第四話 エリス
二人目の女の子登場です。
追記※500ユニーク到達です。読んでくださってありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
「――うおっ!!」
少女が振り下ろしてきた何かを、リチャードは辛うじて剣で受け止めることができた。
何か。
それなりに鍛えてあるリチャードの眼をもってしても、武器の形状が分からないほどの速度で振られた一撃。
受け止められたのは、本当に幸運なことだと言えるだろう。
真っ直ぐに振り下ろしてくるだけの、ただの力技だったことが幸いしたと言える。
「……へぇ、やるじゃない。私の一撃を受け止めたのはあなたが初めてよ」
「……鍬?」
ほぼ同時に口を開いたリチャードと少女だったが、発言の方向に若干の差異がみられる。
よくよく少女を観察してみると、一層混乱を深める状態であることが分かった。
身長はリチャードよりも少し小さいくらい。凡そ三キュビット半。
年恰好は、大体同じくらいだろう。
若干茶寄りのくすんだ金髪に、新緑の青葉のような緑の瞳。
長い髪は後ろで一つに纏められ、強い意思の宿るその瞳は、どこか野生動物のような印象を受ける。
若草色のワンピースの上に着ている前合わせの革のベストは、今みたいな荒事になった時の備えか。
可もなく不可もなく、年相応に成長した身体は、余計な脂肪も過剰な筋肉も付いていない。
十人に聞けば十人が可愛い少女だと認める容姿だろう。
クロエはどちらかと言えば『守ってあげたい』可愛さ。
この少女は『一緒に遊びたい』可愛さ。
ただ、それら全ての、少女としてのパーツを吹き飛ばしてしまう様な衝撃が、彼女の背中から生えていた。
そこにあったのは、三本の農具。
熊手、鋤、大鎌。
どれも木製の柄に金属の刃面を持つ農具だが、荒事にも持ち出せる頑丈さは持っている。
金銭的に余裕のない招集兵――戦争などの際に戦力として半ば強制的に招集される、農家の次男三男などの農家出の兵士――が時折手に持ち、武器として戦場で使っている。
太い、しっかりとした持ち手は、たとえ木製であったとしても、鋼鉄の刃を受け止めるには十分な代物だった。
当然、重量もそれなりに有り、それは決して、目の前の、華奢とは言えないまでも、普通の女の子が振り回せるようなものでは無い。
それを、辛そうな表情を浮かべることも無く振り回す様子と、なにより、感じる手応えからリチャードは衝撃を受けた。
「ぐっ!!」
押されている。
身長も体格も勝っている。なにより、自分は冒険者で、相手は普通の女の子。
それなのに、押し負けている。
手加減しているつもりはない。
なのに、リチャードは既に片膝をつかされ、こちら側を向いている鍬の金属の刃が、眼前に迫っている。
加えられる力は、初撃の物よりも徐々に強くなっている様にすら感じる。
「待てッ!俺たちは盗賊じゃないッ!!話を聞いてくれッ!!」
「盗賊じゃないなら、山賊ねッ!!この村には手出しさせないわッ!!」
(全く、メチャクチャだな……)
さらに強まる圧力に、リチャードは押しつぶされそうになる。
(……仕方ない、か)
――ズドオォンッ!
辺りに響く轟音ともうもうと上がる土煙。
それは、振りぬかれた鍬が地面に叩きつけられた音だった。
「けほっ、けっほッ」
土煙の中で、腕を振りながら煙を晴らそうとしている少女。
足元には中ほどから折れた鍬と、一振りの剣があり、その持ち主であるリチャードの姿はない。
「何処にッ――」
「動くな」
瞬間的に左右を確認しようとした少女に対して、低く静かに声をかける人影。
それは一瞬で二パーチもの距離を跳んだリチャードだった。
彼はすでに矢を番え、弓を引き絞り、少女の身体に狙いをつけていた。
「……まずは落ち着いて話を聞いてくれ。俺たちはこの地に害を為すつもりはない。そこは分かってほしい」
「……わかったわ。話を聞きましょう」
「ありがとう。出来れば座って話したいな。それと……」
リチャードは弓を下すと、視線を少女の向こう、その地面に向けた。
「――ベッドを一つ借りられるか?」
そこには、気を失って倒れている黒髪の美少女がいた。
リチャードがクロエを抱えると、少女は一番奥の家に案内した。
一階部分は店舗になっていて、この家の生活スペースは全て二階部分にあるようだ。
今クロエは、床にテントの外布を敷いて寝かせられている。
「……ここは私の家だから楽にして良いわ」
ありがとう、とだけリチャードは返す。
少女の瞳には、まだ警戒の意思が色濃く出ている。
あれだけ強引に向かってきたことからしても、然もありなん、と言ったところか。
「……どうやらまだ警戒されているみたいだな……。ッと、そういえば、言葉は大丈夫か?」
「えぇ、問題ないわ。父について買い出しに行っていたから、商隊語は聞けるし話せるわ」
商隊語とは、言葉の通り、元々は旅商人たちが使っていた言語である。
事の起こりは、凡そ一五〇〇年前。飢饉と疫病が重なり、交易が活発になったことが、直接の契機とされている。
各地を旅する彼らは、当然の如く、言葉の通じないところに行って、さらには商売の交渉をしなくてはならない。
そのために、いくつかの大手商人組合が寄合い、取り扱う商品や値段交渉に必要な数字・数学に関する言葉を、体系化して纏め、新たに開発した。
初めは小さな動きでしかなかった。
旅商人から旅商人へ。あるいはその取引相手へ。そこからまた別の商人へ、といった具合に、広められ、商取引の場面の多くで使われるようになった。
商人というのは、良くも悪くも強かで賢い。
好まれるのは公平な関係。
商隊語の基本理念は、あなたもわたしも同じ言葉を覚えましょうよ。それなら色々と安心でしょう?――という考え方だ。
実際、その国の言語でしか(あるいはその土地の方言でしか)伝わらない微妙な表現や言い回しで苦労したり、損をしたりという経験は、商人なら一度や二度ではきかないほどある。
その意味では、誰しもに公平であり、同時に複数の言語を習得する煩雑さから逃れられることもあって、この試みは多くの商人から歓迎された。
以降、商人同士での取引は、商隊語でのやり取りが基本となり、大口の契約をする国家機関もまた、商隊語の習得を官吏に義務付けるようになる。
国をまたいだ大規模な商館同士の取引や国家間の貿易でも使われるようになり、次第に、商業以外の場面でも使われだすようになる。
商取引の言語ということは、“商取引される商品全てに固有の名前がある”事になる。
それはすでに、一つの言語体系としての体を成しているということだ。
それに目を付けた国々の多くが、自国民に向けて、商隊語の習得を推奨、ないしは義務化した。
今では多くの国が、商隊語を公用語または第二公用語とし、正式な書類もそれによって管理されている。
エルリエール王国も、商隊語を公用語としている国の一つだ。
この集落の様に、所謂辺境地域に住む人々には、古来の――あるいは伝統的な――言語を話し、商隊語を理解できない者も少なからずいる。
元々、他地域との交流がない、閉じた環境には必要のない言葉だからだ。
商隊語を話せるか?と聞くのは、お前は田舎者か?と聞くのとほぼ同義であるため、あまりマナーの良いこととは言えない。
少なくとも、あのような出会いをした他人同士の間では。
「そうか。気分を悪くしたら申し訳ない。貶すつもりはないんだ」
「良いわ。ここは田舎だもの」
お互いに苦笑しあう。
どちらも、警戒は解けてきているようだ。
「俺の名前はリチャード・ケント、一七才。あっちはクロエ・スルール、一六才。二人とも冒険者で、今は旅の途中だ」
「苗字持ちなのね。あたしはエリス、ただのエリスよ。ここは小さな村だから。町に行くときはエリス・モラレスって名乗ってる。」
モラレス村のエリスさんってことね、と小さく肩をすくめる。
田舎の閉鎖的な村では、全体が同氏族になることも珍しくないため、苗字を持たない(持つ必要のない)者も割と多くいる。
この『モラレス村』もそういった土地の一つなのだ。
「歳はこの間一六になったわ。……で?旅の冒険者さんが、こんな田舎まで何の用?なんかの依頼?」
含み笑いで聞いてくる。
この少女――エリスは、冒険者について、正しい認識を持っているようだ。
「それに答える前に、こっちから質問させてくれないか?」
「……どうぞ」
先ほどまでとは打って変わって、リチャードの真剣なまなざしと威圧感にエリスは押し切られてしまう。
「何故この村には人がいないか、ってのもあるんだが……」
そう、彼の抱いた疑問はそれだけではない。
「なんで、この村に戦闘の跡が無い?」
この村の違和感。
それは、人がいないことではない。
人がいないのに、攻撃された形跡がないこと、だ。
まるで村全体が家財道具一式残して引越ししたような感じ。
当然、そんなことあり得るわけがない。
なにより、例えそうであるなら、エリスがここに残っていることが逆に不自然だ。
何かがあったことは明白だし、それが何かを知ることは、今のリチャードには必要なことだった。
「ゴメン。分からないわ」
しかし、返ってきたのは力のない言葉だった。
「私は父と近くの町に取引に行っていて、帰ってきたらもう誰もいなかったの。父はみんなを探しに行ったけど、まだ帰ってきていないわ。三週前のことよ」
救世歴と呼ばれる暦は、今では世界中で使われている。
魔王を倒した勇者の伝説は世界中のだれもが知っている話なのだから、二人目の勇者が復活した魔王を倒した記念に作られた暦を、誰もが知っていても不思議ではない。
救世歴では、七日を一週とし、週の最後の日を休息日としている。
四週で一か月とし、春の種まきの最初の時期を一の月、秋の収穫を終える十の月まで数える。
十の月の翌日を『感謝の日』と呼び、行く年の収穫に感謝し、来る年の豊作を祈願する日、としている。
残りを二八日で割って三か月。
十三月、三六五日で一年である。
季節の逆転する南半球でも同じ暦が使われているのは、勇者の生まれが北半球で、魔王討伐も北半球だから、という理由だ。
週七日の由来は、創世神話からきている。
創世神バアナ=ムーンは、三日三晩で海を作り、三日三晩で島(大陸)を浮かべ、最後の一日を泉で休息して神界に還った、とされている。
ちなみに、この『神が休んだ泉』こそが、魔剣・精霊殺しを授けた精霊の住む泉である。
「……なるほど。原因に心当たりは?何か予兆のような物とか……」
「無いわね。村を出るまでは皆普通だった。帰ってきたら誰もいなかった。今わかるのはこれだけね……」
そう言って、エリスは肩を落とす。
そろそろ一人で父親を待つのは限界のようだ。
「さて。今度はそっちの番よ。なんでここにいるのか、教えてちょうだい」
気持ちを切り替えた様に、元気な様子で話を向ける。
だが二人とも、それが空元気であることは、なんとなく理解していた。




