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ブタ子と不思議な恩返し  作者: 腹筋崩壊参謀
第1章 イケメンさんとの出会い
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その1

 その不思議な出来事の始まりは、私が小さかった頃に遡る。


 あの時の私は、無口で恥ずかしがり屋、そして引っ込み思案。授業中でも大事なときでも緊張してしまい、声がどもってしまうことばかりだった。自分の心を打ち明けることのできる友達もできずに、休憩時間もずっと一人ぼっちだった。運動も苦手で、体力測定の時や徒競走ではいつも最下位の常連。そのくせ給食だけは残さず食べて、あまったおかずやご飯、パンにも手を出していた。

 

 そんな私に『ブタ子』と言うあだ名が付いてしまうまで、そんなに時間はかからなかった。


 ご飯をたっぷり食べていたこともあるかもしれないけど、多分あだ名の一番の原因はその体格にあったかもしれない。眼鏡をかけた引っ込み思案の小太りの女の子、確かにブタに見えるのも無理は無いかもしれない。


 そんな私が休憩時間ですることといえば、次の教科の予習をしたり、図書館から借りてきた本を読んだりと言うことばかりだった。でも、そういうときに限って、毎回私のところを訪れる人たちがいた。


「あれー、ブタ子なに読んでんの?」


 忘れようとしても忘れられない、ずっと私に対していじめを続けていた女子生徒のグループだ。


 ブタが勉強してる、勉強しても人間にはなれないのに無駄だ無駄だ。言いたい放題だけど、冷やかしの言葉はいつも同じ。だから私は必死になって無視して、この大嵐が通り過ぎるのを待つしかなかった。でも、毎回その大嵐は、私を積極的に巻き込み続けた。


「か、返して……」

「えーなにー?聞こえなーい」

「ブーブー言ってばかりじゃ分からないよー」


 取り上げた本を見せびらかしながら、いつも女子生徒たちは楽しそうな顔で廊下に飛び出していった。それをいつも私は必死になって追いかけようとしたけど、運動が大の苦手な私には、教科書を走って奪い返すなんていうことはもう夢のまた夢だった。

 へとへとになった私を見て、女子生徒たちは目の前で本をちらつかせてからかいの言葉を並べていた。


「ほーらブタ子、取ってみなー」

「おーすごーい、芸をするブタだー」


 しかも、いくら私の前ではこんな風なことをしていても、彼女たちは先生の前ではいつも成績優秀なよい子だった。悔しかったけど、その時の私の実力では、いくら勉強しても彼女に追いつくことは出来なかった。

 正しいのはいつも彼女たち。注意されるのは、廊下を走り続けていたと言われた私だけ。先生もみんな、誰も本当のことを知ろうとしなかった。


 でも、私のほうも、毎日の学校生活を、父さんや母さんに打ち明けることは出来なかった。確かに最後の味方は家族なのかもしれない。でも、二人に言おうと考えていたとき、私は例の女子生徒のグループに呼び出され、そして体育館の裏で脅された。今までの仕打ちを先生や家族に知らせると、ただじゃおかない、と。


 あの頃の私は、完全に闇の中でもがいていたのかもしれない。



 だけど、学校の中でたった一つだけ、その頃の私がいじめや辛さから開放できる場所があった。


 あちこちにある普通の学校と同じように、私の学校でも校舎の近くでいくつかの動物が飼育されていた。ニワトリやカメ、カナリアのような小さめな動物が多かったけど、それに混じって一頭、変わった動物が特設の飼育小屋に暮らしていた。

 四本足で歩き、たるんだお腹を震わせながら、大きな口でブーブーと鳴くあの動物――そう、ブタさんだ。


 私の学校はずっと昔は農業にも色々と関わっていたらしく、その名残として昔からブタさんが飼育されていた。大きくなったら食べるとか食べないとかそういう事じゃなく、他の動物と一緒に私たちが飼うという感じだったみたい。

 普通のブタは結構気が荒くて子供たちだと少し危険なところが多いけど、私の学校のブタさんはのんびり屋でおとなしく、いつも優しい視線で私たち生徒を眺めていた。学校のことなら何でも知っている、そんな雰囲気も出ていた。


 そして当然、このブタさんと『ブタ子』が絡められない訳がなかった。


「ブタ子はブタさんの親戚だもんねー♪」

「一緒に暮らしてるんだもんなー♪」


 私のグループにブタさんの世話が回ってくるたびに、毎回他のクラスメイトは色々と理由を付けてはサボり、仕事を全部私に押し付けていた。先生にも、私がブタの世話が大好きだから全部やる、と嘘を言って納得させてしまっていた。当然、その中心には例の女子生徒のグループがいた。


 だけど、正直言ってそこまで嫌な気持ちはしなかった。ずっと昔から、私は生き物が大好きだったからだ。

 小さい頃から女の子向けのアニメや漫画、テレビの中のアイドルよりも、道で出会うイヌやネコ、それにチョウやトンボのような生き物のほうが大好きと言う変わった子供だった私にとって、ブタさんとこうやって触れ合える機会は、学校でのストレスを癒す時間になっていた。


「きょ、今日のご飯だよ……」


 先生から預かった野菜を差し出すと、ブタさんはいつも美味しそうに頬張っていた。どんなに山盛りでも、あっという間に平らげてしまうその様子に、私はいつも驚かされていた。そして、いつも食後にブタさんは大きな一声をあげていた。まるでご馳走様、と言っているかのように。


 あの時の私にとって、ブタさんがたった一人、一切の隔たりもなく接することの出来る存在だったのかもしれない。


 

 そんなある日。

 

 夕方まで色々と掃除や何やらをこなした私は、いつもどおり一人ぼっちの通学路を歩いていた。周りには友達と楽しそうに会話する同級生がいたけど、私にはその輪に入る勇気もなかったし、入れるだけの『資格』も無かった。


 きっと楽しいのかな、でも私には無理、いじめが酷くなるだけかもしれない。

 そんな下向きの気持ちで歩いていると、ふと道端で一人の男の人が、困ったようなそぶりで佇んでいるのを見つけた。一体どうしたのだろう、と思ったその時だった。


「あ、ちょっと失礼……」


 そう言って振り向いた男の人の顔を、私は今もはっきりと覚えている。


 少し長い茶色の髪、健康的な肌色の顔、優しそうな瞳に整った顔つき。アイドルに興味が沸かなかったはずの私でも、目の前の人が『イケメン』や『美形』だって言うことがはっきりと分かった。心の中を電流が走ったような、そんな気がした。


 そんな私に、男の人は道を教えて欲しい、と尋ねてきた。普段ならここで勇気が引っ込んでしまい、足早に去ってしまったかもしれない。でも、そのときの私は、慌てて早口になりながらも、男の人にしっかりと道を教えてあげることが出来た。


「ありがとう」


 そう言って、男の人は夕陽の向こうに去っていった。私のほうに、お礼代わりのウインクをしながら。


 こんな経験をしたのは、生まれて初めてだった。私はそのまま、今まで味わったことの無い不思議な感情に包まれながら、男の人が消えた道の向こうを見つめ続けた。 

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