第二話 魔王とは……
すみません
説明回が続きます……。
なんでこんなことに……。
「――魔王……ですか」
暗い灰色の上下に身を包んだ平民の少年が、告げられた事実をただ確認するように呟いた。
「――うむ、魔王だ……」
青の上下に身を包んだ国王の少年が、ただ事実だけを告げ返した。
――魔王。
曰く、地上を支配しようとする魔族の王。
曰く、見捨てられた人々の怨霊達の王。
曰く、世界に対する最大の復讐者。
最初の“魔王”と呼ばれる存在が倒されてから、二五〇〇年余り。
数多の歴史書に記され……。
およそこの世界に生まれた殆ど全ての子供たちの寝物語として語られ……。
幾多の天才たちの描く芸術の題材になり……。
身の丈は一パーチを超えるとも。
一足で何リーグも駆けるとも。
決して死なず。
決して滅びず。
決して老いず。
幾たび倒れても復活する。
そう世に詠われている。
あくまでお伽話として。
物語の登場人物の一人として。
事実は定かではない神話の一つとして。
真実を知る者は、この世界にほんの一握りしかいない。
魔王と呼ばれる“もの”は実在する。
実在するが、実体はない。
それは、厳密には人ではない。
魔族でも、悪霊でもない。
その正体は、『悪意の精霊』だ。
『悪意の精霊』と呼ばれる者について語るためには、世界の成り立ちから語っていく必要がある。
マナ。
世界に普く存在するとされる、謎の粒子。
いつ、何処で、どうやって生まれるのか。
魔法文化の目覚めとともに、多くの天才たちがその謎に挑み、未だに解決できないでいる。
創造神バアナ=ムーンの息吹とも……。
天地創造の残滓とも……。
異界から漏れ出る彼の地の空気とも……。
曰く――万能にして無力な世界最小の存在者。
目に見えないほど小さく、単体ではなんの力も持たない。
しかし、魔法使いたちはそれを使い、千万の奇跡を起こす。
マナについて知られていることは決して多くない。
分かっていることは、『原初のマナは情報を持っていない』ということ。
情報とはつまり、重量であり、質量であり、熱量であり、速度であり……。
言い換えれば、そのものの存在証明である。自分以外の他者が自分を認識するための指標である。
マナはそれを持っていない。
つまりそれは、情報を書き込むことが出来れば『どんなものにもなれる』ということだ。
事実、マナは世界中の存在者に触れ、変質し、同化する。
純然たる、純粋な、『原初のマナ』と呼ばれる、白紙の状態のマナは殆ど存在しない。
マナは世界を当ても無く漂い、やがて川に似た流れを作る。
時にせせらぎの様に、時に濁流の様に、何百リーグも流れていき、所々に淀みが生まれもする。
淀み溜まったマナは、互いに互いが干渉しあい、影響しあい、変質させあい、情報の濃度を高めあう。
それは多くの場合、山や泉や森だ。
山や泉や森にマナが集まるのか、マナが集まった結果として山や泉や森が生まれたのか、それは分からない。
そんな場所では一定濃度以上の情報を持ったマナが、高い密度で集中することがある。
そこに多くの奇跡的な条件が重なると、マナの塊自体が強い力と意思を持ち、上位精霊となることがある。
上位精霊は、人のごとき姿と意思を持ち、人より遥かに賢く、決して老いることのない、人ならざる存在者。
この世界に人が生まれる、遥か以前に生まれたとも言われている。
彼らは、周囲のマナに強い影響を与え、自分の分身とも言える存在を生み出す。
それが中位以下の精霊たちだ。
意思を持つことは無く、その形は様々で、同一性は無い。この世界の存在者と同じ数だけ存在するとも言われている。
『悪意の精霊』は、世界で最も若い精霊と言っても良い。
人の悪意――妬み、嫉み、恨み、憎しみ、その他多くの暗い感情に触れたマナが集まり、意思を持った上位精霊。
それが、悪意の精霊――魔王の正体である。
故に魔王は、世界の全てを誰より恨んでいる。何故なら、それが彼の者を形作るものだから。
故に魔王は、老いることは無い。何故なら、彼の者は精霊だから。
故に魔王は、倒せない。何故なら、精霊はマナの塊でしかなく実体ではないから。
故に魔王は、必ず復活する。何故なら、人が『人を羨む心』を捨てることはできないから。
魔王として覚醒すると、他の上位精霊と同じように周囲のマナが持つ情報を書き換え、自らの眷属を生み出す。
それらは魔物と呼ばれる。
魔王を先頭とした魔物たちは、人や獣を襲い、その地に満ちるマナを吸い付くし、不毛を大地を作り出す。
世界全てを滅ぼすまで彼らは止まることは無い。
歴史上、魔王が現界(上級精霊として意思を持った)したのはわずかに二度だけ。
二五〇〇年前と、二三八〇年前だ。
二度目の魔王討伐に参加した勇者の仲間の一人が、このエルリエール王国の開祖とされている――が、実際どの程度の付き合いの仲間だったかは、定かではない。
それはともかく。
以来、エルリエール王国は、世界の守護者を務めている。
魔王の復活を阻止する役目を負うことで。
「――で、だ。復活することが判明した以上、『討伐する』必要があるわけだ。“魔王討伐の儀式”を行う。彼女にそのことを伝えてほしい」
あくまで王としての言葉だ。そう、言外に滲ませながら、リチャード(国王)はリチャード(平民)に告げた。
「いくつか質問がございます」
「……申せ」
平民の少年の問いに答えたのは、宰相のチャールズ翁だった。
少年は床に目を落とし俯いたまま、少しだけ口元を歪めた。が、それに気付く者はいない。
「はい、申し上げます。猶予はどれほどでしょうか?また、それに関わることでもありますが、保険は可能でしょうか?」
猶予とは、復活までの時間のこと。
保険とは、子を生すことである。
魔王は精霊である。
精霊とは、実体を持たないマナの塊である。
マナの塊に物理攻撃は効かない。水に剣を突き入れるようなものだ。
精霊に魔法は効かない。彼らのほうがマナの扱いが上手いからである。
では、どうやって魔王を倒すのか……。
あるいは、過去の勇者たちはどうやって倒したのか。
初代勇者は、魔王を倒す旅の途中、神の泉の精霊から“魔剣”『精霊殺し』を授けられた。彼の死後、返却することを条件に。
『精霊殺し』は、マナを切り裂くことのできる剣だった。
彼はこれを使い、魔王を討つことができたのだった。
勇者の死後、彼の剣は仲間たちの手によって泉の精霊に返された。
復活した魔王を討つために、二人目の勇者が神の泉を訪れた。
彼は泉の精霊に告げた。
『魔王は復活してしまう。復活する前に倒すために、この剣をしばらく預けてはくれないだろうか』
すると、精霊はこう告げた。
『それは精霊を殺す力。悪しき者に渡ることは許せません。貴方と貴方の子らのみに従うように致しましょう』
以降、エルリエール王家は、魔剣『精霊殺し』とその使い手たる勇者の血族を保護してきた。
勇者自身が王にならなかったのは、「戦士としては一流でも、王としては……」といったところだ。
儀式自体に危険は無い。
が、万が一を考えて、次代の魔剣の担い手を確保しておく必要はある。
だから、代々の魔剣の担い手たちは、儀式の前に『勇者の血』を受け継ぐ子供を生してきた。
つまり、リチャード少年の問いの意味は、
「当代の担い手にはまだ子供がいない。その後はどうするのか?」
ということである。
その意味を正しく理解したうえで、チャールズ翁は静かに口を開く。
「猶予は、それほども残っておらん。遅くともこの一年から二年以内には……といったところじゃ。以前から指摘自体はあったんじゃがな。当代の担い手の成長を待っておったところじゃ。幼子に担わせるには少々以上に酷じゃろうて。保険に関しても同様じゃ。早くて十月十日。仕込むのに手間取ればさらに伸びようて。儂等も頭の痛いところじゃ」
当代の担い手は明日十六になる少女である。
そして、不幸なことに、彼女は現在確認されている、最後の勇者の血族でもあった。
「そういうことだ。詳しくは彼女も交えて話そう。明日、義妹君も連れて、改めて城に来てくれ。後の話はその時に、兄さん」
リチャード三世としてではなく、友人として。今度はそう告げるように、優しく告げた。
「了解いたしました」
平民の少年は、そう返答し、立ち上がると一礼して部屋を出ていく。
「では陛下。私もこれにて」
今まで言葉をほとんど発しなかったもう一人の列席者――レジアス近衛隊副隊長も、自分の上司である少年に頭を下げ、部屋を出ていく。
部屋に残された王と宰相は「はぁ」と一つ溜息を吐き、それぞれの今日の仕事のために動き始めるのだった。




