第四話 家族
今回はちょっと短め。
だいたい、四〇〇〇文字付近で投稿しようとは思っていますが……。
今回はキリが良かったので。
それにしても、やっとヒロイン登場です。
「んっふふ~~ッ」
――かいぐりかいぐり。
リチャードの頭を玄関ホールで撫で繰り回している美女
――名を、マリア・エリーズ・スルール。
彼の二人目の母であり、かつて勇者の血族に嫁いだ人であり、当代の勇者を生んだ人だ。
ついでに言えば、元エリーズ子爵家の次女だった。――エリーズ子爵家は三〇年前の戦争で見事(?)没落し、当時はまだ幼子だった彼女は王立の孤児院に保護された形だ。エリーズ子爵家の元所領は王領とされているが、取引次第では、今後彼女の子か孫あたりが継承させてもらえるかもしれない。
「――止めてください……義母さん」
「やぁ~だっ♪」
美しい女性を形容するときには、花に例えられることが多い。
それで言うならば、目の前のこの女性は間違いなく大輪の花束だろう。
二十代前半から一つも年を取っていないように見える、若々しい容姿。
柔らかなウェーブを描く、美しい金の髪。澄んだ泉のような薄い青の瞳。メリハリの利いた、大人っぽく、そして艶っぽい外見と、恐ろしく不釣り合いな子供っぽく明るい言葉使い。
上背はどちらかと言えば小柄。リチャードの鼻先程に頭頂部が見える。
十七のリチャードと並んで歩いても、姉弟や恋人と間違われることの方が多いくらいだ。
「おはようございます」
「……はぃ、おは、よう、ございます」
その挨拶とともに、マリアはリチャードから離れていく。その時浮かべていた笑顔は、先ほどまでの陽だまりのようなものでは無く、若干――いやかなり引きつっていたもののように見えた。
間違えられては困るが、現在の時刻は昼過ぎである。
断じて『おはよう』という挨拶が使われる時間ではない。
マリアは朝が極端に弱く、昼前にならないと起きて来ない。
貴族の妻としてはそれはかなり不味いのだが、気ままな王都の平民暮らしの生活がそれを許している。
さらに言えば、道場の弟子たちが家の中の雑事までやってくれてしまうのが、寝坊という悪癖をさらに助長しているとも言える。
今日も今日とて、自分の子供たちの朝稽古の時間にも間に合わず、リチャードが城に呼び出されたのも知らず、朝(昼前)起きたら愛しい息子の姿がどこにもないので屋敷で一人しょぼくれていたら、その当人がやっと帰ってきて、自制が効かずに飛びついた……というのが、一連の流れになっている。
「クロエは?」
「あの子はお部屋でお昼寝中♪」
リチャードにとっては義妹で、マリアにとっては一人娘の名前を出すと、彼の想定通りの答えが返ってきた。
クロエと呼ばれた少女は、朝に弱い訳ではない。
朝日とともに起きるという、この国――どころか、この世界のほとんど常識的なすべての人と同じように。
おそらく朝稽古で体力を使い果たし、強制的な休憩を体が求めた結果だろう――リチャードはそう結論付けた。いつものように。
「ちょっと起こしてきます。話があるので」
「そう?まぁ、良いわ」
リチャードはホールの奥、二階に繋がる階段に足を掛け、上っていく。
半分ほど上ったあたりで「そうだっ」という声がしたので、下をのぞいてみる。
「ねぇ、リチャード?」
「なんです、義母さん?」
「――寝込みを襲っちゃだめよ?」
豊満な胸を反らし、ちゃんと同意の上じゃなきゃね?そもそも~、とか言って悶えている人に、リチャードは特に反応を返さず――無視ともいうが、放置して二階に上がっていく。
下では、何かの妄想を始めたようで、超絶美人が頬を両手で抑えてくねくねと体を揺らし悶える、という訳の分からない状態が繰り広げられている。
実に平常運転だ。
下手にあそこで反応を返すと、妄想の勢いそのままにリチャードを弄ってくるので、無視するのが正解ともいえる。が、放置すると、それはそれでお気に召さないらしく、拗ねる。マリアが拗ねると、リチャードの実父アルベールの機嫌が悪くなり、翌日の朝稽古の地獄具合が三割増しになるわけで、どちらにしても逃げ場がない。
実に平常運転だ。
リチャードは「はぁ」と嘆息して、義妹の部屋へと向かう。
少女の部屋は二階の最奥。
人通りが少ない、家の裏手向きの場所にある。
日当たりは決して良くはないのだが、それでも少女はここから動こうとはしない。
コンッ、コンッ
木の扉を叩く音。
一応、レディの部屋を訪ねる際の心遣いは忘れない。
反応がないので、彼はそのまま部屋に入っていく。
そのことに今更どうとも思わない。
物心つく前から一緒に遊んだ相手だ。
お互いの恥ずかしい秘密も、一つならず、知り、知られている。
遠慮するような相手ではない。
中に入ると、そこは、どこかの国王の私室並みに殺風景な部屋だった。
机と椅子が一組。机の上には、手入れを終えた彼女の愛剣が二振り。
光の弱いこの部屋では花もすぐ萎れてしまうので、花瓶の類はない。
部屋の一番奥には、少し小ぶりな寝台が置かれている。
そして、その上には少女が一人。丸くなって眠っている。
黒髪の少女――
――名を、クロエ・スルール。
腰まで届く艶やかな黒髪。直射日光の届かないこの部屋でも、ツヤツヤと輝いて見える。
今は亡き英雄アルフォンス・スルールと先ほどの美女マリア・エリーズ・スルールの長女として生まれた、当代唯一の『勇者の血族』である。
東方諸国由来の物とは少し違う、その艶やかでしなやかで滑らかな黒髪は、彼女の父譲りの、勇者の血統を表すものだ。
白木綿の寝巻に包まれた体躯は、お世辞にも発育良好とは呼べない。
年は十六。早い子は嫁に出される年だ。
にも関わらず、体の凹凸は乏しく、身長は三キュビット半もあればいいほどだろう。義兄となったリチャードと比べると、頭二つは違う。
所々露出した肌は抜けるように白く、滑らかな艶を表面に浮かべている。
顔は悪くない。
いや、ハッキリと言ってしまおう。美人だ。
幼いころのマリアそっくりな、神が全身全霊を賭けて生み出したようなその造形は、その幼い体躯も相まって、誰しもの保護欲をかきたてるだろう。
黒い眉。桜色の小さな唇。シミひとつない雪のような肌。
それら極上の、所謂女の武器も、リチャードの持つ鋼の理性を溶かすことは無かったのだが。
ツンツン
「うゅ~~」
リチャードはちょっとした悪戯心から、寝ている少女の頬をつついてみた。
すると少女は、細く整った眉をわずかに歪め、訳の分からない苦鳴と共に手を顔の前でパタパタと払うような動きをする。
これは、リチャードの――決して多くはないが、枯れ果ててはいない――嗜虐心を大いに刺激した。
今この場に彼ら以外の人がいれば、少女(見た目幼女)に覆いかぶさる、腹黒い笑顔を浮かべた少年の姿を見ることができただろう。
ツンツンツン
「うぅ~~~ゅ~~~~」
パタパタ
ツンツンツンツン
「うううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~」
ブンッブンッ
ツンツン……………ヅン!!!!!!
「~~~~ほぅえぁッ!!!!」
それまでの、肌を少し凹ませるような、ささやかな刺激から一転して、その柔らかで滑らかな頬を刺し貫かんばかりの一撃に、クロエは堪らず飛び起きた。
その栗色に染まる両の眼を、丸く大きく見開いて、せわしなく部屋を見回す様子は、どこか小動物を髣髴させて何とも愛らしい。
その脇で、ニヤニヤと邪悪に微笑む少年を見つけて、少女は叫ぶ。
「こんのっ、ばぁかぁ~~~~~~!!!!」
横殴りの枕が、全力で彼の側頭部へ叩きつけられた。




