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【8月某日】

我々取材班は、生きているならOJTを終えている五十嵐くんにアポを取る。


どうやら彼はまだ生きていた。


この日、我々取材班は朝一でクライシス営業部へと向かう。



〜午前7時30分〜



始業約1時間前に彼は出社していた。


まだ他の社員達の姿はない。



Q.おはようございます。何をしてるんですか?


「掃除ですね。

新入社員は誰よりも朝早く来て、こうして掃除するんです。

他の会社でもこんな感じでしょう。

新入社員は日々成長してます。」


彼は未だ死んだ顔をしながらも、元気に振る舞う。


彼は我々のことを、新入社員のリアルな成長を追っていると、未だに信じてくれてるみたいだ。

だが本音は言えない。


彼は掃除機のスイッチを入れ、デスク周りの掃除を始める。

特に、赤鬼部長のデスク周りは念入りに掃除機をかける。


約4ヶ月。

毎日クライシス営業部の掃除をしてきた彼いわく、赤鬼部長のデスク周りには、少しのホコリも許されないと語る。


だが、同じ新入社員で同期の木原の姿はまだ見えない。



Q.木原は?


「えっと…。

以前お話ししましたが、木原はコネ入社なんです。

そのコネの力で、誰も掃除やれとか言いませんし、本人もやるつもりないみたいですね。」


彼はそう言うと、再び床を見ながら掃除に専念する。


8時15分。


四天王達が続々と出勤して来た。

もちろんその中に木原もいた。


コネの力は恐ろしい。


五十嵐くんは一通りの掃除を終え、デスクに座った。



我々はそこであることに気付く。



Q.あれ?デスクの座る場所が変わりましたか?


「はい。

OJTが終わったんで、正式に担当顧客を持って、正式に直属の上司が付きました。

場所変えは、直属の上司の近くに座るためです。」


しかし、我々は嫌な予感がしていた。


するとそこに木原が現れ、五十嵐くんの正面のデスクに座った。


『ねみぃー。

昨日飲み過ぎたわ。』


そのデスクは向かい合わせで、嫌でも五十嵐くんの視界に木原が入る。


『なんだ木原?

キャバクラでもハシゴしたのけ?』


そこに北村が現れ、向かい合わせな五十嵐くんと木原の隣にある、彼らを見渡せる上座のデスクに座った。


そんなバカな…。


見事に我々の嫌な予感は的中した。


彼は北村と木原に囲まれている。



Q.北村が直属の上司になったんですか?木原も北村が直属の上司なんですか?


「そうです…。

自分と木原の直属の上司が北村になりました。」


ストイッククラッシュ×ヤンキークラッシュ。


我々はこの前の飲み会を思い出した。


一体彼はこれからどうなってしまうのだろうか。


彼が無言でキーボードを叩く中、北村と木原がゲラゲラと笑う。

何だコイツら…。



Q.今の気持ちは?


「そうですね…。

そもそも直属の上司は北村になる予定だったんです。

正直言うと、こればっかりは仕方ありません。

でも、木原がセットで付いてくるとは……。

同じ配下に置かれたんで、木原と絶対に仕事で関わりがあるんです。」


そう言う彼の顔は、悲痛な叫びを訴えているかの様だった。


するとそこに始業のチャイムの音が鳴り、社員全員が黙ってその場に立った。


毎週水曜に行われる朝のミーティングだ。


何やら…いつも以上に、クライシス営業部がおぞましい雰囲気に包まれている。


ここはどこだ?


チャイムの音と共に、どこか別の次元に引き込まれたみたいだ。


一歩足を進めれば、仕掛けられた地雷が爆発するかのようだ。


彼はこのミーティングが1番戦慄が走ると言っていた。

なぜならば、確実に死者が出るからだ。


さぁ今日も1日頑張ろうという爽やかな朝は、おたけびクラッシュと共に始まった。


『あん!?テメェ仕事なめてんのか中川。

これ始末書じゃ済まねぇよな?

あん!?分かってんだろうな?

しっかり首洗って待ってろよクソッ!』


おたけびクラッシュを受けた、五十嵐くんのもう1人の先輩社員である中川さんは、目が左右にキョロキョロと動き、焦点が定まらない。



Q.いつも以上に部長荒れてませんか?


「もちろんです。

昨日は部長が大ファンであるタイガースが負けてしまいましたから。

威力2倍って感じです。

今日はまさに公開処刑日和ですね。」



Q.阪神の勝敗が部長の機嫌を左右するんですか?


「その通りです。

部長は阪神が負けるといつも暴れます。

この前なんか坂井さんを蹴り飛ばしてました。」


…….。


さすがクライシス営業部No.1四天王。


この日は先輩社員の中川さんが生贄になったようだ。

ヒド過ぎる。


他の四天王達も、赤鬼部長の前では全員背筋をピンと伸ばし、絶対的な服従体制を取る。

これぞガッチガチの縦社会。


『五十嵐くんよぉ!

もっとシャキシャキ喋れや!

おめぇさんビクビクし過ぎなんだよ!』


彼にも被害が飛び火したようだ。


そりゃあ、あなたがおたけびクラッシュ炸裂させたら誰だってビクビクしますよ。

我々でさえ怖いっすよ。


ミーティングはおたけびクラッシュにて始まり、おたけびクラッシュにて終わった。



〜午前10時〜



Q.おや?出張ですか?


「はい。

これから北村と中川さんとで山梨です。」


そう言うと、彼は身支度を始める。


『ざけんなよ!頭わりぃな!

さっさとやりやがれクソッ!』


オフィスでは、赤鬼部長がおたけびクラッシュを炸裂させながら、電話の受話器をおもいっきり電話機本体に叩きつけていた。


そんな中、彼はそそくさとクライシス営業部を後にし、山梨へ向かうため社有車へ乗り込んだ。



Q.直属の上司が北村になって、山梨の顧客担当になったんですか?


「えぇ。そうです。

ちなみに中川さんも直属の上司が北村です。

自分の担当は、ざっと70社くらいありますね。」



Q.担当多くないですか?


「多いかもしれません…。

零細部署で人手が足りない分、負担も大きいです。

多分昼食べてる暇あんまりないです。」


やはり彼が思い描いていた、まったり昼寝付きルート営業とは、想像を絶する程かけ離れているみたいだ。

ブラックなら当たり前ってか。


そんな質問をしている中、北村が口を開いた。


『なぁ中川。

ちゃんとプレゼンの資料は整ってるのけ?

木原がそのことで何か言ってたぞ?』


相変わらず北村の眼光は鋭い。


車を運転している中川さんは、後部座席に乗っている北村にジッと睨まれている。


『木原をあんまり困らせるな。

ダメだぞお前。

中川より木原の方がしっかりしてるな。

新入社員以下はダメだろ?ハハハッ!」


北村は木原を引き合いに出し、ストイッククラッシュを発動させる。


中川さんの目は左右にキョロキョロしている。



Q.中川さんが北村にやられてますが?


「いつもこんな感じです。

最近中川さんの目が良く左右にキョロキョロしてるんで、そっちの方が自分としては心配です。

中川さん、派手に部長にやらr……」


『五十嵐。

お前は車買ったのけ?』


北村が唐突に彼に話しを振ってきた。


「いえ、買ってません。」



Q.車買うんですか?


「そんなお金ありません(笑)

車持ってなきゃ営業マンじゃねぇとかうr……」


『車買わなきゃダメだろ!

俺らが若いころは、車持ってるだけじゃなくて、改造してて当たり前だったんだからよ!

とりあえずマイカー持ってないヤツには、社有車運転させねぇからな!』


……。


んなメチャクチャな。


どうやら北村は車の話しとなると、異常に熱くなるようだ。


我々は、その後も続く北村の車話しを聞いてたが、昔は走り屋仲間達と各地を滑走してたみたいだ。


彼は車を買わされてしまうのだろうか。



〜山梨〜



Q.着きましたが、どこに向かうんですか?


「分かりません。

聞いても到着時間によるの一点張りでした。」


『行くぞ五十嵐!

さっさと着いてこい!』


目が左右にキョロキョロしている中川さんと共に、彼は北村の後に続いた。


『それじゃぁ中川。

五十嵐にやり方教えてやれ。

俺はやることがあるから。』


北村は彼と中川さんを置いて、1人でどこかへ歩いて行ってしまった。



Q.北村はどこに行ったんですか?それにこれから何をするんですか?


「北村は打ち合わせがあるらしく、良く分かりませんが、別の場所へ向かったみたいですね。

そして、これから自分達はメンテナンス作業みたいです。

一応仮にもメーカーなんで、営業でも機械の修理すること多いみたいなので。」


そう言うと、彼は工具箱を社有車から取り出し、中川さんと共にメンテナンス現場へと向かう。


我々はいなくなった北村が、実は安田みたく喫茶店でまたーりしに行ったのでは?と、瞬時に考えがよぎった。


まぁそんなことは後で分かるだろうと思い、メンテナンス現場へと向かう彼らの後を追った。



Q.なんだか複雑な構造ですね?これなんていう部品ですか?


「分かりません。

多分重要なものには違いないですね。」



Q.メンテナンスのやり方って難しいんですか?


「分かりません。

機械の内部は全然いじったことがないです。」



Q.その手に持っている、特殊なドライバーは何て言うんですか?


「分かりません。

ただ特殊なだけに、特殊なネジを回せるということだけは分かります。」


……。


おいおい。


我々は何も知らない新人を、いきなりメンテナンス作業に駆り出して良いのだろうか?と思っていた。


彼いわく、分からないことは質問しろと四天王達に良く言われてたみたいだが、分からないことが分からないらしい。

これぞブラック教育。


なので、彼は中川さんからメンテナンス作業を教わる。


そして、明日の本稼働に間に合わせるため、彼と中川さんは2手に分かれて作業をすることになった。



Q.いきなり1人作業ですけど、メンテナンスできそうですか?


「できる気がしません。

でもやるしかないんです。」


そう言うと、彼は特殊なドライバーを使い、どうにでもなれといった感じで、内部にある機械をイジリ始めた。


ビーッ!ビーッ!


突然機械から音が鳴り始める。



Q.何か鳴ってますよ?


「何でしょうね?

まさかの機械がイカレたってヤツですかね?」


彼はその音を聞いて、突然笑い始めた。


へっ…?


機械がイカレて、彼もイカレたみたいだ。


音を止めようと、手当り次第に機械をイジリ回す。


すると、その音を聞いて遠くから中川さんが現れた。


何とか中川さんにその場を助けてもらい、彼は次の機械へと向かう。


今日中にメンテナンスしなければならない機械はまだたくさん残っていた。


彼はやり方が分からないので、何度も中川さんに助けてもらう。


そんなことをしてると余計に時間がかかり、作業は一向に進まない。


現場は閉塞感があり、8月の外の気温が涼しいくらいに暑苦しく、容赦なく体力を奪う。


もう日も暮れてきた。


そんな時、彼の携帯が鳴った。

北村からだ。


しばらく彼は北村と会話し、電話を切った。



Q.何でしたか?


「北村はこれからもう一件取引先回るから、2人で作業終わらせろって言ってました。

後、そのまま新幹線で帰るそうです。」


我々はそれを聞いてハッとした。


完全犯罪だ。


北村は喫茶店の匂いを漂わせることなく、山梨から去っていくつもりだ。


しかし、たとえ喫茶店ではなく、実際に取引先に行っていたとしても、メンテナンス作業をしてる2人を放置して、1人で先に帰る気まんまんではないか。


どこまでやり方がストイックなんだ…。


我々は山梨で、北村の真のストイッククラッシュを目撃した。


それからというもの、結局メンテナンス作業が終わったのは23時だった。


昼抜きで作業を始め、そのまま夕飯を取ることもなく作業をしていたので、彼と中川さんはゲッソリしていた。


彼と中川さんは酷使した体を引きずりながら、社有車に乗って山梨を後にした。


途中、中川さんの居眠り運転に我々は恐怖し、渋滞にはまりもしたが、無事に帰ることができた。


その日、彼が自宅に着いたのは25時を回っていたという。


しかし、それでも手当なんかは一切出ない。

当たり前だがサービス残業だ。


それに中川さんいわく、以前は休日もなしに1週間以上もこんな感じの日が続いたという。

おそろしや。


そして彼は、クライシス在職中に、こんな感じのメンテナンス作業を良くやらされたという。


だが…ブラック企業のブラックさは、まだまだこんなものではないと、我々はさらに衝撃の事実を知っていくこととなる。

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