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例え長谷川が異世界から来た人間だったとしても、その異世界の国を一つ消滅させようという野望を阻止する為に活動中だったとしても、今は高校二年生で昼間は学校に行って授業を受けなければならないというこっちのルールには逆らえない。
気付いた時、長谷川はこっちの世界のベッドで寝ていた。そして、向こうの世界の記憶が曖昧になっていて、その曖昧な部分を埋めるかの様にこっちの世界での『記憶』が植え付けられていた。いわば、二人分の人生を併せ持っているのだ。
最初の頃は混乱し、悩んだ。自分は本当は純粋にこっちの世界の人間で、向こうの世界のあの血みどろの記憶は全て冒険を求める自分がでっち上げた嘘、妄想なんじゃないかと、何度も本気で悩んだ。
そんな長谷川の不安定な気持ちをかろうじて支えたのは、目覚めた時に手に握っていたメダルだった。裏面に女神像の横顔、表面に『汝は願った』の文字。そのメダルを見れば乱れた心も落ち着いてきたし、だから長谷川はベッドで横になるとそのメダルを翳すようにして表と裏をひっくり返しては眺めていた。
そして、長谷川はその記憶の通り今はカガミやユージやサオトメという『幼なじみ』と共に、この公立高校の二年生課程に通っている。
向こうの世界にも学校のようなものはあったし、習っている事はおおよそ同じだった。ただ大きな違いは、こっちの世界の方が奥深く広い内容をやり、進行速度も早い、といった所だ。
長谷川の世界では数学は微分積分までやらないし、三次方程式を解く所までいかない。基本的に加減乗除が出来ればオッケーで、分数の割り算なんか大人でもわからない人がいる。実生活に必要の無い学術は切り捨てられても不思議がられない風潮があった。そんな事よりも今日を生き抜く知恵の方が何倍も大事だと、皆が解っているのだ。
長谷川はそんな世界から来た人間にしては、こっちの世界の、いや、厳密に言うとこの国の学習制度にある種の希望を見出していた。教え方や学校というシステムそのものに不思議に思う所や違和感を感じる所、例えば全体朝礼だったり皆が同じ服を着る事だったり、暴力が必要以上に抑制されている所等が多少あるものの、学べる内容には満足していた。
元より知識欲があった長谷川だし、悪魔の物語書きの能力は広範な前提知識を必要とするので、その補充にもかなり役にたった。それに、長谷川は気付いていた。向こうの世界では無用の長物と思われがちなこういった知識も、それを基盤として様々な発想、戦略、そして考え方や他人を見る目を育てられる、組み立てられる、といった事を。だからこそ、長谷川はここでの学習に希望を見出している。
授業内容と言えば極端なのが歴史で、長谷川の世界でこれは各国によってかなり異なる。魔法王国で知られる国ではこの世界での世界史に相当するものを詳しく学ぶようだが、長谷川の育った国では自国の歴史を王族に都合のいい観点で書かれた物しか教わらない。
長谷川達は仲間の能力もあって、そうではない公平な歴史を知っていたし、曖昧ではあるが世界史に相当するものも知っていた。それが、長谷川達と王族、つまり政府との決裂を絶対的な物にした。
自分に都合の良い事ばかり教え込もうとする奴等の言う事は聞けないし、従うつもりも無い。
それが、長谷川達の共通意見だった。
もちろんレジスタンスの発端はあった。弾圧、搾取、殺戮。一部の者達の裕福、それに追従する者へのおこぼれ。各地方で散発的だったレジスタンスはいつしか連携を取るための手段を探り出す。
長谷川は、いつもそこまで思い出しては歯噛みする。そこまで、そういう経緯までは思い出せるが、それでその共通の意志の元集い共に戦った仲間の事がまったく思い出せないのだ。接触の少なかった者や敵の何人かに覚えている奴もいるが、長谷川達を弾圧しようとしていた、言わば真の敵の姿さえ、思い出せなかった。
今、長谷川はそんな彼らに『申し訳ない』と思っている。思い出せなくて申し訳ない、忘れてしまってゴメン、という意味で。今も向こうの世界で長谷川の事を心配してるかもしれない。あるいは、こっちの世界で長谷川の事を探しているかもしれない。
そんな彼らに、長谷川は今の自分を伝える事も会いに行くことも叶わない。
もしも願いが叶うのならば、彼らに会いたい。そしてまた一緒に戦いたい。自分達の、長谷川達だけの世界を目指して。例え事実という記憶が無くなったとしても、仲間を信じた自分の気持ち、そして、自分を信頼してくれていた仲間の気持ち、そういったものは心が感触として覚えている。揺らぐ事の無い絆、絶対と言える、いや、言いきれる信頼。
(『仲間のメダルが全て重なる』のに、『仲間の事を覚えていない』、かぁ。奇跡でもおこりゃぁいいけど、その『奇跡が起こる』ってのが願いだもんなぁ。)
今の長谷川にしても、そんな関係になれた仲間達を見てみたい、という気持ちもあった。ボルチックだかバルチックだかシュート、なんて言ってはトリッキーなシュートをして喜んでいるような連中もまぁ友達だし飽きない存在ではあったが、そうでは無い、本当の仲間と呼べる人たちを、見てみたい。
放課後。そんな胸に秘めた想いはぐっと奥にしまいこんで蓋をして、代わりとばかりに一日知識を詰め込んだ長谷川はカガミ達に挨拶すると校門を出て家に向かって歩き出した。
その後ろをさりげなく追いかける小さな人影が一つ。
少女は堂々と歩いていたし長谷川は気付いていないフリをしていたので下校で一斉に学校から出てきた生徒達の中に気づいた人はいなかった。
角を何度か曲がり住宅街の中を長谷川は歩いて行く。辺りに人影は無く長谷川は少しずつ歩く速度を落とす。
「あの。」
長谷川の真後ろまで追い付いて、初めてその人影は長谷川に声をかけた。呼ばれた当人は無表情で振り返り答える。
「なんだい、ミキモトさん。」
その人影はいつも一条と三人で一緒にいるグループの一人、ミキモトだった。小柄でショートカット、勤勉そうな眼鏡をかけている。素直であまり意志を見せない彼女はグループの中じゃ一条のパシリみたいな役割だと皆に思われている。
カガミ達四人と一条達三人はとにかく仲が悪い。
そんな中で長谷川と一条があれこれ話をしたりするのは気まずい。
しかし、カガミ達四人はミキモトに対してはそんなに敵意を剥き出しにしていない。一条達もミキモトが何処で何をするかまでイチイチ突っ込んだりはしない。
その結果がこうやってミキモトに伝言役を頼む事だった。まぁ文字通り彼女をパシリとして使ってる事になるのだが。
長谷川と一条が携帯で連絡を取る事ももちろんあるんだが、特に一条は『自分の世界ネットワーク』の方で忙しいのか電源を切ってる事が多い。プライベートの時間はこちら側の世界の人間とはほとんど接触していないのだ。そこが皆から距離を置かれている一因でもある。
「一条さんからお手紙を預かって来ました。」
「そか、さんきゅ。じゃぁ今日は喫茶店でも行こうか。」
それだけ言うと長谷川は歩きだし、ミキモトはそれについていく。それだけ見ると親や皆の目を気にして付き合ってる二人のように見えなくもない。
なんでこんなに説明なんですかね、僕。例えば章を区切って歴史物みたいな感じで書くとか、記憶として持ってる部分みたいな設定で要所を説明するとか、いろいろ方法はあったはずなのに。




