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ネガイシステム  作者: ぼんべい
四章 俺に体罰した先生ら皆殴り返してやりたいわ
33/62

4ー7

 ○ ○ ○


 「お待ちしておりました。」

 金曜日の午後二時。再び仮病で早退した長谷川をシュリーズの受付の女性は丁寧に迎えた。

 「社長がお待ちで御座います。どうぞ。」

 「ありがとう。」

 月曜日と同じ順路を辿り、月曜日と同じ風景を見ながら、長谷川は月曜日と同じ部屋をノックした。

 「どうぞ。」

 今度は月曜日よりは少しゆっくりとした『どうぞ』が聞こえてくる。長谷川は中に入った。

 「いらっしゃい。」

 「失礼します。」

 重なった挨拶に奇妙な違和感を感じるが、冷静に後ろ手で扉を閉めながら長谷川は女社長を観察する。

 応接セットのソファーの向こう側に彼女は座っていた。薄赤色のスーツに一つに束ねた髪、そして眼鏡の奥で鋭く長谷川を見据える知的な瞳。まるでやり手の男みたいに足を組んで片肘をソファーの肘掛けに置いている。

 まるで虎でも狩りに行く前の戦士のような気迫だった。もっとも、長谷川はそんな戦士見た事は無かったが。そしてその気迫に、自分の作戦、悪魔の物語りは失敗したんじゃないか、それも致命的に失敗したんじゃないか、という不安が突き上がってくる。

 (いいや、そんな事は無い。)

 大丈夫、大丈夫だ。それに失敗していたとしてもこの会話でなんとかすればいい。その為に来たんだ。そう自分に言い聞かせる。

 「どうぞ、座って。」

 向かいを示す女社長に従い向かい側に座る。女社長の両手は見えていて銃は持っていないし刃物も持っていない。手の届く範囲に凶器は見えない。いきなり殺される心配はなさそうだった。もっとも、隠しスイッチでもあってそれを押したら天井が開いたりしてこのソファーが飛び出す、とかって装置でもあったら話は別だが。

 「心臓病だって。特殊らしいの。私達の世界じゃフツーだったのかしらね。それを発症させる薬なんかも簡単に手に入ったのでしょうね。」

 「なんの事でしょう。」

 まるで昨日のサッカーの実況をするかのような女社長の話に長谷川はしらを切る。

 「心臓移植も視野に入れて治療始めてるの。先端医術がかなり効果的らしいわ。でも高額なの。」

 「そうなんですか。」

 二人の会話は続いていく。

 「知ってる通り、私にはお金の使い道があった。と言うより、その使い道の為にお金を貯めた、って表現すべきね。でも、今、私にはもう一つお金の使い道が出来た。」

 「一度どちらかに使って、また貯めればいいんじゃないですか。」

 女社長の中で殺意が沸く。それは彼女が人生で始めて感じた強い殺意だった。しかしそこは数知れぬ修羅場を潜ってきた彼女、普通に話を進める。

 「両方に使えるだけの額は稼げないわ。この世界でお金を稼ぐ方法を私は必死になって勉強した。だからここまで稼げた。でもそれは、私が稼げる額の限界でもあるわ。この先、娘の治療を続けながらさらに稼ぎをステップアップさせるのは無理ね。」

 「娘なんていましたっけ。」

 「姪よ、姪。これでいい?いちいち揚げ足とらないで。いい経営者にはなれないわ。」

 「そうですか。働いてくれている人をこき使うのがいい経営者だとは知りませんでした。」

 少しむっとした顔を見せる女社長。

 「甘やかしたら人はすぐ働かなくなるわ。君だって学校に居たって勉強にばかり集中してるわけじゃないでしょう。同じよ。賃金払ってるんだもの、きちっと時間内は決められた労働をしてもらう。それのどこがいけないの。」

 「確かに筋は通ってますね。それでどれだけの人間が自殺したとしても。」

 再度、女社長の心に殺意が沸く。もし近くに灰皿でもあったらそれを思いっきり投げ付けていたかもしれない。今はこの小僧に経営方法まで批判されるいわれは無い。

 女社長はその怒りを質問に変えた。

 「で、誰の差し金なの。いいでしょ、教えてよ。」

 「一条、と言ってわかりますか。」

 その名前を聞いた途端に女社長の顔が青ざめた。文字通り、青ざめた。そして体中の力がすぅーっと抜けていく。体勢は少し崩した程度だったが、長谷川にはそれがはっきりわかった。

 女社長は力無く眼鏡を外すとそれをぶらぶらとさせながらこう答えた。

 「そう、一条の手先だったのね。どうりで。ええ、知ってるわ。」

 さっきまでの気迫は女社長からすっかり消え失せてしまっていた。今までの疲れが隠しきれなくなって一度に表に出てきたようだった。

 「じゃぁ、一条に伝えておいて。安心して、私、願いを諦めるわ、って。どう、あなたの思惑どおりでしょ?って伝えておいて。ねぇ、願いを諦めるとどうなるか、知ってる?」

 突然のその質問は女社長の態度の豹変に巡らせていた長谷川の考えを中断させた。それは長谷川は知りたくて仕方のない事の一つだった。

 「いえ、知りません。」

 「こっちの世界の人間になるの。完全に、ね。私達の世界の事とか、『願い』とかも全部すっかり忘れちゃって、完全にこっちの世界の人間になるの。」

 その説明は長谷川にある一つの推測をさせる。と言う事は、こっちの世界っていうのは向こうの世界から『願い』を賭けてやってきたが諦めてしまった人間達で成り立っている、っていうのか?

 「じゃぁこの世界は願いを諦めた人間達の世界、って事ですか。」

 思わぬ事実につい質問をストレートにぶつける長谷川。

 「さぁ、そこまでは知らないわ。こっちの世界に完全になっちゃった人たちの間で生まれた子供なんかもいるでしょうし、君みたいにいまだに願い追いかけて頑張ってる人もいるんだろうし。そもそも、向こうの世界の記憶無くしちゃうんだからわからないじゃない。」

 (そりゃそうだ。)

 上手く整理が付かないなりに頭をめぐらせる長谷川に女社長は続ける。

 「だからね、私はこっちの世界の人間になるわ。この世界で、娘と、あ、姪、ね。姪と幸せに暮らすの。姪を幸せにしてみせるわ。向こうの世界にももちろん未練はある。忘れられない顔もある。夢を誓い合った仲間もいる。でも、いいえ、だからこそ、ね。」

 眼鏡を少し持ち上げながら、

 「私はこの世界で私にしか出来ない事を追いかける事にするわ。」

 「そうですか。」

 幾つか考えなければならない事が長谷川にはあった。幾つか聞かなければならない事が長谷川にはあった。幾つか疑問になる事、辻褄があわない事が長谷川にはあった。

 でも、告げられた事実による衝撃、それよりもその事実から推測されるこの世界の有様、異世界との関係、そういう事に頭が占領されてしまう。

 何より女社長の諦める宣言は長谷川の戦略が成功に終わった事を意味する。それがこの女性から長谷川の興味を遠のかせた。

 「私ね、まぁ興味無いでしょうけど。この会社売る事にしたの。」

 あさっての方向を見ながら眼鏡を振り回す女社長。

 「急がし過ぎてあの子の面倒見るのに不便だし。取り敢えずそれを元手に治療に当てるつもり。私はもうちょっと時間の取れる仕事を探すわ。」

 「待ってください、この会社売れば三億貯まるんじゃ?」

 思わず聞いてしまい、聞いてからしまった、と思うが、女社長は嘲笑いながらこう答える。

 「馬鹿ね、こんな会社、売っても億もいかないわ。」

 「え?でも年商三億なんじゃ?社長の年収だって五千万なんですよね?」

 「誰?そんなデマ流したの。まったく、妬みってのは恐ろしいわね。いい?私の年収なんて一千万もいかないわよ。資金を全部外部で賄ってるの。とかって話しても君には解らないわよね。年商が儲けとか思ってるぐらいだもんね。」

 明らかに見下した態度を見せる女社長。そりゃそうだ、と長谷川は思う。それに見合うだけの勉強をして、その次に努力をして、そしてその成果を一人の少女の為に全て捨てようとしているのだ。そりゃ自分を仙人にも思うだろう。

 それに、長谷川自身に年商だのなんだのといった経営的な事、会社的な事、つまりこの世界の大人のルールというものにあまり馴染みが無い。取り敢えずわかる事は会社を売る事で棚ボタ式にこの女社長の願いが叶ってしまう事は無いという事実。

 女社長は一度時計を見て、それから立ち上がると自分の机に向かい抽出しを開けた。そしてそこから何かを掴み上げると長谷川の側に寄る。

 逃げたものかどうしようか迷ってる長谷川の隣に立つと彼女はその握った拳を差し出して言った。

 「あげるわ。君にあげる。」

 そっと手を差し出す長谷川。

 女社長が拳をぱっと広げると、一枚のコインがぽと、っと長谷川の手に落ちた。

 「それを見る度に、自分が何をしたのか思い出すといいわ。」

 それは願いの女神像を利用した証明としてもらえる、あのコインだった。

 「ありがとうございます。」

 「そろそろ時間なの。売却相手との商談が控えてるのよ。」

 「わかりました。失礼します。」

 出る時、長谷川はもう一度お礼を言った。

 「ありがとう御座いました。」

 それを女社長が何のお礼だと受け取ったのかはわからない。コインに対するお礼だと思ったのか、馬鹿な願いを諦めてくれた事に対するお礼だと思ったのか、今日会ってくれたお礼だと思ったのか、それとも。

 とりあえず女社長はこう返事した、

 「どういたしまして。」

 そして長谷川は去って行った。


出だしはいいんですけど、中途でやっぱり同じ表現の繰り返しになってしまってます。あと、せっかくの緊迫するやりとりなので、それをもっと表現出来ればよかったですね。どんな話をどこまで書くか、ちゃんと考えてから書き進めないと表現に集中出来ないですね。

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