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【6月某日】

我々は五十嵐くんの安否とクライシスのブラックをさらに探るため、彼にアポを取る。


どうやら彼はまだ生きていた。


明日はクライシス営業部No.3四天王、パワー系上司の安田と恐喝被害者の坂井さんの3人で、静岡まで出張だという。


そこで、我々もそれに動向させてもらうことにした。



〜午前6時30分〜



Q.朝早いですね?何時起きですか?


「5時起きですね。

出張行く時はほとんど早出になるんで。

まぁ皆仕事が大変なのは一緒なんで、朝早いのは普通です。

ってか前日終電まで激しく飲まされて、吐きながら出勤ですよ…。」


そんな彼の右手にはウコンの力が握られていた。


何が楽しいのか、彼はウコンを飲みながら笑っていた。


話しによると、安田含む四天王達にコールをかけられて飲まされたそうだ。

コールって…えっ?学生!?


彼はまだ気持ちが悪いのか、今にも口から何かを吐き出しそうだった。


すると会社前に坂井さんが社有車で現れたので同乗し、坂井さんの運転で、クライシス営業部No.3四天王、パワー系上司の安田を自宅まで迎えに行った。


『うっす…。』


安田は朝からツライ表情だった。


昨日の夜遅くまで続いた飲み会で寝不足なのだろうか。


そんな安田を見て、翌日早いならおとなしく早く帰って寝ろよと、我々取材班はヒソヒソと話していた。


『ちょっと寝るわ。着いたら起こせ。』


安田はそう言うと、後部座席でイビキをかいて寝始めた。



Q.安田のイビキがうるさいんですが?


「すみません。

今話しかけないでください…。」


彼はものすごく気持ち悪そうな顔をしている。


どうやら車の揺れでリバース寸前みたいだ。


我々は彼の状態を察し、空気を読まず1人だけ爆睡する、イビキのうるさい安田を白い目で見る。


取材班の1人がそんな安田にスカウターを使った。


…たった29?

(スーパーサイヤ人の悟空は1億5000万)


我々はすぐにその数値が何を示すのか理解した。

なるほど。


安田はパワー系上司なだけあって、その体格はかなり太い。

というか完全にデブだ。


29。


スカウターの数値の意味に、我々取材班の誰1人異議を唱えなかった。


安田は奥さんと子供がいるのに、競馬で30万負けるパワーも持っていると、彼は吐きそうになりながらもひっそり教えてくれた。


そしてこの何とも言えない状態が続き、特に会話もないまま9時に静岡に着いた。



〜静岡〜



Q.これからどこへ?


「分かりません。

明日出張で静岡としか聞いてません。」



Q.なんか適当過ぎじゃないですか?


「まぁそう言われればそうですね。

配属されてから社内でも出張でも扱いが雑な気がすr…」


『行くぞ五十嵐!』


我々はまだ眠そうで、顔色の悪い安田に呼ばれた彼の後を追った。


安田は体型に似合わず歩くのがとても速い。

ブラック企業の社員にはゆとりがないのだろうか。


そして目的地に着く。


どうやら取引先との商談らしい。



Q.…あれっ?安田が見当たりませんが?


「なんかさっき急な電話が入ったらしく、坂井さんに商談任せてどこかに行っちゃいました…。」


坂井さんはというと、安田さんは今日来られないんですかと聞かれながらも、必死に取引先の人と話している。

見積交渉だろうか。


我々は大丈夫なのだろうかと、坂井さんを心配そうに見つめる。



Q.そういえば、何やらものすごい早さでメモを取ってますが?


「えぇ。とにかく話しをメモるんです。

じゃなきゃ新人は仕事にならないんです。」


彼はまだ二日酔いが抜けないのか、苦しそうな表情で坂井さんと取引先の人との話しをノートに書き殴る。

既に1ページも埋まっている。



Q.我々が話しを聞いててもさっぱり内容が分からないんですが?


「えぇ。自分もさっぱり分かりません。

出張の時はまだ基礎すら分かってないのに、応用の話しをひたすらされてる感じですね。

自社製品はメカなんで、なおさら複雑です。

でもメモ取らないと、漢字間違えただけでドヤやれる、あの細か過ぎる報告書が書けないんです。」



Q.安田は内容を教えてくれないんですか?


「パワー系上司ですからね。

聞いても何言ってんだか分からなくて、結局自分で考えるしかないんです。

そもそも今この場にいないんで論外です。」


彼は死にそうな顔をしながらメモを取り続ける。


今は邪魔になると思い、我々は必死な彼を静かに見ていることにした。


そして長い商談が終わるころには、彼に死相が浮かんでいた。


彼は今日死んでしまうかもしれない…。


商談が終わったそんな時、坂井さんの携帯にナイスタイミングで安田から電話が入った。


安田は坂井さん達が今どこにいるかを聞く。


そしてコーヒーとタバコの匂いをまとった、顔色の良い安田が現れた。


その匂いで、我々は一瞬で安田が喫茶店にいたことを察知した。


寝ていたのだろうか。

目ヤニが付いていた。


さすがパワー系上司といったところだろう。

商談より自分の睡眠欲を優先するその姿勢に、我々は驚きを隠せなかった。


安田は先程の商談内容を坂井さんから聞き、見積提示を誤ったことを知る。


『坂井!また部長に怒られっぞ!

ってかお前のミスだからメシおごれ!』


安田の必殺技パワークラッシュが発動した。


話しによると、赤鬼部長のおたけびクラッシュと同様に、安田はパワークラッシュという必殺技により、権力で全てをねじ伏せる強者らしい。


安田のその一言で、お昼は坂井さんのおごりとなった。


我々は、このミスは上司であるあなたが商談にいれば回避できたのでは?と、心の中でつぶやいた。


その後、安田は人通りの激しい大通りで平然と歩きタバコをし、そこら辺に火が消えていないタバコをポイ捨てする。


ツバを何回も足元に吐いて、わざとやってるか分からないが、後ろを歩く五十嵐くんや安田さんに踏ませようとする。


杖をついたおばぁちゃんや小学生を分厚い腹で跳ね除ける。


安田は大いにそのパワーを発揮していた。


我々はおそろしいパワーを使う安田目撃してしまったようだ。


それを見ていた取材班の1人が、安田の吐いたツバを避けながら、そのパワーを少しは商談に使えよとつぶやいていた。

確かにごもっともだ。


また、安田の後ろに五十嵐くんが死にそうな顔をして歩いていたが、特に言葉をかけることもなく、メシ何食いたい?よし、ラーメンにしよう!と自問自答していた。



Q.大丈夫ですか?


「はい…。なんとか。

新入社員が頑張ってる姿をしっかり取材してもらわなきゃいけませんからね…。

でもまだ酒が残ってますねこれ。」


そんな彼の目の前には二郎系ラーメン的な、デカ盛りラーメンが置かれていた。



Q.ビッグなラーメンですね?なんかこれ、豚のエサみたいじゃないですか?


「……そう…ですね。」


小声で彼はそう言うと、目をつむって深呼吸をし、ラーメンをかきこむ様にすすり上げた。


『いいか五十嵐!営業マンは体が資本だ!

うまいだろ!ガッツリ食べろよ!

大盛りにしてやったし!おごってやるから!』


彼はゴフゴフと吐きそうになりながらも、必死にラーメンをすする。


我々はおごるのは坂井さんであって、安田ではないとツッコミを入れてやりたかった。


しかし、二日酔いで必死にデカ盛りラーメンをすする彼を見ていたら、なんだかいたたまれない気持ちになったので、我々はお店の外で待ってることにした。



Q.生きてますか?


「…………はい。

上司の命令は絶対なんです。

たとえ気持ち悪くても、上司が食えと言ったら食わなきゃならないんです……。

新入社員は…今日も成長して…ます……。」


安田のパワークラッシュを受けた彼は瀕死状態だった。

五十嵐逝ったぁぁぁぁぁぁぁ!


一方安田は、デカ盛りラーメンをたいらげ、とても満足した様子だった。

出ていた腹がさらに出る。


こうして彼はお腹を抱えながら、午後の営業活動へと旅立って行った。


彼が安田に聞いたところ、今日のスケジュールは詰め詰めだそうだ。


そしてほとんどの出張がハードスケジュールだと彼は言う。


北海道、宮城、千葉、群馬、長野、静岡、大阪etc…。


とにかく週の半分は、出張で色んなところに吹っ飛ばされるみたいだ。


我々はふと、彼が入社前に言っていた言葉を思い出した。


「まったり昼寝付きルート営業ごちそうさまです!」


彼はそんな理想と現実のギャップの中で、今何を思うのだろうか。


『五十嵐!お前給料入ったべ?

お前の金で飲み行くか!

俺は誰の金でも飲み行ければ良いんだからよ!』


『金あんならなんかおごれ!』


『教えてもらわなくても分かれ!安田さん敵に回すとどうなるか知らねぇぞ?』


その言葉を発した安田の顔は、冗談というニュアンスを一切感じさせず、真顔だった。


我々は静岡でおそるべきパワークラッシュを目撃した。


そして彼はその日、安田のパワークラッシュを全身で喰らい続け、出張帰りにまた飲みに連れてかれた。

仕事がどんなにハードでも、酒は絶対に譲れないものらしい。


もう飲みは3日連続だという。

しかし、彼はこれが社会であって、普通なのかもしれないと話す。


彼は後日我々に、次の日が休みでなんとか命を救われたと語った。


ひょっとしたら、彼はこの会社がブラック企業なのを、もうとっくに気付いてるのかもしれないと、我々は感じていた。


我々はお土産に買ったお茶を入れてすする。


静岡…。


それは静岡出張での安田のパワークラッシュを彷彿させた。


ノンフィクションノベル〈What is Real?〉の制作に向け、我々のリアルなブラックさの取材は続いていく。


彼も我々が、新入社員のリアルな成長を追っていると完全に信じているので、クライシスでの仕事を続けていく。

…のかもしれない。


彼は後に、この頃からクライシスの退職規定を読み始めたと、我々に語ることとなる。

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