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「強盗でもして二億ぐらい盗もうか。『条件』は遠のくし、俺らもかなり遊べる。」
「バカじゃないの。」
「いて!」
一条が言いながら放った二発目の空き缶が再び長谷川の額に直撃する。
「オコゼ、あんたそれでも本当に『悪魔の物語書き』(悪魔のシナリオライター)なの。」
「どこにこんな空き缶転がってんだよ!?」
「あんたが部屋ちゃんと片付けてないのが悪いんじゃない。」
再び、額を擦りながら長谷川は『悪魔の物語書き』の別名に思いを馳せる。
前に少し述べたが向こうの世界の人間はこちらの世界の人間よりも何かしらの能力に長けている者が多く、長谷川のそれは筋書きを思い描く想像力だった。状況を把握すれば即座に筋書きが思い浮かぶ。それは戦いが日々の向こうの世界では戦略となり、長谷川達を苦しめている王族達の脅威となった。
なった。のだが・・・
「部屋なら片付けてるだろ。それに俺、缶はコーヒーしか飲まねぇし。」
作戦立案の第一歩は情報収集から。良い作戦は的確な状況把握から。
筋書きを思おうにも現状を把握してなければ希望願望しか出てこない。じゃぁ具体的にどうやってそれを実現するかを思い描けない。
そう思っている長谷川に取ってこの世界は完全アウェーだった。
民主主義の法治国家。学校で学んだ単語はその意味を理解するのに大分かかった。それは邪魔な奴を暗殺してはいけないという事だったし、他人の物を勝手に使ってはいけないという事だった。そういう事をすれば法律に則り裁判にかけられる。
しかし、この皆で政治を決定するという意志、判断基準を法律という文章に求める姿勢、そういったものが王族の圧制や子供たちの餓死という馬鹿げた消耗、そう、命や人生の無駄な消耗から皆を解放してくれている。
長谷川の国では、裁判というのは王族達が邪魔な人間を始末する為の手段でしかなかったし、飢えていれば果樹園でも忍び込んで盗み食いもした。そんな世界では暗殺や脅迫が有効な手段だったし、無い物は奪えば良かった。だから一向に世界は安定せずお互いに貪り続ける事になっている。
こちら側の世界の記憶が植え付けられているからこそ、スーパーの品物を勝手に持ち出す事や今日の非戦闘地域は何処?なんて聞く事は無かったけれど、違和感はずっと長谷川の心と思考に染み付いていた。
そういうルール的なもの、世界の枠組み的なものが長谷川の作戦樹立を阻む要素の一つだったのは確かだ。でも、もう一つ、もっと根深い長谷川の能力発揮を阻む物があった。それは人の心、だ。
戦闘が日常で有効な国家も法律も無い世界で育った人間、つまり長谷川の世界の人間の感情と、戦う事なんかゲームの中ぐらいで国家や警察に守られている事が前提のこちらの世界の人間の感情は、大きく違う事は無かったけれども微妙な差異を見せていた。
やはり、育つ環境が違ければ育つ感情も違う、という事だ。
例えば、大人が大きな問題に出くわすとこの世界の人間はまず弁護士に相談する。法律が社会の判断基準になる為にそのプロフェッショナルである弁護士のアドバイスはかなり有効になる。一方、長谷川の世界では知り合いの権力者だったり富豪だったりを頼ったりする。この世界でもそういう傾向はあるけれども弁護士という概念の無い長谷川の世界では多くの場合そういう伝手とかが決定打になる。
また、友達という感覚と知り合いという感覚の境界線が向こうの世界よりもこっちの世界の方が曖昧だ。長谷川の世界では生き抜くという目的をほぼ誰もが持ってる為に相手が味方か敵かという判断が常に付きまとうが、こちらの世界では完全な敵というのはそう存在しないのでほぼ全員が知り合い候補という事になる。
結果、損得だけでなく感情だけで人の好き嫌いを判断する余裕が生まれている。
そういうちょっとした感情の起伏の差異が長谷川が持っていた自分の考える作戦への安心感を脅かす。
「じゃぁこれは何なのよ。」
話は再び長谷川の部屋。一条が後ろから掴み上げ放り投げた空き缶を長谷川がキャッチする。
「こんなん知らねぇよ。しかも、これ、ビールの空き缶じゃないか。おまえ、まだ高校生だろ。」
長谷川が全力で放り返した空き缶を一条は涼しい顔でキャッチした。
「やめてよ、勘違いしないでよね。私のじゃ無いわよ。お酒の好きな仲間が居るの。普段は情報収集とか頼んでるんだけど。あ、それから、武器調達とか。」
「武器?っつーか、やっぱり空き缶持ち込んでるんじゃないか。」
「もう、細かい事ぐだぐだ言わないの。それで、どうするのよ、悪魔の物語書き。」
「どう、って、通報は辞めといてやるよ。」
「違うわよ、オコゼ。そんな事したら私があんたを通報してやるわ。シュリーズの社長の事よ。」
「俺には通報されるいわれは無いぞ?」
「ふん。女子高生を部屋に連れ込んでる罪、よ。」
「勝手に上がったんだろ。」
「この服引き裂いて泣いて見せてもいいのよ?さて、この世界のケイサツさんはどっちを信じるかしらね。」
(こいつ、ほんとに非道い目に遭わせてやろうか。)
吊り目を細め、たのしそーに身じろぎする一条を見据えながら長谷川は存分に心の中で彼女に罵声を浴びせる。
「仮にも、仲間、だろ、俺達。シュリーズの社長の事だけど、これだけじゃ俺にもどうにもできねーよ。」
「仕方ないわねぇ。いい?じゃぁ私が情報屋に会わせてあげる。」
「さんきゅ。」
作戦立案の第一歩は情報収集から。良い作戦は的確な状況把握から。
長谷川自身もターゲットの身辺調査はするが、あまりこの世界に情報網を張っていない彼では限界がある。ネットという強力無比なツールがあったとしても、ネット自体にさして詳しくない彼ではそこから引き出せる情報にも限度がある。
そこをいつも補ってくれるのが一条がくれる情報、そして一条が紹介してくれる情報屋だった。
長谷川は一つ思い付いた事を素直に聞く。
「情報屋、って、さっきの武器の人か?酒が好きだって言う。」
(だとしたら、めんどくせー人っぽそぉだなぁ。)
「違うわよ。また別の人。」
(そいつぁ、良かった。)
内心安堵する長谷川。
一条はすでに独自のネットワークを築いていた。その全貌は長谷川には教えないが、それでも小さくない事は容易に想像出来る規模だ。その行動力は高校の同級生に囲まれて(仲間って誰なんだろう?どんな人達なんだろう?)って思いを馳せながら遊んでいた長谷川とは雲泥の差で、そんな一条の行動力にも長谷川は好感を持っていた。
「そっか、おけ。俺は俺で調べてみるけどな、もちろん。」
「せいぜいがんばりなさいよ。あてにはしないから。」
会議は終わりだ。すとん、とベッドから飛び降りるように立ち上がると、自慢の綺麗な長い髪をかき上げながら一条は部屋から出て行こうとする。
そんな一条に後ろから長谷川は問いかけた、
「なぁ、いい加減一条の『願い』、教えてくれてもいいんじゃないか。」
「バカね。そう簡単に教えるわけ無いじゃない。」
振り向きもせず、一条は背中で長谷川に向かってそう答えた。
悪魔の物語書き()w。現実世界の世界観の説明は、それこそ上手に説明出きるようにサブストーリーに組み込むような形で表現するべきでした。なんかただ焦って書くべき事を羅列しただけの記憶が。