ケダモノの知略
物語は加速していきます!
数時間前 塔
俺はゆっくりとした足取りで、真昼の塔へと登っていく。
この近くに聳える北東支部を偵察するためだ。距離にして800m程。探知を妨害する魔法を張っているので感ずかれはしない。
「何から何まで魔法、呆れた世界ね」
最上部に登ると、黒髪の女性が立っていた。こちらを振り向き、歩いてくる。
「何故君がいるんだ? エリオール」
問いかける。彼女は静かな瞳で俺を見つめると言った。
「私が派遣されたのよ。100人も人数は裂けないわ。あなたにしては随分自信がないのね」
「北東支部には望月も来ている。他にも手練れを呼んでいるだろう。KAEZにはもうバレている」
「スパイがいるみたいね。あなたじゃないの?」
「ご冗談を」
俺は投げ掛けられた質問を軽く流し、双眼鏡を覗いた。
特殊なフィルターを備え付けたこの機器は、特定の大きさを越えた魔力を光の点に示すことができ、実力を備えた魔戦士を楽に発見できる。
「君が来たなら、アレはしてくれるのか?」
「Sr魔戦士として来たからには、ちゃんと仕事はするわ」
我がギルド、フェルナンデスには階級制がある。
全方針を取り決める最高指揮官(最高司令官)。
そしてSr魔戦士。
これは要するに実力や信頼を十分に持った者たちだ。
俺を含め四人の幹部もここに分類される。
これより下はAr,Br と実力が落ちていく。要するに雑兵である。
「久しぶりだな、『虚の鏡』を見るのは」
対象をコピーし、作り出した変わり身をコントロールできる魔法、『虚の鏡』。
対象者が許可すれば意識すら一時的に移すこともできる高度な魔法である。
「毎回言うけど、変わり身の実力は50%になるのをわすれないこと!!」
それがこの恐ろしい魔法の弱点である。変わり身を作るのに隙ができるのはもちろん、変わり身の能力は半減しているので戦いには向かない。
「解っているから、さっさと始め………」
そう言いかける俺に、エリオールは驚くべき行動を見せた。 銀色に光るナイフの先が、俺の頬を掠めた。どこからともなく現れたナイフを握るのは、まぎれもなくエリオールだった。
「幹部様? それが人にものを頼む態度か?」
男のような口調で、俺に問いかける。
彼女、エリオール・レバーナはとある魔法の使い手だ。
使いどころが難しく、珍しい魔法なのでギルドでも重宝されている上位魔戦士だ。
「何言ってんだ、これはギルドの………」
大人の対応で軽くあしらうことにする。任務を遂行するという大義名分をかざせば、エリオールの面倒くさい性格も、引き下がるだろう。
「関係ない話だろ…?」
ギロリと俺を睨む。せっかく割かし整った顔立ちをしているのに、面倒くさい。
だが、俺が言えた義理ではない。俺の性格はギルド1と言っていいほどに悪いらしい。そんな気は更々ないのだが。
性格によって睨まれるのは慣れていたので、俺は動じない。
「……わかったよ。よろしく頼む、エリオール」
俺が折れると、エリオールはいつもの仏頂面と、普通の中間くらいの表情で笑った。
「よろしい!任せなさい! 」
クソがつくほど面倒くさいエリオールに頼み、変わり身を作り出した。
さぁて、ここからは俺の腕の見せどころだ。
「エリオール、一つ頼みがある」
現在
リークは無駄のない動きでクロウドとの間合いを詰め、横から音もなく一閃を放つ。
2撃目として振るわれた大剣はクロウドに吸い込まれていき、直撃した。
「ぐはっ!!」
渾身のスピードで体を捻り、飛び上がることで、直撃した面積を減らしたクロウドは、血の滲んだ傷口を抑え着地した。
「……この剣、切れ味が悪いな」
クロウドが呟く。
「並外れた洞察力をもっているな。
……そうだ。我々皇剣の剣は、切れ味が低くなっている」
「差し詰め、特殊効果を付けているんだろ?」
まるでダメージを受けていないように、ゆっくりとクロウドは歩き、間合いを詰めていく。
剣先を向けたまま、リークは動かなかった。
―――こいつ、何を狙っている…? 武器もなしに間合いを詰めて。………そういやこいつは!!
リークが考えを張り巡らした時にはもう遅かった。
間合いを詰めたクロウドはおぞましい笑みを浮かべ、一言、呟いた。
発動のトリガーとなる言葉を。
「……駆けろ、獄狼。」
戦いを後方で見ていたグリフォードとリークはゆっくりと思いだす。 クロウド・ラルバートは七聖覇者であることを。
一瞬訪れた静寂を切り払うように、クロウドの回りから立ち込めた漆黒の闇が包み込んだ。
「全力でも、この程度か。 25%はキツいな」
青い光が妖しく輝き、クロウドの腕から狼のように鋭い牙を生やす。
刹那の出来事に、リークの心は動揺していた。
こんな状況で、後方で何が起こるのかを予想することは、出来なかった。
いや、できるはずがなかったのだ。
「偵察じゃなくなったな。君のせいだよ」
姿を現した我狼は闇に溶け、静かに目を光らせる。獲物が隙を見せるまで。
「チッ!! 」
舌打ちをし、リークは微かな気配を探る。少しでも感じられると剣を振るった。
「皇剣の名も落ちたな」
焦りを感じたリークを、突如姿を現したクロウドが牙を剥く。
青い光を帯びた腕に付いた牙を突き刺した。
「がっ!! ………ああぁ!」
生気を吸いとられたようにぐったりとしたが、リークは踏みとどまり大剣を振るった。
「へぇ、やるじゃないか」
霧のように消えて、クロウドは斬撃を回避する。対象を見失った大剣は、ただ空を切り裂いていた。
「総帥、活路を開くので避難を! F,s!!護衛をた………」
リークが危険を感じて避難を知らせようと振り向いた時、彼は気づいた。
――――視線の先では、グリフォード総帥が剣に貫かれていた。
頭部を横水平に一突き。刺した犯人は、すぐ隣に佇んでいた。
「フォルス!? お前……!」
屈強な筋骨隆々とした戦士フォルスは、睨むような目付きでリークを見た。
「フォルスなんて、最初からこの場にはいないんだよ」
静寂に包まれた総帥室で、クロウドが静かに言った。