4ー3
○ ○ ○
そして何事も無かったかの様に昼休みの雑談に戻る四人。
「そういえばこの夏劇場公開されるね、」
「ふん。俺はアニメなぞ見ん。」
「俺もみねーなぁ。」
カガミとユージがあまり興味なさそうにサオトメの宣伝を聞いている中、同じく興味なさそうな長谷川だったがその理由は別の所にあった。
(一条の事だ、見付かっても校長相手にシラを通しきれる。あるいは、気付かずに家まで持ち帰ってなんだこれ、ぽい、で済ますかもしれん。)
期待と希望とが織りなす明るい未来の予想だが、その横に人体地層で泣きじゃくる一条の姿も見える。
(ダメだ、やっぱ教えとこ。)
「あれ、ハセ、どうしたの。」
「ちょっとトイレ。」
「ふーん、いってらっしゃい。それでね、映画じゃその巨大ロボが双子の男の子と心を通わせて、ね、」
立ち上がった長谷川を見送ると宣伝を続けるサオトメ。
長谷川は教室を出るとタイミング良く一人で歩くミキモトを見付け、そっと横で耳打ちする。
「一条の鞄の中に校長のチョーカーが入ってる。」
教室に帰ってきて事情は知っているのか、さー、っとミキモトの顔から血の気が引いた。
「よろしく頼む。」
気の毒だ、とは思いながらもそれだけ伝えると長谷川は歩き出した。
これが自分の出来る精一杯。やれる事はやった。
少し気が楽になった長谷川に比べミキモトが途端にキョドる。宣言通りトイレに向かいそれから教室に帰るといつのまにか変わってたユージの格闘話に耳を傾けながら、教室の中の反対側に陣取る一条達をそれとなく観察する長谷川。
「んで、そこをアッパーで攻めるわけよ。そしたらひるむじゃん?だから、ローキックローキックってワケ。」
(こりゃ、ダメかも。)
向こうでは会話の主導権を握る一条の隙を付いてミキモトが何か言おうとするが上手く言い出せず結局は遮られ、次第に口の端をぴくぴくさせ出し、目が泳ぎ、挙句に冷や汗のような物が顔に浮かび始めている。
ミキモトの目が泳ぐ度に長谷川の不穏も漂うが、険悪な二グループに定評がある以上表だって一条とはからめない。
それに、出来る事はやった。
これでいい、という思いと、いや、これじゃダメだ、という思いに板ばさみにされながら長谷川はカガミの「拳銃相手じゃ戦えないじゃないか」という言葉に対するユージの感情剥き出しの反論を聞き流す。
「え、え、だからさぁ、当たらないっての。こうやって、すいぃ、すいぃ、って避けるんだよ、そもそも当たるような場所に居ないわけ。っつーか、相手素手なのにピストルとかマジ卑怯じゃね?そんなん男じゃねーって。」
そこでチャイムが鳴った。予鈴だ。皆席に戻り授業の準備をする。次はアヤメ先生の世界史だ。
本鈴が鳴り入ってきた先生はいきなり教壇の段差に躓く。
いつもなら爆笑なり冷やかしなりに包まれそうな教室も、先生の気が動転している理由を知っている為下手に煽れない。結果、気まずい沈黙に包まれる。
「こほん。ハイ、委員長。」
明らかに恥ずかしさと気まずさで顔を赤らめているアヤメ先生に促され委員長が号令をかける事で授業が始まった。
「じゃぁ、今日は百年戦争からね。皆、百六五ページを開いて。まず、この戦争は当時のフランスの王位継承を巡って・・・」
『校長とチョーカー』という突発事件による動揺を、『授業』という日常習慣が抑えてくれているのだろう。授業が始まるとアヤメ先生はすらすらと板書し解説を進める。
(しっかし、休み時間にどんな職員会議があったんだよ。)
長谷川のみならず誰もが思った事だ。良くも悪くも冷静沈着で知られているアヤメ先生があんなに取り乱すとは。
「一三三七年、エドワード三世からフランスへ挑戦状が送られたのが百年戦争の開始とする説もあるわ。その他にもギュイエンヌを・・・」
ピン ぽん パん ぽ~~~ン
その間の抜けた悪魔の呼び鈴が教室に備え付けのスピーカーから突如聞こえてきたのは後十分程で授業が終わろうかという時だった。
『えー、私は小西校長である。校長の小西であーる。実は、先ほど私の大事なチョーカーが何者かによって盗まれてしまった。ゆえに、いまから抜き打ちで全校生徒の持ち物検査を行う。各先生方、よろしく頼みますぞ。』
ぴん ポン ばン ポ~~~ん
逆の音程が放送終了を知らせる。
(なんて奴だ、実力行使してきやがった!!しかも、生徒を頭から犯人扱いかよ!!!それでも教育者のトップか!?)
教室内が静かに騒がしくなる。中には気が早く鞄を机の上に持ち出す生徒まで出てきた。アヤメ先生が宣言する。
「えー、みんな、聞いて。今放送があった通り、今から一斉に持ち物検査を行うわ。」
(マズい、マズいぞ、なんとかしないと!)
こうなっては立場なんか構ってられない、と、長谷川がなんとか持ち物検査を妨害しようとして声を出す為に立ち上がりかけた時、別の大声が響いた。
「私は認めませんでしてよ!!」
ばん!!
と、なぜ勢いよく立ち上がるだけでそんな擬音語が出るのか不思議だが、そんな音を立てながら立ち上がり宣告したのは他ならぬ一条だった。
(一条!?)
「持ち物は生徒の私物に当たります。それを勝手に覗き見るのは職権乱用じゃありませんかしら。」
「そ、そうだけど、でも、聞いたでしょう?一大事なのよ。」
普段の理路整然とした説得からは程遠いおどおどした口調のアヤメ先生。
「生徒の人権を侵害してまで解決するべき問題なのかしら、それは。」
一方、腕組をしながらいつも通り一歩も引かない一条。
もしかしたら一条はカバンの中にチョーカーが入ってる事を知っていてそれを知られない為に噛み付いてるのかも、と長谷川は思ったが、この堂々とした立ち居振る舞いを見ればそれがいつも通りの正論を盾にした嫌がらせなのだろう、と思い直す。もしこれが内心校長の激怒を恐れながらの芝居だったら大したものだ。将来大女優間違い無しだろう。いや、今すぐにでも主役を張れる。
「何も人権を侵害するつもりは無いわ。だからこうやってお願いしてるんじゃない。」
「わ・た・く・し・に・は。命令に聞こえましてよ。」
「いいから言う通りに鞄を出しなさい!」
突然の大声に教室が静まり返る。さすがのアヤメ先生も耐えきれなくなったか。いや、一条に、じゃ無い。校長先生からの見えない圧力に。
ややして一条が告げる。
「ははぁん。所詮、生徒からの人望の厚いアヤメ先生も権力には逆らえないって所かしら。」
ぴくぴくとアヤメ先生の額の血管が脈打つ。
「挑発はいいわ。言う通りにしないと校則第二三条に則って停学処分にするわよ。」
校則第二三条、『当校の教諭は生徒に対し停学等の処分権を有する。ただし、その権利の行使は正当な事由のある時のみとする。』
ただし書きが付いてはいるが、事実上の教師への絶対裁量権の付与。弱い教師程この権利を振りかざして生徒を抑え込む。
しかし一条も負けてはいない。
「ふん。出来るものならしてみなさいよ。果たして、これが『正当な事由』として職員会議で通用するのかしら。」
一条の個人的信念第四条、『私は私に介入したり命令したりするような気に入らない奴らにはとことんまで歯向かう。ただしも何もない。死ぬまで歯向かう。』
校長命令なのだ、職員会議では通ってしまうに決まっている。しかし、会議という客観的な単語がアヤメ先生の頭を少し冷やす。
(まるで火花が見えるみてぇーだな。)
それが様子見をしていた長谷川の素直な感想だった。ばちばちばち、と、睨み合うアヤメ先生と一条との間に火花が散っているようだ。
キーン コーン カーン コーン
(を、ナイスタイミング。)
二人の激しい牽制をチャイムが中断させる。アヤメ先生が先生であるが故に始まった二人の争いは、アヤメ先生が先生であるが故に中断された。
「まぁ、いいわ。」
アヤメ先生は諦めたように一息付くとくるりと振り向いて挨拶も無しに教室から出て行ってしまった。
(内心、ほっとしてるのかもな。理由はどうあれ、これで持ち物検査なんて生徒疑うような真似しなくてすんだんだもんな。)
そんな事を思う長谷川の視界の端でミキモトがそっと一条に何かを耳打ちする。
途端、彼女は崩れ落ち机につっぷした。
アルセニウス来てくれ!(三回目 ちなみに前書きの「ようこそ僕の世界へ!」は、アリスソフトというブランドの「大番長」というゲームに影響されています。OPの後にwelcome to my world!!って出るんですよね。続く「大帝国」というゲームではOP後Alicesoft Presentsって出てきます。こういう、「ようこそ僕の世界へ!楽しんでいってね!(楽しませてあげるよ!)」って表現は、クリエイターが本当はどう思ってるにしろ、見習いたいものです。




