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ネガイシステム  作者: ぼんべい
二章 女の子のラインは皆違う
12/62

2ー3

 「それで、ある日フランスに転勤になったんです。でも、友達とお母さんは日本に残ったんですよ。私がお願いしたのもあったんだと思います。いなくなっちゃうなんて嫌、寂しい。あの頃は子供で、世の中の事とか難しい事とかよくわかんなくて、ただ、友達いなくなっちゃうの寂しくて悲しくて、純粋にそう思って、そう言っただけなんです。」

 別にそのお願いだけが要因じゃないだろ。そう言おうかどうしようか迷って、長谷川は結局言わないでいた。それぐらいの事はきっとミキモトはわかってるだろう。少なくとも今のミキモトは。

 「で、次の日から、皆の友達を見る目が変わったんです。友達、いじめられるようになって。後でわかったんですけど、同じ学校にお父さんがその友達のお父さんと同じ会社で働いていた人がいて、なんか、友達のお父さんの事よく思って無かったみたいで、それで、噂が広まったんです。友達のお父さんは、会社の金を横領して逃げたんだ、って。」

 ミキモトは長谷川から目を逸らす事なく続けた。その顔からは表情は読み取れなかった。長谷川はただ話の内容に集中する。

 「親たちの間にも、その噂が流れて。私もその友達も、必死に違う、そうじゃない、って言い張ったんですけど、しまいには先生まで、裏ではそう思ってるような感じになっちゃって。それで、私も親から、もう友達には近づいちゃ駄目だって言われて。私、でも、それでも友達と一緒にいたんです。だから一緒にいじめられちゃいましたけど、ね。」

 ここで始めてミキモトは表情を見せた。にっこりと、笑って見せたのだ。まるでここは笑う所ですよ、とでも言わんばかりに。

 それに長谷川が答えずにいると、また元の無表情に戻ってミキモトは話を続ける。

 「でも、結局はそれも裏目だったんですよね。友達、自殺しちゃいました。一ヶ月で。」

 長谷川は『植え付けられた』こっちの世界での記憶を思い出す。その中にはやはり小学生の頃のいじめにまつわる記憶があって、彼はいじめられてる子を自分とは関係無い、という風に関わらずにいた。

 あれは単に植え付けられたからこその悲惨な記憶かと思っていたが、どうやらそれは現実にこの世界では起ってる事柄らしい。そう思うと背筋が寒くなり、行き場の無い怒りが湧き上がってくる。

 そして、ミキモトはこう言って話を締めくくった。

 「きっと、私にまで迷惑をかけ続けたくない、いじめの対象にさせていたくない、って思ったんでしょうね。だから、私、今度会ったら言いたいんです。そんな事ないよ、ずっと一緒だよ、例え世界中の全員が私たちの事いじめても、私達はずっと一緒だよ、って。」

 今度会ったら、ね。と、長谷川は思う。それがこの子の『願い』って訳だ。もしこの子が向こうの世界の人間で『願いの女神像』に出会えたとしたなら、きっとそれを願う事だろう。

 しかし、彼女はこっちの世界の人間で、そして、『願いの女神像』なんてものに頼る事なく、その事実をしっかりと受け止め自分なりに考えて、二度と同じ後悔をしないよう必死になって今を生きている。これが、彼女を時折『大人』に見せる要因だったのだろう。

 長谷川は湧き上がるままに想像してみる。

 親友、デマ、無知な小学生に広まる噂、嫉妬からくる敵意、町ぐるみの悪意、いじめ。

 仲間なんか、味方なんか、一人も居ないという追い詰められた心境。

 自分を支えてくれている親友はそれが故に自分と同じ悲惨な目にあわせてしまっているという罪悪感。

 言葉にすればただの羅列のこれらでも、それを実際に味わうとなればそれは地獄としか表現出来ないような辛辣なものになるだろう。おそらく、僕じゃ耐えられないな、と、長谷川は正直に思う。圧政には仲間と共に武器を持ち立ち上がる事が出来るが、陰湿ないじめは孤独では乗り切れない。それにいじめの対象になるような子はおおよそが武力的に恵まれていない。対向手段が無いから、さらにいじめの対象になっていく。

 そして、親友を救えなかったという無力感。これはもう、絶望感に等しい。

 「それで。その絶望から、ミキモトはどうやって立ち直ったんだい。」

 ヘヴィな話を聞いた後にしてはあまりに唐突であまりに不躾な質問だったが、そんな疑問が長谷川の口から漏れる。そしてミキモトは特に反応を示さず静かに答える。

 「わかりません。気がつけば引越しの話が出てて、こっちに引っ越してきて、高校で、一条さんやアンドウさんや、その他多くの友達が出来ました。まぁ、一条さん達と仲良くしてるんで、他の人とはそんなに仲良くは無いですけど。」

 また、ミキモトはにっこりと笑う。そしてこう締めくくる。

 「で、今に至る、です。」

 「なるほど。随分辛い過去を乗り越えてきたんだね。」

 「はは、まだ乗り越えたって感じじゃないですけどね。」

 「その笑顔が、乗り越えたって証拠なんじゃないか。」

 二人ともカップとグラスは空になっていた。

 「そう、私の本当の事、話したんです。長谷川さんも話してください。」

 「はは、そうくるか。そうだね、確かに話してもいいかも。」

 事実を話して構わない。いや、事実を聞いてもらいたい。それがこの時の長谷川の偽らざる気持ちだった。こっちの世界で親友を取り巻く状況に打ちのめされたミキモトに、向こうの世界で親友を取り巻く状況から切り離されてしまった自分の話を聞いてもらいたい。

 しかし、長谷川は立ち上がると突然こう聞いた、

 「一条からの伝言は無かったのかい?」

 不意打ちで驚いたのだろう、ミキモトがぶんぶんと首を振ったのを見て長谷川は続けた。

 「そっか。僕達の話をするのは、また今度。」

 伝票を掴み上げ挨拶代わりにそれを上げながら席を去る長谷川。

 「でも、今の話でちょっとミキモトの事見直したよ。いや、かなり、だね。」

 ビターなお菓子の方が長く楽しめる、という事もある。

 それから長谷川が会計を済ませて店を出てもミキモトは追ってこなかった。外はまだそんなに暑くない日だったけれど、冷房の効いていた店から出た長谷川には暑く感じた。

 そして、直接長谷川の目に降り注ぐ日差しをまぶしく感じ、反射的にそれを手で防いで空を仰ぎ見た。

 仰ぎ見ながら、それに、見た目よりも美味しいお菓子というのもあるな、と、長谷川は思った。

なんでこんなヘヴィな話突然持ち出した俺、とか思ってましたけど、上手い具合に長谷川の反応で和らげてますね。ただ状況も感情も説明不足感は否めませんが。悲惨な話って現在進行形だとほんっと悲惨になりますけど、過去の話だと過去の話になる傾向ってありますよね。

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