19.決戦の時
19.決戦の時
ボクたちが教会に到着してから間もなく、午雲さんたちがやって来た。あれからずっと、お昼を食べたホテルでバレンタイン関連のイベントを楽しんだり、ラウンジでお茶を飲みながら時間を潰していたらしい。
「あれっ?大橋さんは?」
「彼はもうひと勝負してくるそうですよ。それにしても、決戦の地が教会とは意味深ですね」
「午雲さんもそう思いますか?」
午雲さんだけではなく、まゆさんと香穂里さんもそう思ったらしく、午雲さんの言葉にうなづいている。そんなボクたちをよそに齋藤さんは美子さんに話しかけた。
「河さん、ご無沙汰ですね。例の銘柄ですけど…」
「当たりだったでしょう!我ながらいい読みをしていたと思うのよ」
「それなんですが、実は買っていないんですよ。なにしろ、元手が…」
「あら、そうなの?それは残念でしたわね」
律子さんは不思議そうな顔をして夏陽ちゃんを見ている。
「あっ、律子さん。彼女は…」
「知ってる!結城夏陽!まだまだお子ちゃまだわね」
「はい!お子ちゃまです。神村さんみたいな素敵な女性になるのが目標です」
「まあ!この子ったら…」
さすが、夏陽ちゃん。姉さま方の扱いにソツが無い。
7時まで、あと10分。大橋さんとみきすけさんも到着した。大橋さんは大きな紙袋を、みきすけさんは例の白い袋を担いで現れた。
「いやー、間に合いましたね。あれっ?りっきさんはまだ来ていないみたいですね」
大橋さんはリビングに居るメンバーを眺めて言った。その時、リビングのドアが開いた。
「こちらです」
神父さんに連れられて入って来たのはうさぎさんだった。「私は参加しない」そう言っていたうさぎさんだけど、手作りチョコをそれぞれに1個ずつ持って来てくれた。
「あれっ?大魔王はまだ来てないの?」
「いいえ、もう、おられますよ」
斉藤さんの言葉に、一同、一斉に辺りを見渡した。
「さすがだなあ!伊達に歳は食ってないじゃないか」
そう言った神父さんがマスクを外した。神父さんはりっきさんだった。
「さあ、みんな。持ってきたチョコを出してくれ」
「待ってました!」
開口一番、みきすけさんが袋の中身をテーブルに広げた。りっきさんはそれを一つずつ確認しながら数えて言った。
「ほー!福助君は53個か。はい、次は?」
続いて大橋さんが紙袋からチョコを出した。
「なんだ、こりゃあ?これ、パチンコの景品じゃないか?」
大橋さんが持って来たのは大量のチロルチョコ。
「まあ、いいや。はい。136個」
「えー!それ、反則じゃないっすか?」
「福助くん、何も数が多けりゃいいってもんでもないんだ。なんたって決めるのは僕だからね」
斉藤さんは28個。午雲さんは4個。そして、ボクも4個。
「もう!良ちゃんったら…。仕方がないからこれあげるよ。数じゃチロル君には敵わないけど、これでビリにはならないよ」
そう言って夏陽ちゃんは自分が持ってきたチョコをボクのチョコに加えた。
「いいね!さすが、ロリコンの日下部ちゃんだね」
「ロリコンって…。ところで、りっきさんは?」
「ああ、僕は無いよ」
「えっ?」
「聞こえなかった?僕は1個も無い。ゼロ!」
「どういうこと?」
まゆさんが責めるように尋ねた。恐らくみんなもそう思っていたと思う。
「ん?どうもこうもないよ。僕はチョコを貰えなかったんだ。さて、1位は…」
「ちょっと待った!」
そこへ登場したのは水無月上総さんだった。
「僕も混ぜてもらいますよ!日下部さん、僕に声をかけないなんて悲しかったですよ」
「ご、ごめん…」
「いいよ、いいよ!早く、チョコ出して!」
水無月さんは背負ってきたリュックからありったけのチョコを出した。17個。
「なんだ、大げさな登場をした割には大したことないな。じゃあ、結果発表…。勝者…。勝者はりったんだ」
「はい?なんで?」
「基準は金額だよ。りったん、ここに来る前に日下部ちゃんからチョコもらっただろう?」
「あっ!」
昼、ファミレスに居たメンバー全員が声をそろえた。
「そう言えばりったんが食べたのはどれもチョコがアレンジしてあったわね」
まゆさん、香穂里さんが顔を見合わせた。律子さんは「ムフ」と、舌を出している。
「それはそれで納得だけど、りっきさんどうしてそのことを?」
「ほら、これ」
りっきさんはそう言ってチョコの下にあったレシートを摘みあげた。
「だーいどんでんがーえしっ!」
みきすけさんが頭を抱えた。
「さて、ルールでは勝者がチョコを総取りするんですよね?神村さん、そのチョコ、どうするんですか?」
斉藤さんの質問にみんなが律子さんに注目した。
「要らない!お腹いっぱいだし。これ以上チョコ食べたら太っちゃうじゃない。ここの子供たちにあげるわ」
「さすが、りったん!さあ、みんな。入っておいで!」
りっきさんがそう言うと、先ほど庭で遊んでいた子供たちが一斉に入って来た。子供たちはみんな嬉しそうにチョコを手に取っている。その笑顔は何万個のチョコより価値があると思った。
「りっきさん、最初からこうするつもりだったんですね!」
「さすが日下部ちゃん。分かっちゃった?」
「ええ、もしかして律子さんもグルだったんじゃないですか?」
「ん?それはどうかな…」
照れくさそうに答えるりっきさん。律子さんはまるで、他人事とのように子供たちにチョコを配っている。この結果にはみんなも納得しているようだ…。
「それで、りっき。罰ゲームはどうするんだ?」
「うさぎか。どうすればいい?お前の言う通りにするぞ」
「じゃあ、今日は最後までこの子たちと遊んでやれ。みんなもそれでいいよね」
うさぎさんの提案にみんなも納得した。
「さあ、腹減った!みんなで飯食いに行こうぜ。今度は私にもご馳走してもらおうかな。て・つ・じ・ん」
「あーっ、ずるい!私も」
「それじゃあ、私も」
「えー、じゃあ、私も」
うさぎさんの言葉に、その場にいた女性陣が全員、声をあげた。
「鉄人、モテモテですね。それでは申し訳ありませんが、私はこれで」
「えっ?齋藤さんも一緒に行きましょうよ。メシ」
「いえいえ、それほど持ち合わせが無いもので」
「えーっ」
「僕も」
「私も」
「俺も」
男性陣は逃げるように次々とその場を立ち去った。
「そんな…」
「ほら!早く行くわよ。て・つ・じ・ん」