5ー7
長谷川はかけるべき優しい言葉も伝えて支えるべき正当性も思い浮かばないまま、その身体を支え続けた。触れてる身体から一条の悔しさが伝わってくるようだった。
おそらくレディ・ピエロは長谷川たちの世界でずば抜けた身体能力を持つタイプの戦士。一方、一条のそれは平均よりは優れてはいるがそこどまりなのは否めない。だから互角に戦えた事自体が一条からすれば勝利に等しい大健闘、なのだが。
(そういう前提条件を言い訳にはしない、勝ちは勝ち、負けは負け、という事、か。)
こういう戦いを選び、臨んだという事は勝算があったのだろう。それも一条の読み違いであり、その意味でも一条は負けている。
あれこれ考え、白黒はっきりしない決着ばかりを積み重ねてきた長谷川には、自分の作戦の不備や弱点を反省する事はあっても自分の敗北を受け止めそれを乗り越えようとする、なんて事は無かった。だから一条のその健気なまでの真剣さは長谷川の心を揺さぶったし、だからこそ言える言葉は何も無かった。
(そういう強さも、あるか。)
こつこつこつ
足音に顔を上げる。まだ裏路地を進んでいて人の気配も無い所、奥の暗がりから一人の女が姿を表す。
「アンドウ!?」
その長谷川の言葉に一条が目を拭い顔を上げた。
「何してんだ、どうしてここに?」
長谷川の問いかけに『嘘をついてはいけない』制約を負ったアンドウは律儀に答える。
「タニグチさんからレディ・ピエロとあなたたちが戦ってるって教えてもらったの。だから様子を見にきたの。」
「タニグチが?」
(誰だ、それ。)
どうやらタニグチというのはアンドウと一条の共通の知人らしい。二人は二人で長谷川とは別個に長谷川達の世界に深く関わるネットワークを持っている事を思い出す。
アンドウはちゃんとシャツを着てスカートを履いていた。さすがに公共の場所では自分の露出趣味を晒すつもりは無いらしい。
(・・・今んとこは、一条の方がその気のある人間、かも、な。)
仲間の出現に気の緩んだ長谷川がそんなくだらない事を考えていると、アンドウは小走りに一条に近寄りカバンから出した小びんの中身を彼女に飲ませる。
んぐ、んぐ。
「ありがと。」
「すぐ利くと思う。傷口は後でふさぎましょう?」
あまりこっちの世界では見ない形の小びん、通じ合ってる二人の会話。きっと長谷川たちの世界のアイテムなのだろう。
すぐ利くというアンドウの言葉を証明するかのように、一条の腕に力が入り長谷川に頼っていた身体を引き離す。
「オコゼ、ありがとう。助かったわ。また連絡する。」
さっきまでの会話や涙など無かったかのような口振りの一条に少し長谷川は動揺しながら、
「あ、ああ。」
と答えると、その彼を置いて二人は歩いて行ってしまった。アンドウは去る直前、じろり、と長谷川を見た。長谷川はそれを一条を守りきらなかった事を責めているのだろうか、と、思った。
(しゃぁねぇ、俺も帰るか。)
取り残され一人で歩く長谷川。すぐに大通りに出て、コンビ二の前を通って、信号を曲がって、時折道路を車が走るのを横目で見ながら自分の部屋を目指す。
レディ・ピエロは襲ってこなかった。
一条を支えて歩いている時も襲ってこなかった。あの時再び襲われていたら長谷川たちは二人共死んでいた。しかし、襲ってこなかった。
その事は長谷川も一条もわかっていたがどちらもあえて口にしなかった。口にしてしまう事でそれが現実になってしまうんじゃないかと恐れた。
部屋に無事帰り付き、傷口も消毒し、荷物もといてシャワーを浴びてすっきりして布団に入ると、すぐさま長谷川は深い眠りに付いた。
夢は見なかった。
そして朝起きた時、一番最初に彼が思った事は、もう逃げられない、という事だった。
いずれにしても、戦うしかない。
戦闘後感が出せればなぁ、と思いました。ただ、アンドウの出現で一条の態度が変わった所はよく書けたかなと思います。このシーンなら長谷川の思うだろう事は他にも沢山あるだろうに、どうしてそれを書かなかった、当時の僕




