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ネガイシステム  作者: ぼんべい
三章 ヘヴィな話、ヘヴィな現実
19/62

3ー1

 その土曜日は試験前の恒例の塾があって、長谷川もカガミもそれにいつも通り参加して、いつも通り一緒に帰っていた。

 午前中から始まった講義は昼を挟んで三時頃に終わり、二人はやっぱり自転車を押しながらゆっくり歩いていた。

 長谷川にとって今日の塾は非常に不思議な体験となった。

 まず、非常に気だるい気分で臨んだ。それから講義が始まって、それは復習からだったけれどもその内容が全く思い出せない。その事に焦り、それが更に長谷川の頭を萎縮させてしまい、勉強の進行速度が落ちる。

 ひらめきもほとんど無く、思い出した公式は間違っていたりして、昼に弁当を食べながら大きく深呼吸を三回程する必要があった。

 それから、そんな今の自分をちゃんと受け止め受け入れ、一つ一つ丁寧に進める事から始めよう、それから速度を取り戻していけばいい、と言い聞かせる事によってやっと気分も落ち着き勉強らしい勉強を始める事が出来た。

 「なんかあんま集中出来なかった。」

 ぼそっと漏らした長谷川の言葉に、

 「珍しいな、ハセがそんな事言うなんて。」

 とカガミが答える。それからカガミが続けて、

 「いつも飄々として失敗とか不調とかとは無縁なハセだからな。そういう所があるって知って、安心したぞ。」

 「はは、俺だって人間だ。(まぁこっちの世界の、じゃー無いけどな。)」

 長谷川は昨夜の出来事を思い出す。あの体験は長谷川を向こうの世界の人間とも思わせなくて、何処か全く知らない別の世界の人間になってしまったかのような気分にさせた。

 「どうした、嘆息なんか付いて。」

 無意識に漏らした長谷川の嘆息が思ったよりも大きかったのだろう。カガミが心配そうに聞いてくれる。

 「あ、いや、なんでも無い。ちょっと疲れてっぽいな、俺。」

 「悩みでもあるのか。俺でよければ聞くぞ。」

 その言葉に長谷川はカガミの顔を見た。

 カガミの顔は真剣だ。真剣に長谷川の事を心配してくれている顔をしている。

 もしかしたら、子供に心配された時の親の気持ち、っていうのはこういう感じなのかも知れない。と、長谷川は高校生らしからぬ感想を抱いた。

 無理も無い。まさか情報屋が破廉恥な姿でまいってしったとか、国を滅ぼそうとする悪い奴を阻止しようとしてるだとか、忘れてしまった本当の仲間を探してる、だとか、そんな事とても一介の高校生に過ぎないカガミには相談出来ない。例えカガミが平均的な高校生よりは優れた頭脳を持っていたとしても。

 「ああ、ありがと。そーだね、後でちょっと相談するかも。」

 「まぁ遠慮するな。何せ俺は天才だからな。ハセには遠く及ばない思想と思考とで助けてやる。」

 「はは、期待してる(天才だったらなんで塾に通わなきゃなんねーんだよ)。話は変わっけど、カガミは金稼ぐ為だったら何やってもいいって思うか?」

 「なんだいきなり。そうだな、金を稼がないと人は生きていけん。でも、金を稼ぐっていうのは何だ?他の人が自分の為に金を使ってくれる事だ。」

 長谷川ももちろん長谷川なりの見解は持っている。カガミにこんな漠然とした質問をして彼独特の解説を聞く気になったのは、ゆるゆるになってしまった頭にまともな論理思考能力を取り戻す為のリハビリのようなものだった。

 今日の塾でリハビリは済んではいたが、果たしてそれが女社長との対峙という実践で役に立つものかどうか、自信が持て切れなかったのだ。

 カガミが続け、長谷川は注意深くそれを聞く。

 「生きていく、というのは、生きていく為に金を使う事だ。金を使えばその金は相手の懐に入る。そうすれば、その相手がまた金を使う事が出来る。」

 「なるほど。」

 「だから、俺の考えはこうだ。金を稼ぐ為なら何をしてもいいだろう。しかし、金を稼ぐ為なら何でもしていいって訳じゃない。」

 「はぁ?」

 「つまり、生きる事を考えるべきだ。生きる為に金が必要なら金を稼ぐべきだが、生きる為にそれ以上金が必要無ければ、それ以上は稼ぐべきでは無いな。金をどうするか、では無く、生きる事をどうするか。そっちに尺度を持ってくるべきだ。」

 「ああ、なるほどね。大体、わかった。」

 その言葉を文字通りに受け取って論理的に組み立てればあまり意味のあるものにはならない事は長谷川にもわかったが、カガミが何を言いたいのか、については、なんとなく感じる事が出来た。

 そして、その感想を女社長に当てはめてみる。女社長はどう思っているのだろうか。稼ぐ為なら何をしてもいいと思っているのだろうか。

 おそらく、思っているだろう。それが労働者の強制労働者化に現れている。

 では、そんな女社長のアキレス腱とは、何処だろうか。

 年収五千万の生活では生活するという動詞の内容が他人とは全く違うだろう。しかし、願いの為に三億貯めるという目標が彼女にはある。それもまた、彼女の生活するという動詞を他人とは違うものにしているはずだ。

 「本当にわかったのか?金がわかりやすいからそれが絶対尺度のように思われているが、値段の決定はある意味恣意的に行われている。俺はそこに問題がある、と思っている。」

 適当に相槌を打ってカガミの話を受け流しながら、長谷川は女社長に付いての考察を進める。

 女社長の制約は『姪を殺してはならない』だ。それは女社長が姪を引き取り育てているという事実と一致する。手元に置いてどうしているのだろうか。監禁に近い状態で死ぬ事は無いようにしているのだろうか。労働者の扱いを見れば幸せ一杯で笑顔に満ちて暮らしているという予想は非常に楽観的過ぎるように思える。

 まるで蜃気楼のように。

 一つの手段は出向いて行って、あるいは出向かせて姪を殺してしまう事だ。

 そんな事、例え頭の中ででも言葉にしてしまうのが憚れるぐらいやってはいけない事だと言うのは長谷川にもわかっていた。例え女社長が忌むべき人間であったとしても、姪は何の罪も無いこちら側の不幸な身の上の少女に過ぎない。

 「まだ世界中が未開発で何処でも開発の余地があった時は貨幣経済制度によって生活や労働を支える事で発展出来たが、もう今先進国では開発は飽和状態になっている。一つの打開策は未開の土地へ目を向ける事だが、それはその場凌ぎに過ぎず根本的な解決にはならない。」

 収入源である会社、その会社のアキレス腱は二つ。一つは労働組合、もう一つは先生と呼ばれる親しい権力者。労働組合を扇動して会社そのものを潰すか。いや、それじゃ名前を変えた新しいシュリーズが出来るだけだろう。先生との非合法な取引を暴露するか。結末は同じな気がする。しかし、女社長個人を狙い撃ち出来れば例えシュリーズは生き残っても女社長の個人資産三億は阻止出来るかもしれない。

 「金の為に働くのではなく、生活の為に働く。そしてその仕組みを支える役割としての金。それこそが理想だと俺は思う。そうすれば自然と皆が支え合い誰も犠牲にしない社会を作る事が出来る。」

 誰も犠牲にしない社会、か。

 「でも開発、発展無い社会じゃ経済は滞るんじゃないか?」

 何気無しにカガミの言説を聞いていてふと思い付いた事を長谷川は聞いてみる。

 「ハセ、お前は飯は食うか。」

 「ん?もちろん、食べるけど。」

 「服は着替えるか。」

 「もちろん。」

 「つまり、人間、生きる為には必ず消費が必要になる。」

 「そうだな。」

 「なら、最低限の消費は保証される。無理に稼ごうとするから無理に売ろうとしなければならず、そこに非経済的経済行為が行われる要因があるんじゃないか、と俺は考える。」

 「ふむ。つまり発展はいらない、と?」

 「違う。発展の為の発展は必要無い、と言っているんだ。」

 「なるほど、ね。」

 とにかく、一旦姪の様子を見に行こう。その状態次第だな。姪を狙い撃つか、会社に被害者になってもらうか。

 それから暫く続いたカガミの誰も犠牲にしない経済理論を適当に聞き流しながら、長谷川は家に帰った。

 まだ四時にもなっておらず、日ももちろん落ちていなかった。明るい間はレディ・ピエロは現れない。だから安心して長谷川は家に帰る事が出来た。

 安心して、女社長への策略を練る事が出来た。


台詞でカガミがあれこれ理論を言いながら、台詞外でハセが色々他の事を考える。こういう構図って大好きなんですけど、一般的には受け入れられないみたいですね。経済活動に関しては勉強中でもっときちんとした主張が出きるようになりたいと思ってます。

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