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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
不死の研究~モラレス村編
15/33

第三話 第一村人遭遇

「――……。……エ。……クロエ。」

 肩を揺すられて目を覚ます。

 辺りはまだ暗く、体はどこかいつもより重く感じる。


「――んぅ?……交代……?」

「あぁ。済まんが後は頼む」

「ふぁい……」


 クロエはのそりとテントから這い出してくる。

 それと入れ替わりで、リチャードはテントの中で横になると、すぐに寝息が聞こえてきた。

 やっぱり疲れてたのかな……とクロエはボンヤリ考えた。


 四年前。

 勇者として旅立つことが確定した時から、二人で決めた決め事(ルール)


 野営の際の不寝番は、リチャードが夕方から夜中まで、クロエが夜中から明け方まで。

 事情があれば相棒に相談の上、臨機応変に対応。


 冒険者としての訓練と並行して、何度も繰り返してきた野営訓練。

 二人とも、もう慣れた物だ。


 クロエは、焚火の前に座って目尻を擦ると、大きな欠伸をした。

 長い黒髪は所々跳ねてはいるが、気にせずに頭頂部付近で一つにまとめ上げる。

 これから日の出までの時間、一人で周囲の警戒をしなくてはならない。

 一日の内で一番退屈な時間が始まろうとしていた。




 リチャードが起きてきたのは、朝日が昇りきって少ししてからだった。

 この世界に暮らすほとんどの人が、日の出と共に起き、日没と共に眠る生活をしているので、『やや寝坊』と言えるかもしれない。

 もっとも、時期的なことを考えると、今時分は日の出が最も早い時期でもあり、彼らの今いるところから考えてみても、彼らの今の状況を考えてみても、仕方がない、と言えるレベルの物ではある。


「今日はどうするの?」

 クロエは、川で顔を洗っているリチャードの後ろ姿に向けて聞いた。

 リチャードは顔を拭きながら、上着を脱ぎ始める。


「……どうするか。このまま東に進んでみるか。最悪、共和国に入ったとしてもそれはそれで」


 話しながら、川の水で濡らした布を使って体を拭いていく。

 生まれた頃からの付き合いがある少女の前で半裸をさらすことなど、今更躊躇する理由がない――

「~~~~~~っ」

 ――のは、リチャードだけだったようだ。

 クロエは耳まで朱に染めながら目を逸らす。


 ラダメリア共和国は、もともとは海洋独立都市群の集合体で、今やその勢力は北ゴルトリン大陸の東海岸ほぼ全域に及ぶ。

 反面、陸上領土の拡大はほとんど進んでおらず、結果、海岸線を南北に広がる、ひたすら細長い国家となっている。


 海上貿易で多くの利益を上げる貿易国家故に、金はある。

 ラダメリアに潰れてもらわれると困る内陸諸国も多く、内陸国の多くが牽制しあうおかげで、表面上は平和そのものである。

 一点、エルリエール王国との外交問題を除いて。


「俺たちは西方(・・)寄りの顔つきだから、ラダメリアに居ても多分わからないだろうしな」


 西方とは、ゴルトリン両大陸のことを指している。


 エルリエール王国のあった土地は、魔王に率いられた魔王軍に滅ぼされて以降、彼の者が討伐されるまで人が住むことのない土地だった。

 魔王軍の侵略は、アテウ連峰と海によって阻まれ、それ以上広がることは無かったが。


 初代勇者による魔王討伐後、アテウ連峰以東の『色素の濃い人種』と、海を隔てたゴルトリン両大陸の『色素の薄い人種』が入植を開始した。

 そのため、エルリエール王国には、それぞれのルーツを持つ人間が混在している。

 魔王の復活によって一時は人口が減りもしたが、最初の入植から二〇〇〇年以上が経過した現在、国内に人種による差別は起こっていない。


 というか、エルリエール王家の起源はこのどちらでも無く、既に失われた北方民族に由来することからも、人種に対する差別意識は育ちにくいものであると考えるべきだろう。


 また、混血も進み、クロエの様に西方人の特徴である『色素の薄い肌』と、東方人の特徴である『色素の濃い髪』の両方を持つ人間も割と多くいる。


 そして、彼ら二人の容姿は、色素の比較的薄い西方寄りなため、それほど怪しまれることは無いのではないか……とリチャードは考えている。


「――で?ラダメリアまで行って、依頼こなしながら、外交問題の解決を待つ感じ?」

「微妙なところだな。早く着いたらそう(・・)するつもりだ。途中で村か町に出たら考えよう。川沿いに行けば、少なくとも村はあると思う」


 人は水辺の傍に文明を築く。

 古来からそうであったように、今も多くの村や集落、町や街は河川、湖沼などの傍に作られている。

 飲用、炊事洗濯のみならず、運搬、貿易、漁業、農業……。

 人が受ける水の恩恵は計り知れない。


「……よし。朝飯食べよう。今日は距離を稼ぎたい」

「うんっ」


 二人は、昨晩の残り、クマ肉のスープと保存の利く固めのパンを食べていく。

 朝食としてはやや重めだが、(適度とは言えない)運動を前提としているため、問題はないだろう。




 朝食を済ませ、野営の道具を一通り片付けると、二人は東に向かって川を遡って行った。


「ねっねっ、リチャード」

 荷物を背負い、若干前傾姿勢になった状態で、上目使いで声をかけてくる。相変わらず、保護欲を掻き立てられる光景である。

 リチャードは、その様子に若干の心の揺れも無く平然と視線を向けたが……。


「どれくらいで村に着けるかな?あたしはもう、オオカミもクマもコリゴリなんだけど……」

「分からんな。どこかに生活痕があれば良いんだが……。あと、獣には出てきてもらわないと困る。今あるクマ肉は今日中に食べてしまわないと悪くなるし。そうなったら、固いパンと野草と果物だぞ?魚は頑張れば採れるけど、体力使うしな……」


 必要最低限の装備しか持ってきていないため、彼らの持ち物に釣りの道具は無い。

 もっとも、のんびり腰を据えて、狩りだの釣りだのをする余裕もあまりないのだが。

 彼らの目下の目的は、できるだけ早期に、確定した情報が入る大きめの人里にたどり着くことだ。


「うぅ~……。お肉が食べられないのはキツイなぁ。オオカミ肉って美味しいのかな?」

 それに対してリチャードは、どうだろうな、と言ってはぐらかしている。




 それから二人は、のんびりしながら、適当に食べられる野草を採ったり、水を飲みに現れた野ウサギを矢で仕留めたりしながら、川沿いを歩いて行く。


「少し南に向かってるみたいだな……。真東じゃない」

 まもなく南中の高さの太陽は、真横よりも少し前寄りだ。


「――ってか、あたしらにあんまり関係ないよね、それ」

「まあな」


 そんなことを話しながら歩いていくと、左手前方に見える木の小山の向こうから、空に立ち上る一筋の白煙が見えた。


「リチャード!!あれっ!人がいるんじゃない!?」

 クロエが、やや興奮気味に話す。

「人里が近すぎる気もするが……。まぁ、行ってみよう。ただし、気配は消して行く」


 排他的な村の村人とかならばまだ良いが、最悪、盗賊の野営地の可能性もある。

 彼らの任務は、無事にエルリエール王国にたどり着くこと。

 こんなことで命を危険にさらすわけにはいかない。




 そこからの二人は、川岸を離れて木々の生い茂る林の中を歩いていく。

 高い木に日光を遮られてか、全体的に下草は少なく、伸びも弱い。

 朽ち折れた木の表面に生えた苔と、その一帯だけ日光を浴びて高く伸びた下草などが、所々に点在している。

 そういう場所のおかげで、日の光は外から見るよりも随分多く感じる。


「意外と明るくて助かったね。これなら弓でもイケるんじゃない?」

「射線が通らないから遠くは無理。ま、助かっているのは事実だがな」


 矢は消耗品ではあるが、自作できることも考えると、残数を気にする必要は殆ど無い。

 木の枝を使い、鏃は石や骨、矢羽は鳥を捕まえるか、最悪葉っぱでも代用は効く。蔓や木の皮を細く裂けば、それ自体が紐として使える。

 彼らがこのままこの場に放り出されたとしても、年単位で自給自足できるぐらいの能力は既に持っているのだ。


 二人は、大きな音をたてないように、慎重に進んでいく。


(ユラユラと昇る細い白煙から察するに、火事とは違うのか。時間的に、人が〝生活〟しているってことだとは思うけど……)


 リチャードは、声には出さずにそんな事を考えていた。


「もうすぐ森を抜けるよ」

 先を歩くクロエから声がかかる。

「森を抜ける前に匍匐して、少し様子を見よう。森を抜けてすぐそこのはずだから」


 クロエは、一つ頷いて、リチャードに先を譲る。

 二人は林の端まで進み、少し丈の高い草むらの中にしゃがみ込んだ。




「……小さな村だな」

 そこにあったのは、十軒ほどの家しかない、小さな集落だった。

 森の端から集落の入り口までは、二〇パーチ程だろうか。


 そのうちの一つ。

 一番奥の、周りより少しだけ大きな家の煙突から、細く煙が昇っている。


 この時、二人は、何か言葉に出来ない妙な違和感を感じた。


「どうする、リチャード?」


「俺が見てくるから、クロエはここで――」

「待たない」


「……はぁ。分かった。後方警戒を頼む」


 二人はゆっくりと、周囲を警戒しながら、集落に向かっていく。




 腰の高さほどの木製の柵を越えて、集落に入ると、リチャードは違和感の正体に気付いた。


「……人の気配がない」

「ホントだ。誰もいないのかな?」

「あそこまで行けば――」

 分かる――と、一番奥の家を指さして、言おうとした矢先のことだった。




「何しにきたぁ!!この盗賊めえぇっ!!!!」


 飛び出してきたのは、少しくすんだ感じの長い金の髪を振り乱した、一人の村娘だった。

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