7ー7
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風邪で寝込んでいるはずの一条は、あの教会のような建物の中で優雅に紅茶を飲んでいた。まるで貴族の寛ぎのワンシーン。そんな印象を見る者に与える。
「やっと来たわね。覚悟は出来まして?」
絨毯の上をゆっさゆっさと歩く足音に、顔も上げず一条は高飛車な声を出す。
「・・・ああ、覚悟は出来たよ。」
その足音の主は一条の居るテーブルの近くで足を止め、返事をする。
もちろん、長谷川だ。長谷川はミキモトをお使いを頼む事で追い払うとまっすぐにこの家に向かった。なんとしてもこの決着は一人で付けたかった。少なくとも、ミキモトを巻き込むわけにはいかない。
「なら、さっさと『願い』を諦めてくださいませ。タニグチといい、未練たらしく居残るのは見苦しくてよ。」
「夜は部屋で寝てたし、昼間は外ぐるぐる回ってただけなんだけどな。警察も動いてるらしい。たまたま見つからなかったんだろうな、俺。」
「?」
突然の長谷川の説明に一条は不思議そうに顔を上げて彼を見た。
長谷川は続ける。
「もし俺が『願い』を諦めれば、その瞬間に俺の中から本当の記憶が無くなって完全にこっちの世界の人間になる。多分、俺は悪夢かなんかに取り付かれて徘徊を繰り替えした、みたいな設定になるんだろう。」
「安心なさい、私が覚えていてさしあげるわ。」
最後の言葉を残しに来た。
そう思った一条は長谷川に精一杯やさしい言葉をかけてやる。
「お前は『条件』クリアであの世界に戻り、『願い』が叶うわけだ。その場合、俺達の記憶からお前の事は消されるんだろうな。」
「それは残念だわ。」
魅力的な笑顔を見せながら、一条。
「敗因はなんだろうな。」
長谷川は今までと同じくあまり表情というものを見せずにどちらかと言えば淡々と一条に語りかけている。一条はそれを覚悟を決めた男の最後の冷静さ、と思っていたが。
「そうね。」
取り敢えず答えながら真意を探る一条。
「私の事がわからずに一緒に居る時間が長かった事じゃないかしら。おかげさまで充分にあなたの事やあなたを取り巻く状況を把握出来たし、じっくり策略を考える事が出来て、しかもそれを焦らずに実行する事が出来た。最初から、あなたは負けていたのよ。」
「俺が思うに、お前は仲間とか親友とかっていうのと無縁で、今まで一度もそういうの、出来たこと無いだろ?アンドウにしてもミキモトにしても、最終的におまえの味方はしなかった。俺の方に付いてくれたぐらいだ。」
一条の見解などまるで耳に入らなかったかのように長谷川は自分の意見を述べる。
「だから、おまえは俺が、俺達がどういう関係なのかを読み違えた。」
かちゃん、と、一条がソーサーに置いたティーカップが音を鳴らす。それは静かに下ろしたつもりだったけれど、思った以上に勢いが付いてしまっていた。
「よくもここまで俺を騙してくれたな。」
やはり淡々と吐き捨てる長谷川の瞳が、ぎらり、と光った。
一条の豹変ぶりってもっと計算して書いてもよかったですね。同じ行動をまったく違った感じでさせる、とか。あと、全体の雰囲気をもっと終末感出せれば長谷川の覚悟的なものを全体に滲ませられましたよね。ちょっと否定的な状況描写をするとか。「昼間の日差しがステンドグラスから入り、それに照らされるカーペットは夜のそれよりも少しくすんで見えた。」みたいな。




