2ー8
絶対に俺が止めてみせる。
そう誓いながら長谷川はある一軒家の前で立ち止まった。手紙に書かれていた住所の所だ。二階建てで庭は無くすぐ玄関になっている。
インターフォンを押すと暫くして声が聞こえた。
【はい】
若い女の声だった。一瞬迷ったが長谷川は合言葉を口にする。
【タルトタタンにはシナモンをかけてください。】
【入って。鍵はかけないで家にあがって、すぐ右の扉に入って。】
長谷川に返事をする間も与えずプチンとインターフォンは切れた。言われたまま長谷川は扉を開けるとそのまま玄関を上がり、すぐ右の扉を開けた。
そこは暗かった。まず通路でそれが五歩程続いていて、その奥が部屋になっているらしく長谷川からは中央の奥の壁際にテーブル、その上に置かれた蝋燭、その火が妖しく部屋を照らしているのが見える。
向かって右から声が聞こえる、
「鍵を掛けて入ってきて。後ろの椅子に座って。」
若い女の声でさっきインターフォン越しに聞いた声でもあった。後ろの椅子、というのは長谷川から見て左側にあるだろう椅子の事か。そう思いながら扉に鍵を掛けた長谷川は二歩程進む。
部屋の様子が見えるようになる。カーペットはくすんだ赤い絨毯、部屋の左側に大きな黒革のソファー、そして右側にその女とその女が誂えただろう家具が置いてある。
中央奥の壁際のテーブルに置かれた蝋燭、その他の隅に置かれた蝋燭、それらが部屋を、床のくすんだ赤いカーペットを、そしてその女を妖しく照らす。
緊張が長谷川を襲う。
それはレディピエロと対峙した時とは百八十度違った緊張。
さらに一歩、長谷川は女から目を逸らせずに進む。
家具はシンプルだった。中央に全身鏡、両脇に衣装掛け。そして衣装掛けに掛けられているものまた、ある意味シンプルなものだった。
それは色とりどりで、清潔な、オブラートに包んで言えば女性らしさを強調した、下着だった。
こっちの世界でネットで気まぐれに見ただけのものが、今、現実の物となり衣装掛けに無数に吊るされている。どれも刺激的なスタイルのもので、中にはおそらく刺激的過ぎて人前には出れないだろうものまである。
それだけでも充分長谷川の心を鷲掴みにしてこの無垢な青年の心をかき乱しただろうが、今長谷川の視線は別なモノに釘付けになってしまっている。
さらに一歩、そしてもう一歩。
そう、自分と同い年ぐらいの女がその吊るされていたであろうコレクションの一つを身に纏い全身鏡に向いているのだ。
シースルーのベビードールと同じくシースルーのパンティ。薄黄色のそれは蝋燭の橙にやさしく浮かび、仄かにその奥の白い肌を見せている。ヒップを被う布も縁だけがしっかりとしていて、お尻の溝は透けて見える布でしか被われていない。
ごくり。
長谷川は大きく生唾を飲み込んだ。それから、ゆっくりとした動作で彼女の後ろ、ソファーへ腰を降ろす。
女は鏡に写る半裸の自分の姿に魅入っていた。そして長谷川はそんな彼女の肢体に魅入っていた。
初めてこんな近くで直視する白い肌、艶のある太股、そして透けて見える背中、丸いお尻。再び、ごくり、と長谷川は生唾を飲み込み、熱くなる股間と心臓とがさらにこの蝋燭だけで照らし出される妖しい雰囲気に高まっていくのを感じる。
まるで磁石のエス極がエヌ極に引き寄せられるかのように、長谷川の視線は少女の肢体に吸い付いていた。少し角度を代えてそんな長谷川の様子を鏡越しに伺った女は満足そうに微笑むと言った、
「ようそこ、長谷川くん。」
その時に鏡の中の女と実体の長谷川との目が合った。女が続ける。
「どう、私の身体、気に入ってくれたかしら。」
「ああ、もちろん。」
熱病に浮かされたような状態の長谷川の頭が熱病に浮かされたように巡り、熱病に浮かされたような声を発する。
なんてこった。問題の一つがついでに解決しそうだな。
「とっても素敵だよ、アンドウさん。」
書いてる時は妖艶さ出すぎだなぁ、とか思ってたんですが、読み返してみると妖艶さなんて欠片も無いですね。ショック。蝋燭の橙、カーペットの赤、下着の黄色に素肌の白色。コントラストをもっと描き出せれば豊かな色彩の世界を書けたでしょうね。全体の構成の話ですが、頭で次々と出てきたキャラ達が一人ずつ掘り下げられていくスタイルです。ときメモスタイルですかねw




