちょっと飲み物を買いに行ってくるね」

「ほのかちゃんは何がいい?買ってくるよ」

「いえ、お気遣いなく」

「来ないと思うけど、もしかしたら見学の子が来るかもしれないからお留守番してもらってもいい?」

「はい」


 先輩方は部室を出ていった。


(新しい1年生、か……嫌だな)


 正直1年生が増えるのは勘弁かんべんしてほしい。同級生が増えると、廊下ですれ違ったりと、会う頻度ひんども多くなる。同じクラスだとしたらさらに余計な気をつかわなくてはならなくなる。


(なんて嫌な人間なんだろう)


 あなた方がもてはやしている人間は、こんな人間なんですよ──


大声で叫びたくなる。……そんなこと、できもしないくせに。


 陽が沈んでゆく。窓の外からはグラウンドが見える。運動部が走ったり練習したりしていた。


 かごの外へ出ることを望んでいるのに飛ぶことをためらっている小鳥。

外の世界に憧れているが、外の世界では生きられないことを知っているから。


 私は窓の外を眺めていた。



 ガチャリ、とドアが開く音がした。先輩たちが帰ってきたのだろうか。

ゆっくりと視線を向けると、そこには彼女──渡辺 亜紀がいた。


「──あれ?渡辺、さん?」


 どうして彼女がここに?もしかして、文芸部の見学に来たのか。

チャンスだ、彼女と仲良くなれるかもしれない。


「あ、私は中澤 ほのかだよ。ほら、同じクラスの」

「うん、知ってる」

「そっか、よかった」


 私の名前を彼女が知っている!


 クラスメイトだったらあたり前かもしれない。ほんのささいなことだ。しかし、私はどうしようもなく嬉しかったのだ。私は必死に彼女に話かけた。渡辺 亜紀は黙って聞いていた。


「私、渡辺さんとお話したいって思っていたんだよ。いつも窓際で本、読んでるよね。ずっと気になっていたんだ」


 彼女はなんの本を読んでいたんだろう、何を思っていたんだろう?浮かれていて気付かなかった。──彼女の顔がこわばっていたことに。


「文芸、興味あるの?一緒に入ってくれたら嬉しいな───」

「……うるさい」


 渡辺 亜紀は低い声で私の言葉を切った。



「あんたには関係ない」


 冷たい声が私の胸を突き刺す。瞬間、私の体も一気に冷えた。

私、今なにしていた?周りにいるクラスメイトの真似事をしていなかったか?あれだけうとんじていた、彼女らの。渡辺 亜紀の気を引くために──。


「あ、あの───」

「ほのかちゃんお待たせー。あれ、見学の子?」

「……はい」

「やったぁ!今お菓子とか買ってきたんだ!!みんなで一緒に食べよう!」

「えぇと」

「さぁ座って座って。自己紹介から始めようか───」


 彼女は何かを言いかけていたが、先輩たちが帰ってきてうやむやになった。

正直ほっとした。これ以上彼女の冷たい視線を浴びなくてすんだから──


(どうして、)


 心から仲良くしたいと思った人には嫌われてしまうんだろう。

本当に好きになってほしい人には私のことを好きになってくれないんだろう。


(やっぱり綺麗だな)


 私がどんなに彼女にびても、彼女は変わらなかった。渡辺 亜紀はやはり私とは違う。歓迎ムードな部室の隅でそんなことを思った。



 渡辺 亜紀が部活見学に来て、3週間が経った。あれから、彼女と話をすることはなかった。きっかけなんて皆無だったから、当たり前といえば当たり前だが。彼女は変わらず淡々と日々を過ごしていた。私のことなんか歯牙しがにもかけていなかったのだろう。


 今日は午後から雨だった。梅雨はまだまだ先だったが、外はかなりの量が降っていた。


「傘が、ない」


 今日は天気予報を見たので傘を持ってきた。それがどうして。

勝手に使われたのか、それとも──誰かの悪意か。


 私はぼうっと空を見上げた。これからどうしよう、雨は止みそうにない。走って帰れる程度の雨量ではなかった。


「渡辺さん……?」


 そこには渡辺 亜紀がいた。彼女も今帰りなのだろうか。彼女は私のことを不思議そうに見ていた。


「傘、忘れちゃって」

「……今日、天気予報で100パーセント雨って言っていたけど」

「慌ててたからドジっちゃった」

「……」


 彼女は私と一定の距離を取りながら、空を見上げた。



ザァァァァァァ───


 彼女が私の隣にいる。

それだけで、傘を取られてしまった憂鬱ゆううつな気持ちなんて消えてしまった。私って現金な奴だ。静かな雨音が辺りに響く。


 渡辺 亜紀はごそごそ、と鞄の中を探った。そして私に差し出す。


「これ、使って」


 なんの感情も読めない声でそう言った。


「それ……、渡辺さんの」

「これは予備の折りたたみ傘だから。私のは他にあるし」


彼女は私に傘を押し付け、歩き出す。渡辺 亜紀は一度立ち止まって、小さな声で言った。


「あと、────この前はごめん」


 彼女はそう呟くと、自分の傘を広げて走って行った。どうして彼女が私に傘を貸してくれたのだろう?


「渡辺さん……」


 私の声は雨音で消えてゆく。彼女の後ろ姿を見えなくなるまでずっと眺めていた。


(期待しても、いいのだろうか)



「おはよう」


 私は早めに学校へ向かった。渡辺 亜紀に傘を返すために。今日は、昨日の天気が嘘のように晴れわたっていた。


「……おはよう」

「昨日、傘ありがとう。すごく助かった」


 彼女は無言で私が差し出した傘を受け取る。


「じゃ、私はこれで」


 渡辺 亜紀はこの場を足早に立ち去ろうとした。彼女が私の横を通り過ぎようとしとき、


「私、」


 私は声を出した。彼女は振り向く。


「渡辺さんは私のこと嫌いかもしれないけど、私は、───そうじゃないから」


 伝わるだろうか──

 

 今まで一度も手を伸ばしたことはなかった。一番欲しいものは手に入らなかったけど、2番目、3番目に欲しいものは努力しなくても手に入ったから。


 彼女の目と私の目があう。彼女の瞳には私がいた。


 私はそれだけ言うと、教室の方へ歩き出した。



 一度もかごの外へ出たことなんかなかった。今も傷だらけなのにさらに傷だらけになるのが怖かったから。でも、


(彼女と同じ景色を見てみたい)


 私は小さな羽を広げた。いつか、彼女に届くことを願って。

読んでいただいて、ありがとうございました!

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