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ネガイシステム  作者: ぼんべい
五章 とにかくレベルを上げて物理で殴れ
38/62

5ー4

 【例え人が死のうとも、例えこの世が滅びようとも、道化の顔は笑ったまま 道化の顔は嘲笑ったまま】


 不意にレディ・ピエロが振り向きその仮面の口元が見えたと思ったら、針はその身体を突き抜けた。レディ・ピエロにはわかっていたのだ。あるいは射撃の刹那に殺気を感じたか。紙一重で針をかわし、その動きが余りに俊敏だった為にレディ・ピエロの身体を針が突き抜けた様に見えた。

 「はぅぅ!!!!!」

 え!?っと驚き、何が起きたのか長谷川の頭が判別するよりも早くこの場にそぐわない女の悲鳴が上がる。

 悲鳴の主は一条だった。

 こちら側のレディ・ピエロが避けた為、向こう側の一条の腹に針が刺さったのだ。その悲鳴の間抜けさが、痛みの深さと唐突さとを表していた。


 【子犬を弄ぶのも、道化の仕事 子猫を弄ぶのも、道化の仕事 演技に失敗した人間を弄ぶのも、道化の仕事】


 一条は『かろうじて』立っていた。少し折れ曲がった膝が倒れる寸前なのを示していたし、息は荒く、脂汗が浮かんでいる。彼女にとってもう下着の事などどうでもよかった。一歩、また一歩と歩み寄る道化を『呪うように』睨みつける。

 腹に刺さった針を最後の力を振り絞って抜き取る。じわり、と、血が黒いワンピースをいびつな円に赤黒く色付ける。その針は事実上、一条にとってトドめとなった。残っていた体力と気力を全て、根こそぎ奪い去った。

 まっさか、最後の瞬間が、こんななんてね。と、一条はこの世に生きた証の楔となるようにありったけの皮肉を思い浮かべる。

 (アソコ晒して、オコゼに撃たれて、こんな正体不明に殺られるなんてね。お笑いだわ。まったく。せめて、こいつだけは呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪い殺してやる。)

 持ち前の性格が最後にこんな事を思わせているのか、それとも、こうやって自分のテンションが上がるような事を思い浮かべる事でかろうじて意識を保っているのか。いずれにしても、レディ・ピエロはそんな彼女に一歩、また一歩と近寄っていく。

 近寄る道化は戦闘態勢を解いている。でもそれは相手を逃す為じゃなかった。力尽きた獲物に刃は必要ないからだった。それがさらに一条に屈辱を与えたが、かといってもう戦えないのは自分が一番よくわかっている。

 一条まであと二歩、の所までレディ・ピエロが近寄った時だった。

 「待て。」

 レディ・ピエロを後ろから止める声がする。振り向く道化、その先には長谷川が立っていた。

 「ハセ・・ガ・ワ・・・」

 声を絞り出すも小さな音しか出ず、二人には聞こえない。その声をかき消すように長谷川がレディ・ピエロに告げる。

 「お前の相手はこの俺、だ。」

 (バカ・・な・・ハセ・・)

 安心したのか、体力の限界が訪れたのか、それとも緊張の限界だったのか。どさり、と地面に倒れる一条、その物音を気にもせず再び臨戦態勢に入るレディ・ピエロ。

 (だいじょうぶ。)

 一条の脂汗とはまた違った種類の汗がびっしょりと長谷川を濡らしている。


 ひゅん


 道化が飛び込んできた。右、左、右、左と連続で切りつけてくるのを左手に持ったナイフでかろうじて弾き、右手の銃の引き金を引く。

 (だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ、今のはフラグじゃねぇ!)

 すでに一条は倒れているのでさっきみたいなヘマは起こらない。ピエロは高く飛んでその至近距離の射撃をかわすとそのまま落下攻撃を仕掛けてくる。

 (くそ!)

 さらに一発、針を撃ち込むと刃物で防がれるが、それが攻撃の威力を削った。なんなく落下攻撃をナイフで捌いて間合いを取る。


 【開かぬ瞳は獲物を狙う蜘蛛のよう 光らぬ瞳は墓場で眠るミイラのよう】


 再び飛びかかってくるレディ・ピエロ。それをナイフと銃でしのぎ間合いを取る長谷川。そんな事が二回ほど繰り返され、気が付けば二人は細めの通りの方まで移動していた。

 (俺のヘマで一条が死ぬなんて、ぜってぇ嫌だからな!)

 そう、初めから長谷川は一条から道化を引き離す事だけを考えていた。力差だの、一条が下着に気を取られてたからだの、色々理由はあるだろうがあのまま一条が殺されれば長谷川の銃が要因なのはあきらかだ。そんなの、長谷川には耐えられなかった。

 (例え勝てなくたって、俺は方法を探す!)

 校長のチョーカー事件の時のサオトメの言葉を思い出す。

 もしかしたら、レディ・ピエロが突然本気を出して瞬時に長谷川を殺すかもしれない。その後で一条の所へ戻って彼女にとどめを刺すかもしれない。

 そう考えてしまうと何も出来なかった。あの時のように身体が動かなくなってしまう。身体が動かなくていい理由を勝手に頭が作り出してしまう。だって、何をどうしても、どうあがいても、結局は無駄になってしまうのだから。

 だから、長谷川はこう考えた・・・かもしれない、という事は、そうなるとは限らない、という事だ、と。

 その『限らない』に掛けよう、と。

 (サオトメ、俺は誰も見捨てない!)

 飛び上がったレディ・ピエロに針を撃ち込む。しかし的は逸れてビルにかつんと当たる音がする。結構撃った。針という弾の性質上、装填段数はかなり多かったがそれでも消耗すれば当然尽きる。

 屋根を渡り歩く道化にさらに一発、撃ち込む。走って追いかけ、角を曲がる。

 突然、目の前にレディ・ピエロが現れた。角の向こうで待ち構えていたのだ。長谷川が驚いている瞬間に振るわれた刃物が、咄嗟に上げた右手を切り裂く。

 「くっ!」

 考えるよりも早く、その腕を伸ばし銃を撃ち込む。だがすんでの所でまた道化は飛び上がり逃げ出してしまう。

 (けっこ切れちまったな)

 傷口が痛み始める。

 上空をぴょんぴょん飛び回っているレディ・ピエロから目を離さずに、ポケットからハンカチを取り出し手早く傷口を締める。余裕だからか、なんなのか、道化はその応急処置の時間を楽しそうに跳ね回りながら眺めている。

 そして締め終わり立ち上がったタイミングに合わせてレディ・ピエロが目の前に降り立つ。

 (弄んでやがるのか!?)

 咄嗟に構える長谷川。そしてレディ・ピエロの斬撃を左手のナイフで捌く。


 【絶望は一歩ずつ忍び寄るが 腕を掴む時は一瞬】


 至近距離の拳銃を回転でよけた道化がその回転を利用して刃物を繰り出す。読めない動きに長谷川の反応が鈍る。疲れも見え始めてきた長谷川にはもう見るだけで精一杯だった。いや、正確に言えば目さえ徐々に追いつかなくなって来ていた。

 いかに一条の命、そして自分の命がかかっていると言っても、それで奮い立つ勇気と気力は所詮最初の時だけ。残念ながら長谷川の生物学的な素養までをも塗り替える訳じゃ無い。


 【一撃で首を切り落とすもまた一興 一本ずつ指を切り落とすも、また一興。】


 がっ!とサバイバルナイフが刃物を抑える音が響く。重い。危うく弾かれそうになる。

 かつん!!

 そこを、二撃目が襲う。長谷川の握力は堪えきれずにナイフを離してしまう。くるくると空に舞うナイフ、ほぼ反射で針を乱射する長谷川。

 防御の手段の無い今、攻められたらヤバいって事だけが長谷川の脳裏に浮かぶ。

 レディ・ピエロは冷静に飛び上がり乱射をかわすと、二階だての家の天井から長谷川を見下ろした。

 その背後に月が見え月光が道化を照らすが、月はレディ・ピエロにも長谷川にも、この戦いにも興味が無さそうだった。


 【やさしく満ちるは慈悲の明かり 静かに満ちるは狂喜の調べ】


 後ずさる。しか、長谷川には出来なかった。目を逸らさず、銃口もそらさず、後ずさる。ごくり。生唾を飲み込む。それが大きな音となり深夜の町の静けさの中に響く。

 平時だったら、例えば大きな物音を立てたりありったけの大声で叫んだりして回りに住んでいる誰かを呼び出すだとか(後々釈明は面倒だろうが、死ぬよりは何倍もマシ)、ナイフが落ちた所にうまく逃げてそれを拾うだとか、とにかく何か打開の方法が思い浮かんだだろう。

 しかし、焦りと混乱に支配されてしまった長谷川の頭には、もう考えと呼べるものは浮かんでこなかった。発想が言葉となって現れなかった。ただ、絶望感と激しく脈打つ心臓の音とだけが脳に響く。また一歩、また一歩、と後ずさる。

 風が吹いたのだろう、レディ・ピエロの短い髪が小さくはためいた。

 その時だった。どん、と、長谷川は誰かに背中からぶつかった。びっくりして振り返ると、そこには見知った顔が笑っていた。

 「よぉ、ハセじゃんか。なにしてん?」

 その男、ユージはいつもと変わらない楽しそうな笑顔を長谷川に向けた。

感情の盛り上がりはきちんと書くべきですね。どんな感情でいて、それがどんな感情に変化するのか。その辺を書ききれてないので心情の変化が曖昧になってしまっています。ただ、感情の変化と動きの変化をリンクさせて書こうとしてる姿勢は好きです。

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