5ー6
再び二人がレディ・ピエロに向き直ると、彼女は消えていた。
「あら、何してるの、二人とも。」
「こんばんわ。」
「せんせ、せんせ、今、ここにレディ・ピエロがいたんだぜ!知ってるだろ、センセ?」
冷静に挨拶をしながら言い訳を考える長谷川の横でテンション高くユージがアヤメ先生に向かってまくしたてる。
「俺、戦っちまってよ、あのレディ・ピエロと!すげぇすげぇ、やっぱつえーよ、マジ楽しかった!」
(ユージ、しゃべりすぎだぞ!?)
そう思う長谷川だがここで無理に止めればユージと先生両方から怪しまれる。かといって話を中断させるようないい話題も思い浮かばない。苛立ち始める長谷川。
「でも、防御力はイマイチだったな、蹴り入ったらひるんでやんの。でもあのナイフくらったらすぱっって切り落とされちまうかも、腕とか。」
「はいはい、ユージ君、わかったわかった。」
しかしそんな長谷川の苛立ちをよそに、アヤメ先生はぱんぱんと小さく手を叩いて話を打ち切らせる。
「ちょ、しんじてねーだろ、せんせ?」
「信じてるわよ、わかったから、もう子供は帰りなさい。」
「あ、それ、ぜって信じてねーって?」
「信じてる、信じてる。」
長谷川は腕のハンカチを巧妙に隠す。ここは暗く、アヤメ先生はユージに意識が向いているので長谷川の細かい所までは気が回らないようだった。
(こいつは、いい流れかもしれねー。)
自然と話がまとまりそうなので長谷川は傍観し始める。
「な、ハセ、見てたよな?」
「え?あ、あぁ、まぁ。」
「わかったわかった。ユージ、バイトもいいけど無茶しすぎないでね。」
(ははぁ、先生、ユージのバイトが遅くなった言い訳だと思ってるな?こりゃ、好都合。)
元より話を大きくしがちなユージの話はあまり真剣には受け取られない。今はそれが良い方向に働いたようだった。
「お、おう。」
急にバイトの事を指摘され押し黙ってしまうユージ。ユージもユージで余り物事にはこだわらない方だったし、下手したら明日になればレディ・ピエロとの死闘も忘れてるかもしれない。
(さすがにそこまでじゃねーか。)
自分の発想に苦笑いの長谷川。ちょうどそれが場をまとめる感じになった。
「じゃ、先生は行くけど、二人ともまっすぐ帰るのよ。」
「センセも、な!」
ユージが軽口を叩く。それで長谷川は気付いた。
「先生こそ、こんな時間に何してるんです?」
つい、聞かなくていい事を聞いてしまう。
「うーん、またアンドウさんを見たって連絡があって、ね。」
「アンドウ、って、あのアンドウ?一条のマブダチのアンドウ?」
「うん。」
夜の闇、静かな周り、学校生活とは遠くはなれた非現実的な戦い、そこにいる学校生活を共にしている人たち。違和感が織りなす現実感が長谷川にアンドウのあの魅力的な下着姿や全裸を思い出させる。そしてそれはすぐに一条の学校での高飛車な態度に変わり、最後に見た公園に倒れている一条の姿になる。
(早く助けねーと。)
「見つかるといいですね。」
レディ・ピエロがトドメを刺しに行ってる?良い知れぬ不安が不意に長谷川の胸に湧き上がる。
「うん、ありがと。じゃぁちゃんと帰るのよ?」
「しつけーよ、せんせ。」
「わかりました。それじゃ、おやすみなさい。ユージも、さんきゅ、な。」
「お、おう。」
長谷川のお礼にわけがわからないがとりあえず返事をするユージ。そしてユージと去って行くアヤメ先生を尻目に公園へと急ぐ長谷川。
(一条、無事でいてくれ!)
公園の中に一条の姿を見付け、取り敢えず長谷川は安心した。一条は途中で目を覚ましたのか木の根元で寄りかかるように休んでいる。
「遅い、わよ、オコゼ。死んだかと、思った、じゃない。」
長谷川を見上げる一条は気丈に振る舞い悪態を付く。でもその顔は緩んでいた。浮かんでいたのは安堵の二文字だった。
「悪かった、ユージが、知ってるだろ、俺の友達の。あいつに偶然会って。助けられたんだ。立てるか?」
手を貸して一条を起き上がらせる。血のシミは広がってはおらず出血は止まったみたいだった。所詮は玩具、やはり致命傷は与えられないという事なのだろう。そこに今回は救われた。
「肩、かしなさいよ。」
力尽きた身体をようやく動かして長谷川にすがるように立つ一条。
「パーカー、拾いなさいよ。」
「ああ。」
言われた通りにする長谷川。パーカーを拾う間、一条は木にもたれかけさせる。
「これからどうする?」
「取り敢えず、家に帰るわ。言う通り私を運びなさい。」
「わかった。」
ゆっくりと進む二人。
腕にしかダメージを負っていない長谷川はまだ歩くだけの体力は残っていたが、死闘を経た一条はそうもいかない。力の限り一人で歩こうとする意志は長谷川に伝わってくるが、それでも身体は長谷川に頼ってしまう。
(こんなか弱い身体で、レディ・ピエロ相手にあそこまで戦ったのか・・・)
汗も引いた一条の身体は冷たく細く長谷川には感じられた。
「ちゃんと援護、しなさいよね。」
「したじゃないか。一条こそ、口程でもねーな。」
暗い夜道、所々にある外灯の静かな明かりの下を渡り歩く様にとぼとぼと進む二人を頭上の月が見下ろしている。無力感とやるせなさが靄のようにまとわりつく光景。そんな中で二人は軽口を叩き合う。
「仲間撃つ奴に、言われたくないわ。」
「・・・すまなかった。」
「あやまりが、足らないわよ。」
「・すまなかった。ほんとに。」
「ふんっ。まぁ、いいわ。許してあげる。」
再び無口になった二人は歩き続け角を二回程曲がる。
「見たでしょ。」
「何を?」
「・・・バカ。」
その一条の一条らしからぬ罵りに長谷川は彼女のワンピースの下が今どうなっているかを思い出す。途端に顔が赤くなる。
「いや、見てない。見れなかったんだ。っつーか、見たかったって事じゃなくて、その、見ないように必死にしてたし、だって、すぐ倒れちゃったし、そん時はうまい具合に服で隠れてたし、帰ってきたときは、」
段々と早口になり言い訳のようにまくし立てる長谷川を見て、くすくすくす、と、一条は笑いだした。
「あ、なんで笑うんだよ?」
「ふふ、だって、必死なんだもん、オコゼったら。あははは。」
夜道、バカな大声こそはあげないけれどもそれでも楽しそうに一条は笑う。むくれる長谷川。
「なんだよ、俺だって命かけてんのにあれこれ気を使ってやったんだぞ。少しは感謝、しろよ。」
「あはは。そうね、感謝してもいいかも、ね。そうだ、オコゼ、見る?」
「何を?」
同じ事をさっきも聞いた長谷川は、そう思ってから一条が何を見るかと聞いてるか思い当たる。
「見てもいいわよ。見せてあげる。」
「いいよ、別に。」
「なによぉ、見たいくせに。」
小悪魔みたいに悪戯っぽく言う一条。
「おい、どうした、変だぞ。」
「なによ、助けてもらったんだもの、お礼ぐらい、したっていいじゃない。だって、オコゼいなかったら、私死んでたわ。」
「そりゃ言いすぎだ。俺の方だろ、一条いなかったら死んでたのは。それに、本当の意味で助けてくれたのはユージだし。」
そう一条に言い聞かせていて、長谷川は気付いた。
一条は泣いていた。静かに、泣いていた。一滴、涙が瞳から頬を伝う。
「・・・どうした。」
「私・・・」
ぎゅ、っと長谷川の服を掴む。
「・・くやしい。」
「レディ・ピエロに負けた事、か。」
こくん、と頷く一条。
それから、少し一条は泣いた。
月光描写とか夜の静けさ描写とか入れたらよかったですね。こういう、こうすればよかったって必ず後から思い浮かびます。今書いてるものはそれをちゃんと思い浮かべながらかくようにしてます。あと、名詞の位置を変えるだけで文章の感じってとても変わりますね。




