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ネガイシステム  作者: ぼんべい
二章 女の子のラインは皆違う
14/62

2ー5

 【その者は音もなく現れる。】


 それは僅かな物音だった。擬音語にすれば『すたっ』っといった感じ。長谷川がそれに気付いたのは向こうの世界での実戦経験に依る所が大きい。


 【存在は儚く、まるで幽幻の妖し】


 長谷川にしゃがんでいる後ろ姿を向けているその者は立ち上がった。それはただ立ち上がるだけの動作のはずなのに全く無駄が無く筋肉を感じさせない。身体にぴったりと合ったタイツのようなもの、上半身に纏っている上着のようなもの、それからブーツ。

 長谷川の心臓が一つ、ドクンと鳴った。


 【いでたちは道化、まるで世の中を嘲笑うかのよう】


 夜風にその短い髪が小さく揺れた。逃げなきゃ、それがその時長谷川の思った精一杯だった。一歩後退る。カガミはまだ気付いていないようだった。

 道化の両手には両刃の小さなナイフがそれぞれ一本ずつ握られている。汚れ一つ付いていないその短い刀身が妙な現実感を湧き上がらせ、同じぐらいに非現実感を募らせる。


 【あるいは、まるで世の中に嘲笑われている事に笑い返しているかのように】


 そして道化は振り返る。音も鳴く、無駄も無く。その顔は仮面で覆い被されている。右頬に十字、左頬にダイヤの模様。ニヤリと笑う形の口、細めの瞳、再度夜風に黒髪が揺れる。

 両手のナイフがきらりきらりと月光を返した。

 ばくばくばくばくばく

 長谷川の心臓が破裂せんばかりに鼓動し、その鼓動が加速していく。


 【今宵も闇を切り裂く】


 道化が長谷川に飛び掛ろうとした。少なくとも長谷川にはそう思えた。

 (殺られる!)

 自分が足を引く感覚がとても長く長く感じられる中、その何倍、いや、何十倍ものスピードで体を動かす道化に停まった時の中で命を狙われているような恐怖、もとい、恐怖を感じる間すらも無い程の一瞬が過ぎ去る。

 「お、お、おお!!」

 その停滞した時間を打ち破ったのはカガミの素っ頓狂な大声だった。

 「レディピエロ、れでぃぴえろだぁ!!!」

 その大声に合わせ道化もひゅんと何処かに行ってしまった。カガミは動揺しながらさっきまで道化が居た所を指差しながら喚き続ける。

 「れでぃぴえろ、れでぃぴえろがいたぁ、今、そこにいた、いた、いたぁ!!」

 「ああ、わかったよ。」

 ぐわぁっと緊張なり詰まった息なりがほぐれた長谷川はカガミの肩をぽんと叩く。まだ動悸は激しい。半ばその気持ちを落ち着ける為のリアクション。

 そしてカガミの肩の感触に少しだけ落ち着きを取り戻した長谷川が、代わりに思い出すのはさっき道化が放ち長谷川に突き刺さった殺気だった。

 そのガラスの破片のような鋭い殺気はいまだ長谷川の心に深く突き刺さったままでいる。

 殺気。

 そう、確かに道化は長谷川に対して殺気を放った。殺すつもりだった。

 (ありゃ勝てねーなぁ。)

 多少の戦闘経験はある長谷川だからこそわかる、勝ち目の無さ。だからこそ湧き上がる恐怖感。それにこの世界では武器なんて手に入らない。

 (どうやら会わないように祈るしか無さそーだな。っつーか、万が一、また出くわしたら逃げる事しか考えねーぞ。)

 そんな結論を長谷川は頭に強く刻み込む。

 「ふん。噂通りだったな。」

 落ち着きを取り戻したカガミがまたいつものもったいぶったような言い方に戻り眼鏡を押し上げながら語り出した。

 「道化の恰好、女性である事、そして臆病でその素早さは逃げる為にあるんだ、という事。」

 (聞かれたらどーすんだよ。)

 長谷川は内心、当人に聞かれていないかひやひやする。

 道化はその容姿から尊敬と畏怖の念、それから都市伝説性を込められて『レディ・ピエロ』と呼ばれていた。

 「レディ、ピエロ、かぁ。」

 (レディ、っつーか、ガールっぽい身体つきだったけどな。まぁ仮面で顔はわかんなかったし、素顔はけっこおばさんなんかも。)

 「しかし、おそるるにたらんな。俺達を見て逃げ出すようでは、あまり実力は無いのだろう。」

 この平和な世界に生きている戦闘経験ゼロのカガミの言う実力とはなんなのか、長谷川は少し腹が立った。そしてこうやって気が立ってしまうのもさっきの恐怖の悪影響だ、と思い自分を諫める。

 「一説によれば、レディ・ピエロは宇宙人らしいが、ハセ、お前はどう思う?」

 再び自転車を押して歩き出すとカガミがさっきの取り乱しを挽回しようとするかのようにさも怪奇現象には惑わされん、全ては論理なのだよ、論理、とでも言わんばかりにもっともらしい事を言い出す。

 「どうだろうね。そうだね、異世界から来た人間、なのかも。」

 「ハセ、お前異世界好きだな。もしかして、お前こそが異世界から来た人間だったりするんじゃないか?」

 「(ああそうだよ、その通り。そしてさっきの道化も間違いなく向こうの世界の人間で、『願いの女神像』使ったクチだろ。)はは、まさか。宇宙人よりは異世界の方が現実的かなって思うだけだよ。」

 「異世界の方が宇宙人より現実的?ははーん。さてはお前、異世界への逃避願望があるな!この現実世界に満足して無いんだろう?」

 「そんな事はないって。」

 「いいや、お前は何かというとしきりに異世界と口にする。きっとお前の心の奥底では抑圧された異世界への願望が眠っているのに違いない。」

 「心理学用語適当に繋げればいいって訳じゃないだろ。」

 まさにお化け屋敷効果、カガミはテンションが上がってしまい喋り上戸、長谷川も高ぶった気持ちは静まらず冷静に成り切れない。

 「さすが的確な指摘だな。そう、確かに心理を肉体や機械のように構造で捉えるのは今ではほとんどの学説が否定している。」

 「はぁ?」

 お喋り上戸が過ぎたのかカガミが語り出す。

 「一般に欲は本能に基づき、本能は生存に基づくと言われている。しかし、それだと説明出来ない事柄が多いのもまた事実。」

 「ふむ。」

 (なんだ、語る事で自分を落ちつけようってのか?)

 「例えば食欲。それが本能に基づき、そしてその本能が生存に基づくのだとすれば、身体に必要な物だけを欲すればいいじゃないか?しかし人間は違う。味の好みがあるし、全く栄養には関係無い見た目にまでこだわったりする。見た目が栄養を表現する事があるという主張もあるが、それだとフェイク、それらしい見た目に騙される理由にならない。」

 「んで、それが異世界願望とどう結びつくんだ?」

 確か、塾で学習して、その後女の口説き文句をあれこれ考えて、んで、レディ・ピエロに出くわして、で、今ここ、なハズだ。

 なんでこいつはいきなり肉体と精神の構造に付いて語りだしてるんだ?

 長谷川を混乱が襲う。

 「つまり、安易に願望を原因と結び付ける事は出来ない、という事だ。もっと心は複雑、とでも表現しておこうか。」

 「はぁ?それって、何もわかりません、って事じゃないか。」

 「いいや。その事に付いてはわからない、と認識する事は、まったくわからないで適当でっち上げるよりも何倍もマシなんだぞ。」

 「そんなもんかね。」

 「ああ、もちろん。」

都市伝説レディピエロ()w。大丈夫だ、問題ない。一番いい名前を頼む。【】の部分はやっていいのかわかりませんが応募時は括弧無しで太字にしました。このレディピエロのシーンは気に入ってます。小説ならではの緊迫感を出せますよね。括弧部で無い所は落第点ですが。後半のカガミがテンション上がって饒舌になる下りも好きです。

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