その2 〈大災害〉が起こる前
〈小雀の守り鈴〉のクエスト。怪我をした小雀を助けて巣に戻すと、守り鈴を報酬アイテムとして貰えるクエストだった。
クエストに出掛けたのは〈大災害〉が起きる3日前だった。まだそのとき〈エルダー・テイル〉は普通のオンラインゲームだったし、ログアウトしてパソコンの電源を切れば、ちゃんと元の世界にもどることができていた。
その夜、トウヤとミノリは夕食後に入浴し、身支度をしていた。いっぱいに開いた窓からは、かすかに雨の匂いをふくんだ風が流れてきていた。
「お母さん、ドライヤーをかけてもらってもいい?」
「いいわよ」
ミノリの母は手先が器用で、なにをするにも手早く綺麗に仕上げることができた。ミノリは洗面所からドライヤーを持ち出し、キッチンの壁のコンセントに差し込んでから母に渡した。
「ねーちゃん、いいな~」
「トウヤはすぐに乾くからいいじゃない」
「え~っ!俺も乾かしてほしいな~」
「いいわよ?でも、風邪ひいちゃうといけないから、しっかりバスタオルで髪の毛を拭いて待っててね、トウヤ」
「あいあいさ~!」
トウヤはくるくると軽やかに車椅子で回転すると、向きを変えてキッチンから出ていった。
トウヤが新調した車椅子はとても軽くて小回りが効いた。慣れるまでは机や椅子に引っ掛かってひっくりかえることもあったが、今では車輪を操るコツを身につけて、家の中をびゅんびゅん走り回っている。
「トウヤ、どこ行くの?そんなに走らないで!」
「パソコンのスイッチ入れとくよ、ねーちゃん」
隣のトウヤの部屋から声が響いてきた。
このマンションは、トウヤが事故にあって車椅子になってから、ミノリの父と母が一生懸命探して見つけたバリアフリー住宅だった。以前暮らしていた一軒家を売り、そのお金を元手にして購入したのだ。
「まったくもう。危ないんだから……またひっくり返ったらどうするの」
ミノリが言うと、母はくすくす笑った。
「大丈夫よ。最近トウヤは車椅子にすっかり慣れたみたいだし、元気に動けるのが一番よ」
「でも……」
そうは言っても、トウヤが転ぶと父も母も顔色が真っ青になり、しばらくトウヤの様子をみたあと、たいていは車に乗せて病院に検査に連れてゆくことになるのを、ミノリは知っていた。
「ミノリ、そんなに心配しなくていいのよ。何かあったらお父さんとお母さんがなんとかするし、病院の先生も力を貸してくれるから。大丈夫よ」
母は、不思議とミノリの気持ちが解っているようだった。ミノリの心に溜まっている薄水色の悲しみを、乾いたタオルで吸いとろうとするかのように言葉をかけてくれた。
「はい、おしまい。ちょっと髪が長くなってきたわね。またこんど、美容院に行かなくちゃね」
母はいったんドライヤーの電源を切ると、隣の部屋に歩いていった。
「トウヤ?ドライヤーかけようか」
「あっ、もう乾いた!」
「ほんとに?どれどれ……」
母とトウヤのやりとりを聞きながら、ミノリは自分の部屋にメモ帳と消しゴムつきの鉛筆を取りに行った。どちらも父がくれたもので、メモ帳は紙質がなめらかで書きやすかったし、黄色い鉛筆は端に柔らかな桃色のよく消える消しゴムがついていて便利だった。
「ちょっとじっとしててね」
「う~。音がうるさい」「すぐ乾くから」
トウヤの髪はやっぱり乾いていなかったようで、母はドライヤーをトウヤの部屋まで持ってきて乾かしていた。
「トウヤ、牛乳いる?」
「ううん、いらない」
ミノリは自分だけ冷蔵庫から麦茶を出し、小さなコップに注ぐとパソコンの隣にあるトウヤの学習机の上に置いた。
パソコンのブラウザは〈エルダー・テイル〉のトップ画面を表示していた。ログイン画面に進み、IDとパスワードを打ち込む。
「よーし、乾いたわよ、トウヤ」
「さんきゅ~」
「もうすぐ8時になるよ~ シロエさん待ってるから、早く!」
「うん」
二人はボイスチャット用のヘッドセットを着けるとあわてて〈エルダー・テイル〉にログインした。
「二人とも、10時になったらログアウトするのよ」
母は使い終わったドライヤーを折り畳んで、ぐるぐるとコードを巻きつけながら去っていった。
「は~い」
トウヤは調子よく返事をする。
(夢中になると忘れちゃうから……)
ミノリはタイマーがわりに目覚まし時計を夜9時45分に鳴るようセットした。
「よし……行っくぞ~!」
「お~!」
二人のポリゴンモデルは、アキバの街の広場の真ん中に現れた。
「え~っと、どっちだっけ?」
トウヤはいつもポリゴンモデルの向きを早く変えすぎて、どっちに行ったらいいかわからなくなるのだ。
「MAP出して、トウヤ」
「そっか……出したよ?」
トウヤは画面右下に小さくMAPを出して一生懸命のぞきこんでいたが、肩をすくめてため息をついた。
「やっぱわかんないや」
「じゃあ、今日は私のあとについてきて」
「うん」
ミノリは自分のパソコン画面の視点を切り替えた。キャラクターの目線の高さでぐるりと水平に動かす。すると、シロエのポリゴンモデルがベーカリーショップの前に立っているのが見えた。 シロエのポリゴンモデルは背が高く、遠くからでもよく見えた。ハーフアルヴという人間と妖精のあいのこのような外見のキャラクターで、肌は青白く、少し耳がとがっている。髪と瞳は菫色がかった美しいウルトラマリンの色だ。
「シロエさん!」
ミノリとトウヤはマウスを操作してポリゴン人形を動かし、シロエに近づいた。アキバの広場には他のポリゴンモデルがわらわらとひしめいて揺れている。
「兄ちゃん、こんばんはっ!」
「やあ」
「すみません、遅くなって」
「大丈夫、僕もまだ来たばかりだから」
まだ買ってから10日も経っていない真新しいパソコンのスピーカーから、クリアな音質でシロエの声が聞こえてくる。控えめで、やわらかな声。
「今日はどんなクエストをしようか」
「兄ちゃん!ミノリが、〈小雀の守り鈴〉のクエストに行きたいんだってさ!昨日、ゲームのガイドブック見ながら言ってたんだ」
「ちょっ、トウヤ!」
「いいじゃん。昨日は、俺のアイテムのクエストだったんだし」
「そうか。〈小雀の守り鈴〉のクエストか……じゃあ、買わなくちゃいけないアイテムをガイドセンターで確認しようか。まずはそこからだね」
「やった~!」
「ありがとうございます!」
三人は、旅行代理店のようにクエストの内容について説明してもらえるガイドセンターに向かった。
◆
ここまではなんとかなりました(汗)
実はドラクエの『天空の花嫁』しかやったことがなくて、かなり背伸びしないとクエストは書けない予感がっ……(笑)
(そういえば、ウルティマ・オンラインをプレイしてる友達を横から覗いていたことはあったかも)
妄想力でどこまでいけるかな~(*´∀`*)