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ネガイシステム  作者: ぼんべい
二章 女の子のラインは皆違う
16/62

2ー7

 ○ ○ ○


 翌日。

 アヤメ先生はいつも通りホームルームやら担当の世界史の授業やらをこなし、アンドウもいつも通り学校に来ていて、長谷川は道化に寝起きを襲われたり通学途中に待ち伏せされたりする事も無かった。

 つまり、平穏無事のいつも通りの一日がその日も繰り替えされた。

 ただ、昼休みにカガミがいつものメンバーにレディ・ピエロを見た事を自慢していた。

 「本当に目と鼻の先に居たんだ。さすがに驚いたよ。」

 「へぇ、すごいや。本当にピエロのコスプレをしていたのかい?」

 サオトメの質問にカガミは、

 「ああ、もちろん。顔には十字とダイヤの模様が入った仮面を付けていた。」

 「へぇ。僕も見てみたいなぁ。」

 「あ、俺も見てみてー。」

 そう言ってユージが会話に割って入っる。

 「見てみてー、っていうか、戦ってみてぇ。」

 言いながらファイティングポーズをとり腕をぶんぶん振り回す。

 慌てて長谷川が注意する、

 「やめとけって。ありゃ、人間が勝てる相手じゃないって。(少なくともこっちの世界の人間にゃムリ。)」

 「そかぁ?俺、これでも格闘技始めたんだ。いい線、いくんじゃねぇ?」

 「ユージ、ついに始めたんだ。キックボクシングだっけ?前からやりたいって言っていたもんね。」

 「おう、夢はチャンプよ。」

 サオトメの言葉に盛り上がるユージ。

 「やめとけ。」

 そこにカガミがちゃちゃを入れる。

 「ピエロはピエロ、所詮俺を見て逃げ出すような人間だ。勝っても自慢にもならん。」

 (俺達、じゃなくて、俺、なのかよ。)

 まったく、知らぬが仏とはまさにこの事だな。

 これが長谷川のあの時を思い出して不意に湧き上がった恐怖感の残滓に肝を冷やしながらの感想だった。

 頼むから、つまらない事でこっちの世界の友達まで失うなんて事になるのは止めてくれよ。

 放課後になればもう四人供ピエロの事は忘れていて、来週の定期試験に向けて勉強する為に気持ち早足でそれぞれ家に帰って行く。

 しかし、長谷川には早足になる理由がもう一つあった。例のミキモトに渡してもらった一条からの手紙の内容だ。

 『金曜夜十一時。○○町○ー○○ー○。タルトタタンにはシナモンをかけてください、と言え。』

 定期試験、両手にナイフを持ったピエロ、夜中に徘徊するアンドウ、想像のはるか上を行く絶望をそっとその小さな胸にしまっているミキモト、本当の仲間。現在進行形の課題や問題は多くどれも放っておくべきでないのはわかっているが、今長谷川が最優先に立ち向かわなければならないのは量販店の女社長の『向こうの世界の国を滅ぼしたい』という『願い』を諦めさせる事だ。

 物語を書くには材料がいる。材料は、黙っていては手に入らない。

 多分、この手紙に書いてある住所には一条が言っていた情報屋が居るのだろう、そして、重要な事を、普通では知り得ない事を教えてくれるはずだ、と長谷川は考える。

 だとすれば、それまでに長谷川のする事はただ一つ。

 普通の方法で知りうる事を全て知っておく事。

 と言っても長谷川の情報源はインターネット、それからサオトメ、時々カガミ。学校に居る間に後ろ二つの情報源からはさりげなく情報を引き出しておいて、家では専らネットでの情報収集。そして合間に休憩を取るかのように試験勉強だったが、普段授業を真面目に聞いている長谷川なら落第点を取る事は無いだろう、と踏んでいた。

 そして金曜日当日の夜。

 長谷川は指定された場所へ向かいながら頭の中で調べた事を整理する。

 簡単に言えば量販店「シュリーズ」は三つの顔を持っていた。お客様は神様です、どうぞ安くて良い品を、という顧客至上主義の顔、従業員、お前らは安月給で死ぬまでハタラけ、サボれば減給、文句言えばクビ、チクればコロす、という労働力強制労働者化主義の顔、そして最後が、センセー、頼みますからここの法律ちょこっとなんとかしてくださいよぉ、はいはい黄金色のお菓子でもピンク色の玩具でもなんでも揃えますって、という権威取り込み主義の顔。

 だからシュリーズに対しては絶賛する人と猛批判する人が混在する。

 問題の女社長は不幸を絵に描いたような生い立ちをしている。両親は幼い頃、女社長とその妹を残して交通事故で他界。親戚に引き取られた二人は冷遇されるが女社長は努力し自力で高校を卒業、奨学金で大学も卒業する。間、妹は良縁に恵まれ娘を授かるが若くして病死、後を追うように夫も病死。今その娘は女社長が自分の娘のように、いや、自分の娘として育てている。

 この半生が語っているのは、天が与えし過酷な試練を女社長が努力で乗り越えるというパターンの連続だ。さっきシュリーズに対しては絶賛する人と猛批判する人が混在する、と表現したが、一般的には好意的に思われている。その要因の一つがこの女社長エピソードで、不幸努力乗り越え型の半生はテレビに出演した女社長が涙を見せた事もあり、多くの同情を誘っているのだ。猛批判組の中にはこのエピソード群そのものが『戦略的嘘』だと言い切る奴も居る。

 でも、何処を探してもそれは嘘だという証拠は出てこなかったし、何より娘と一緒に暮らしているという事実があり、世間は大体が猛批判組の言葉には耳を貸さないでいる。

 ここまでまとめた長谷川に特に感情は沸かなかった。欲しい物が安く買えれば嬉しいと思う。安月給でコキ使われれば雇い主を呪いたくなる。自らに降りかかった不幸を自らの努力で乗り越えてきた人を見れば勇気が沸いてくるしその人を応援したくなる。どれも当たり前で自然な感情だと長谷川には思えた。例えその対象が同じで同時にその三つ全ての感情を抱いたとしても、それは当たり前で自然な感情だと長谷川は思う。

 好きだが憎い、憎いけど好き、そういった事はよくある事だ。

 また、自分がそのどれかの感情に固執する余り他の感情を切り捨てたとしても、それはそれで自然な事なんだろう、とも思う。

 好きだから憎めない、憎いから好きになれない。そういった事もよくある事だ。

 ようは自分が今どういう状態なのか、どんな感情を抱いているのか、そしてそこに正当な理由はあるのか。他の感情を抱かない事にも正当な理由はあるのか。その事だけ知っていれば、それでいい。

 これが今の長谷川の人間観だった。

 異世界からの来訪者、そして明確な目的、という条件は長谷川をこの世界から大きく引き離す。所詮ここは自分とは関係の無いセカイ、という認識を根底にどんと据える。

 この状況下、それは長谷川にとって有利に働いていた。冷静に観察する事が出来るのだ。人間、自分や自分と関係のある人の事はどうしても色眼鏡が働いてしまうが、赤の他人の自分とは全く関係の無いエピソードは冷静に聞く事が出来る。長谷川にとってこのセカイは全てその冷静に聞く事が出来る対象に過ぎなかった。

 そしてその結果が先の人間観だった。

 さて、話を進めよう。ここまで整理出来た情報に、長谷川は自分だけが知っている情報を付け加える。

 女社長は向こうの世界から『願いの女神像』に願いをかけてこっちの世界へやってきた。長谷川と同じように。

 それはいつ頃の事だろうか。シュリーズの創立が四年前。その時とも考えられる。あるいはつい最近、女社長は出来上がった組織のトップで外面は笑顔を見せながら中では踏ん反り返り、役員報酬を嬉々として積み立てるだけなのか。それももちろんありうる。

 あるいは、幼少の頃にこちらの世界へ飛んできて、あの波乱万丈の人生を本当に自力で生きてきたのだろうか。だとすればテレビで見せた涙は本当の涙という事になる。

 いや、あの半生はこの世界では事実として存在し、その記憶はいつ女社長がこっちへ来ようが持っているのだ。だとすれば涙ぐらいは流せるか。

 儲けたい。その感情だけで他の全てを犠牲にしてまで突き進んでる人間はこの世界には多い。しかし、今長谷川は女社長が金を欲しがる明確な理由を知っている。

 『三億の貯金があればむこうの世界の国を一つ滅ぼす事が出来る。』

 今まで見聞きしたどんな理由よりも、長谷川には正当な理由に思えたし、だからこそ、この理由を原動力として動いている人間にだけは剥き出しの敵意が湧き上がる。

 それも、こっちの世界の人間の事なんか知るものかといわんばかりのやり方で。



説明が少しらしくなってきましたね。まだ固くて端折りすぎで落第点ではありますが。この時はまだラノベ読者層の一般的な知識や関心を知っていなかったので、どこまで表現したらいいのか、どこまで表現出来るのか、まったくわかりませんでした。今は友達も出来て想定読者が居るのでかなり書きやすくなっています。

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