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ネガイシステム  作者: ぼんべい
七章 事実と真実の境界線
50/62

7ー2

 ○ ○ ○


 【タルトタタンにはシナモンをかけてください。】

 【入って。】

 ここはアンドウの隠れ家、ぶっきらぼうな長谷川の合言葉にインターフォン越しのアンドウの声は冷静だった。

 中に入りあの蝋燭で照らされた艶かしくも妖しい空間にどかどかと入っていく長谷川。中に入ると前のように可愛い下着を身に付け、そんな自分を鏡越しにうっとりと眺めながらアンドウは立っていた。

 長谷川は躊躇わずにその背後に立ち、鏡の中のアンドウの少し紅潮した顔に真っ直ぐ目を向ける。その右手には『魔銃』がしっかりと握られているが力なく下ろされている。鏡の中のアンドウが長谷川を見返し、二人はその実体を映し返す水面のような媒体を介してしばらく見つめ合う。

 「一条の事、知っていたんだな。」

 最初に口火を切ったのは長谷川だった。

 「ええ。」

 柔らかく膨らんだ唇を動かしてアンドウが答える。

 「言え、一条の『願い』はなんだ。」

 「教えてもらえなかった。でも、あなたを消去したがっていた。」

 「消去?」

 「消す、殺す、願いを諦めさせる、とにかく私たちの世界からあなたという存在を抹消させる事。それをあの人は願っていた。」

 アンドウは一条の事を『あの人』と呼んだ。やはりアンドウはただの一条の手先という事か。そう長谷川は思う。

 「一条の家の暗証番号を教えろ。」

 淀みなくアンドウは四桁の数字を答える。その顔は真剣で困ったような表情も面白そうな表情も、皮肉を嘲笑うような表情も見せていなかった。

 一条の家の暗証番号を聞き出した事で長谷川の直接の用は済んだ。残る問題は二つ。一つは一条の仲間として長谷川を騙してくれた彼女にどんな辛い思いをさせるか、という事。二つ目は、例え騙されてしてしまった事だとしても、長谷川は一体どんな罪を犯してしまったのか、を知る事。

 「シュリーズの女社長、彼女の本当の『願い』はなんだ。」

 勇気のいる質問だった。でも、こいつに非道い事をする前に、一条と決着を付ける前に、どうしても確認しておく必要がある。そう、長谷川は自分に言い聞かせる。

 一条から、シュリーズの女社長の『願い』は『長谷川達の国を滅ぼす』事だと教えられた。その領土と労働者を手に入れる為に。

 でも、一条が長谷川をただ操っていたのだとすれば、その『願い』は出まかせのはずだ。ただ長谷川を焚き付ける為の嘘に過ぎない。

 それを証明するように、アンドウが長谷川に教える。

 「『私たちの世界で貧乏が故に餓死していく子供達を救いたい』。」

 ぎりり。

 後悔を受け止めきれず思わず長谷川は歯ぎしりをする。一条が許せない。一条に騙された自分を許せない。あの女社長に申し訳ない。そういった思いが長谷川の悔しさという感情を突き上げる。

 これであの女社長が心愛ちゃんを可愛がっていた理由も、条件が三億稼ぐという現世的なものだった理由も、そして女社長が結論として心愛ちゃんを選んだ理由も、はっきりとする。彼女はいつだって目の前のか弱き子供を愛していたのだ。ただ、その子供達の幸せを願っていただけなのだ、心から。

 「・・・」

 次の質問を口にするのを長谷川は躊躇った。女社長の件でさえ、ここまで悔しく苦しく辛い思いをしている。なら、次もきっと。

 「・・・レディ・ピエロの『願い』はなんだ。」

 意を決し問いただす長谷川を、アンドウは真剣に見つめ返しながら答える。

 「『戦いのない世界を作る』。」

 長谷川の脳裏に松葉杖を付き皆を見つめるウメノハラの顔が浮かぶ。

 レディ・ピエロは殺人鬼なんかじゃ無かった。人殺しなんてお笑い草。そう道化は笑っていただけだった。

 だから道化は圧制で戦いを呼んでいる一条を、その仲間として動いていた長谷川を、狙ったのだ。

 陸上競技というスポーツで身体能力を競い合う。それこそ彼女に取って理想的な筋肉と闘争心の使い方だったのだろう。一心不乱に走り込んでいたウメノハラはそれを皆に示そうとしていたのかもしれない。

 だから五十枚のメダルなんてそう簡単には集められなかったのだ。

 彼女程の戦闘能力の高さならそんなの直ぐ集まっただろう。けれども、例え『戦いの無い世界を作る』という大義があったとしても、その為に今暴力は振るえなかった。

 きっと彼女は慎重に戦う相手を選んだに違いない。自分が戦うに足りる理由がある相手。そう、例えば自分たちの世界で圧制をしいて人を苦しめている奴、だとか。

 「ねぇ。」

 不意にアンドウが甘えるような声で長谷川を呼んだ。自分の犯した罪に歯噛みしていた長谷川はぎろりと鏡越しに彼女に目をやる。

 「私、自分のカラダはやっぱりハダカが好き。」

 言いながら自分のカラダのラインを両方の指先が触れるか触れないかすれすれの所で確認するようにゆっくりと撫で回す。首筋から胸の膨らみとその谷間、そしてくびれている腰、お尻の丸み。

 「下着も可愛いけれど、やっぱり素肌が一番好き。何も着ていない、カラダの全部がさらけ出てるのが一番好き。ハダカ、って、真実みたい。皆下着とか服とかそういうので囲って隠してしまう。可愛い下着とか綺麗な服とかで被ってしまう。でも、一番綺麗なのは、一番可愛いのは、ハダカそのもの。真実そのもの。それを隠す事なく、ずっと見つめていたい。」

 それからアンドウはこう続けた。

 「ねぇ、長谷川くん、だから、私を脱がせてくれない?」

 長谷川は肩をぐっと掴むとぐいとひっぱって彼女を自分の方へ振り向かせる。

 それから、『魔銃』を彼女の口の中に押し込んだ。口の中の唾液でぬめった空間に無機質な銃口が押し込まれていく感触がする。

 長谷川は引き金を引いた。

 光線が彼女の口から首の後ろを貫き、合わせて部屋の中がぱっと光った。光はアンドウの目からも漏れて、彼女の顔全体から光が噴き出したように見えた。

 そして銃を口から引き抜くと、力なくアンドウは崩れその場にうつ伏せに倒れた。

 蝋燭が部屋の隅で揺らめく。

 そのぐったりと倒れ敗北感を滲み出しているアンドウに、吐き捨てるように長谷川は言った。

 「目と耳を潰した。お前は一生、知る事の出来ない他人の『願い』を追い求めてろ。」

 部屋から出ながら長谷川はこう思う。

 一条。次はお前だ。

 長谷川の怒りは収まらない。

ラノベ作家になろう大賞、結果発表されましたね。受賞された方、おめでとうございます。しかし、大賞と準大賞該当無しとかw自分が応募した賞でこれだと「レベル低すぎなんだよ」って選者から言われてるみたいでへこみますねw。さて、この章ですが、世の中の99.99%の子供達と99.99%の大人達にはわからない事でしょうが、世界平和というものについて真剣に考え実践している人というのもいるのです。例えば宇沢弘文氏だとか、例えば加藤周一氏だとか。

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