7ー1
その夜、長谷川は『魔銃』を返す為にSnowdropに向かっていた。
(この後、一条の様子でも見に行ってやるかな。)
もしかしたらミキモトもアンドウもお見舞いに行ってるかもしれない。まぁ、でも戦友としてお見舞いに行くのは当然だろう、と長谷川は思う。
二度に渡るレディ・ピエロへの共闘とその結果の勝利は長谷川の一条を見る目を確実に変えていた。
こちらの世界の記憶の中で、一条は高飛車で鼻持ちならない、好きになれない女だった。そう、多くの生徒が抱いている感想と一緒で。
それが長谷川の異世界妄想を現実だと教えてくれそれを証明する救いの女神となる。
のも束の間、次々とターゲットを探し出しては長谷川にその願いを諦めさせる、長谷川を下僕のように扱うのご主人のような振る舞いを見せ再び好きになれない感を募らせる。
しかも、一条は一条なりの知識やネットワークを持っていて、長谷川からしてみれば単に命令だけしてくる遠く離れた存在に過ぎなかった。だから幾度と無く、苦難を受け止めてきたミキモトの方が人間として素晴らしいと思った。
だが、一条は覚悟を見せた。
それはミキモトのそれと比べても遜色の無いものだった。いや、比べるようなものでは無かった。ミキモトはミキモトなりの、一条は一条なりの輝きを発揮した。
(それに比べたら、あいつらは。)
自然とため息が漏れる。
輝きの側で霞んで見えるのはカガミ達。まぁユージはレディ・ピエロ相手に健闘は見せてくれたものの、苦難だの意志だのとはかすりもしない能天気さが珠に傷。
(こりゃ、いっその事学校生活も考えちゃってもいいかも知れないな。)
そんな事を思いながら、長谷川は一つの希望を心の中で弄ぶ。
一条こそが、自分の仲間の一人なんじゃないか、という希望。
例えば一条は自分の制約の為に長谷川に仲間だと告げられずにいて、こうやって一緒に戦う理由をあれこれ作ってくれてるんじゃないか、という希望。
(ま、そのうち、わかるか。)
Snowdropは前と同じように開店していて、扉を開けると前と同じようにちりんちりんと金属音がして、前と同じように仮面を付けたバーテンが居て、タニグチがカウンターで酔っ払っていた。
「おう。」
「こんばんわ。」
「まぁ座れや。」
言われた通り隣に座ると『魔銃』をカウンターに置く長谷川。
「やったじゃねーか。」
「ご存知なんですね。」
「言ったろ、俺ぁなんでも知ってる。なんせ情報屋だからな。」
相変わらず酒臭い息を吐きながらタニグチは自慢げに話す。酔っ払いながらも強気なタニグチに半ば呆れた長谷川は意地悪半分でずっと抱いていた疑問を口にする。
「じゃぁ、僕の仲間を教えてください。」
「んあ、お前の仲間、だぁ?もちろん知ってっけど、そーいや、記憶、ねぇんだよな、お前。」
バーテンが水を長谷川の前に置く。
前科があるだけに、慎重にそれを飲む長谷川。
「まったく無いわけじゃないですけど。」
「お前、けっこ有名なんだぜ?悪魔の物語り書きっつや、あの国で一条家に歯向かう英雄だかんな。いやぁ、その肝ったま、俺にも欲しいねぇ。」
ぐいぐいとウィスキーを呷るタニグチ。長谷川はまずグラスの中の透明の液体の匂いをかぎ、それが無臭なのを確認してからそろりと少しだけ舌で舐める。
・・・じゃ、無い。
「今、なんて言いました?」
舌を引っ込めて長谷川が問う。
「おあ?お前は英雄だって言ったんだよ。」
「・・・いえ、その前です。」
グラスの中には氷も入っていて冷たい。その冷たさが長谷川の手を冷やしていく。
「あぁ、お前の仲間なら知ってるぞ?いちおー、お前らの活動範囲抑えてたからな、俺。」
「一条家、って言いました?」
「なに?あぁ、言ったぞ。一条っていや、あの国で圧制ひいてる張本人じゃねぇか。なんだ、敵の名前も忘れちまったか?って、そもそも記憶ねぇんだっけ。いやぁ、すまんすまん。」
あはははは、と愉快そうに笑うタニグチ。
「そっか、だからこっちで一条とつるんでんのね、お前。」
パニックが長谷川を襲う。ごとん、とグラスをカウンターに置き、少し水がこぼれる。膨らむ後悔、長谷川を騙しているという視点で思い返せば辻褄のあう彼女の言動、自分がしてしまった事の数々。
「うまく口車にでも乗せられてたんだろ?一条は相手を操るのが得意だもんなぁ。」
追い討ちをかけるようにタニグチが言う。
嘘だ、嘘、だ、嘘だ、嘘、嘘だ。
パニックが頂点に達し、それを認めたくないという長谷川の気持ちもまた同じように膨らんでいく。このバーの扉を開けるまで思っていた事を全て無かった事にしたくなる。
騙された。
やがて膨らみすぎたパニックが一つの結論を長谷川に差し出す。そして、長谷川はそれを受け止めた。
(あのヤロウ。あのクソ女!)
理論よりも何よりもでかいでかい怒りが長谷川の中を這い上がってきて、長谷川はその感情に身を任せる。
一条に気を許した度合い程、一条を認めた深さ程、そして何よりも、一条を好きになった気持ちの大きさ程、長谷川の心は締め付けられ脳を煮えたぎらせ精神をボロ雑巾のように絞っていく。
それらのふくらみ続ける痛みや苦しみや辛さがひたすら怒りに転化され、長谷川を満たしていく。一つ事実を認める毎に、一つ憎しみが湧き出す。
「タニグチさん、銃、もう少し借ります。」
「・・・いいけど、よ。一条の家は暗証番号ねぇと入れねぇぞ。」
「知ってる人間から聞き出します。」
銃を掴み上げ強い足取りで長谷川は店を出た。後ろからタニグチが何かを言っていたが、怒りの感情に五感もおぼろになってきた長谷川には全く聞こえなかった。
さて、いよいよやってきました、七章。この章の為に今までの部分がすべてあります。・・って、それじゃダメなんですよね、それでも今までの部分を面白くかけなければ。今はそれを痛感しています。さておき、この章と次の章、お楽しみください。希薄な愛情も皮相な友情もいらんのです(いや、いりますが)。簡単に手に入る答えでは満足できないのです。反省の方ですが、「希望を心の中で弄ぶ」って表現は好きです。あと、長谷川の感情はもちっとよく書けたかなぁ、と思ってます。




