4ー1
長谷川の高校の校長先生は小太りでいい年で禿げ上がってはいるがにこやかで優しくて人気のある先生だ。
姓を小西、名を丈晴。みんなは愛情を込めて『コニハル』と呼んでいる。
今もそんなコニハルがにこやかに二年の廊下をのしのし歩く。胸にはチョーカーに付いてる飾りが輝き、頭ではワックスをかけてると噂されるほどのつるっつるがきらりと輝く。
丁度2限目が終わった後の休み時間で廊下に出ていた生徒達が元気良く挨拶すると、コニハルは片手をあげてやぁ、うむ、と答える。
丁度集まっていた長谷川達は教室からそんな様子を眺めていた。
「ご機嫌だな、コニハル。」
と長谷川が言えば、サオトメが
「なんでも地学の学会で論文が認められて権威ある賞を貰ったらしいよ。すごいや。」
と説明し、それを聞いたユージが
「すげぇ、マジで?けっこやるじゃん、ただのハゲじゃ無かったんだな。」
と盛り上がるが、対照的にカガミは
「学会の表彰など所詮持ち回りだ。今回はたまたまあの無能に番が回ってきたに過ぎん。校長業と研究業を両立させるなど不可能だ。必ずどちらかを犠牲にする事になる。」
などと否定的な見解を持ち出す。
「あの胸で光ってるチョーカー。賞の記念らしいよ。なんでも三十万ぐらいするらしい。これもすごいや。」
「え?マジで?やっば、あれ、売ろうぜ。ほら、美術室ににたよーなのあるじゃん?あれ、わかんねーように細工して、さ、取り替えちまおーよ。」
サオトメの言った『三十万』に喰い付くユージ。
「お前、見つかったら『人体地層』間違いねーぞ。」
「うむ、あの伝説の刑罰が見れるのならそれも悪くない。」
「ちょ、マジあれは簡便だって。」
しかし長谷川とカガミの白い目にユージは一歩引く。それから、
「でっも、ホントなんかなぁ?」
「本当、って、何がだい?」
「『人体地層』。」
四人ともその単語に空想を巡らせた。
この学校の伝説の一つ、『人体地層』。簡単に言えば校長の体罰、なのだが・・・
何をやらかしてもにこやかにゆるしてくれる校長に付け上がってしまった生徒が、立て続けに校長室の花瓶を割るだの、先生の悪口を外で言い回すだの、そういう度の過ぎた悪戯にエスカレートしたのを諫めたのが始まりだと伝えられている。
まず、密室に呼び出され、壁に磔にされるらしい。もちろん生徒は抵抗するが、にこやかにまぁまぁとか言いながら括り付けてしまうと言う。そして、手には野球のバットの様な木の棒を持つ。
それはいきなり始まるらしい。
「はい、マントル、ここ。」
ガツン!!と脛を木の棒で殴打。弁慶の泣き所だ、磔にされた生徒は突然の痛みに恐怖と怒りが沸く。
「これから君にこの素晴らしい地球の内部構造を教えてあげよう。その身体で、ね。」
大抵の生徒はここで怒鳴るらしい。
「ふざけんな!」
しかし、校長はにこやかにそれを無視し自分の個人授業を続ける。
「マントルは、やわらかい。」
ごつ、ごつ、ごつ、ごつ、と、棒の先で脛を数回殴打。
ここで生徒は自分がかなりヤバい立場にいる事に気付く。自分が怒られているのでも叱られているのでも非難されているのでもない、これはただの体罰で、自分の罪を全て償わされようとしているという事に気付く。
そして真っ青になった所をコニハルは、
「大陸地殻と、」
と右太股殴打、
「海洋地殻とがあるねぇ。」
と左太股殴打。
そして腰骨の出っ張りをぐりぐりとやりながら、
「カンブリア紀の地層は化石が良好な状態で残っている事が多い。しかし、時に壊れる。」
がつん、と骨を叩き、
「はい、そしてこの辺り関東ローム層!」
と腹を二、三度殴打。それから
「斜行層理で水の流れを推測!おや、ここは花崗岩かなぁ?おっと、断層発見!」
と、その形状に合わせて棒を叩き込んでいく。
終わった時、もう生徒は涙で顔をぐしゃぐしゃにして許しを乞うただの哀れな一人の青年になってしまうという。
(まっさか、なぁ。体罰なんて知れたら間違いなく新聞沙汰だぞ、しっかもそんなえげつねーもんなら尚更。)
「ふん。所詮、言う事を聞かない悪ガキ供へのおどしかなんかだろう。」
そうカガミが結論付けるが、そう言う当人のカガミが少し青い顔をしている。
続けてサオトメが乾いた笑いを浮かべながら
「まぁ、見たって人もいないしね。」
「人を怒らせたら怖い、って教訓とでも取っておくか。」
そう、長谷川が話を纏めた。
そしてこの話は終わり、さぁ次の授業、次の日々、長谷川にはシュリーズの女社長との対決。
と、話は進むはずだったのだが、昼休みに事件は起きた。
弁当を食べ終わって皆が休み時間を思い思いに過ごす為に方々へ散ったりしてる中、突然どたどたどたどたと重量物、もとい、重量人が廊下を走る音が聞こえてきて、そして通り過ぎて行った。
ユージが今の校長じゃね?と言おうとしたその時、教室の扉が開いてアヤメ先生が慌しく入ってきて皆にこう聞いた、
「ねぇ、誰か校長先生のチョーカー知らない?」
「知りませーん。」
「俺も知らねぇ。」
他の生徒達の口々の答えに、
「そう、もし見付けたら先生に教えてね。」
と早口で言うとそそくさと教室を出て行ってしまった。
「あんな慌てた先生、始めて見るな。」
「そうだね。僕も始めてだ。」
長谷川の感想にサオトメが同意した時だった。
「貴様が持っていったのかぁ!!!!!」
聞いたことのない野太い大人の声が隣の教室から響いて来て、それからばこんばこんと何かが何かに激しくぶつかる音。
教室は即座に静寂と緊張とに包まれる。
しかし、それ以上隣のクラスからは物音も叫び声も聞こえてこなかった。やがてクラスメイトがぽつりぽつりと話し始め、元の休み時間の雰囲気へと戻っていく。
長谷川たち四人の中で最初に言葉を発したのはユージだった。
「うっわ、こえぇ、今の校長だよな?何あったんだろ。ん?カガミ、何持ってるん?」
最後の取ってつけたようなユージの言葉に四人ともカガミを、その右手を見ると、握られた拳から黒い紐のようなものが垂れ下がっている。
「ああ、これか?さっきなんか飛んできたから思わずキャッチしたんだった。まったく、俺様は反射神経もいいからな。まぁそういう事もある。」
(待て、(待って、 この展開は マズい!)ヤバくないか!?)
そう心の中で叫んだ長谷川とサオトメの感性が普通なのか、それとも鋭いのか。目の前でゆっくりと開かれるその手にきらりと輝く飾りが一つ。
「おっ、ここに、ふがほがふがぁ!」
慌ててサオトメと長谷川がユージの口を塞ぐ。
(今はマズい、例えカガミになんの問題も無くても、今はマズい!)
「ちょっとぉ、どうしたのよ?」
こういう時にこういう不穏な雰囲気に敏感な奴というのは必ずいる。そんな蛇のような性格の女生徒に長谷川達は睨まれ声をかけられた。
「あ、いや、何でもない。」
冷や汗をかきながらカガミがひょいと右手を後ろに隠す。カガミにしても今の自分のタイミングの悪さを呪っていた。
アルセニウス来てくれ!wこの学園パートはまんま差し替えたいです、涙。ちなみに僕の時代は先生の体罰なんて当たり前だったんですけど、今は違うんですよね。良い社会になったものです。




