【5月某日】
入社して早1ヶ月を迎える。
彼は生きてるだろうか…?
すぐに辞められてしまったら、こちらもブラック企業のリアルなブラックさを取材できなくなってしまう。
そんなことを思いながら、我々は彼にアポを取ることができたので、さっそくクライシス営業部へと向かう。
相変わらず建物は黒い。
Q.営業部に配属されてからいかがですか?
「………」
返事がない。
ただのしかばねのようだ。
Q.あのーっ、大丈夫ですか?
「………」
返事がない。
ただのしかばねのようだ。
取材班は呪文を唱えた。
Q.ザオリク!
(ドラゴンクエストで、死んだ仲間を蘇らせる呪文)
「はっ…!?」
彼は目を見開き我々を見た。
「あっ!取材班の皆さんじゃないですか!
お久しぶりです!
自分は元気にやってますよ!」
彼は我々のことを、新入社員の成長をリアルに追っている取材班だと完全に信じているので、すかさず元気な姿を見せる。
本当はブラック企業のリアルなブラックさの取材なのだが。
言えねぇよ!
Q.さっき顔が死んでましたけど大丈夫ですか?
「嫌だなぁー。
そんな訳ないじゃないですか。
今日はとことん新入社員の成長を取材してください!」
彼はキラキラとした笑顔を我々に見せる。
しかし、頬は上がっているが、目に光がないことに我々は気付いた。
Q.何かあったんですか?
「えっ!?どうしてですか?
ご覧のとおり今日も仕事をこなす企業戦士ですよ!ハッ…ハハハッ!」
そう言うと、彼は無表情にパソコンを操作し始め、マニュアルを見ながら見積書を作成する。
彼いわく、7日間の研修を終え、ヤンキー同期と共に無事営業部に配属されてしまい、これから8月まで営業に動向したりするOJTが続くという。
営業部は全員で10名。
俗に言う零細部署ってヤツだ。
年間休日は121日。
休日数だけ見ればブラックではないが。
そして、我々は今日始めて営業部に足を踏み入れたのだが、なにやら得たいの知れぬ空気をそこで察知していた。
……。
オフィスはシーンとしていて、キーボードを叩く音だけが響き渡っていた。
何か言葉を発すると、どこかに仕掛けられたトラップが発動しそうな感じだった。
我々はやはり何かがおかしいと思い、少しその場から離れようとした時だった…。
『おい!!ごらぁ!!』
!?
突然のダイナミックな声にビクっとした。
『テメェ何だこの報告書はよぉ!
おい!聞いてんのか坂井!』
その怒鳴り声の先には、五十嵐くんの先輩である坂井さんがいた。
坂井さんはデスクを立ち、そのダイナミックな声を上げた人物の前ですかさず頭を下げる。
『おめぇさんよぉ!
報告書の漢字間違ってんじゃねぇかよ!あん!?
頭わりぃな!
3000円だバカ坂井!』
……。
クライシス営業部No.1四天王、赤鬼部長のおたけびクラッシュ。
我々はついにクライシスの諸悪の根源とされる、赤鬼部長をその目で捉えた。
話し通り、キレると赤鬼の様に顔が真っ赤になっていた。
赤鬼部長のおたけびクラッシュは続く。
これがクライシス営業部No.1四天王と呼ばれる由縁か。
取材班の1人がすかさず赤鬼部長にスカウターを使った。
(ドラゴンボールに出てくる戦闘力を測るアイテム)
…ボーンッ!!
しかし、戦闘力が高過ぎて、スカウターの数値が振り切れてしまい、スカウターは爆発した。
そんなバカな…!?
Q.すさまじい怒鳴り声…ってもんじゃないですね。3000円とか言ってましたけど、何のことですか?
「………」
彼は無言で先輩社員である坂井さんを小さく指差した。
すると、坂井さんがおもむろに財布を取り出した。
嘘だろ!?
『坂井はホントできたヤツだな!
自分のミスは自分のお金で埋め合わせるなんて!
腹も太けりゃ心も太い。
これがホントの太っ腹!ガハハッ!』
赤鬼部長のその一言で、突然ブハッと笑い始める社員一同。
ヤンキー同期も笑っている。
五十嵐くんは終始無言だ。
坂井さんはそんな中、苦笑いをしながらも、赤鬼部長に3000円を差し出した。
『おっ!坂井!
今月はもう累計2万もいったぞ!
ホント坂井はやるな!
今日はお前の金で飲み行かせてもらうわ!』
リアル過ぎる光景を目の当たりにし、我々はその場に立ち尽くす以外何もできなかった。
お金の恐喝。
五十嵐くんいわく、坂井さんは真面目で良い人だと言っていた。
なのにこの仕打ちか…。
ちなみにこれは違法です。
Q.…………。
「えっと…。
さっ、さぁ仕事に励みましょうか!」
我々はクライシスの驚愕の真実を目撃してしまったようだ。
『ちょっと五十嵐くんよぉ!』
「はっ…はっ…はい!」
『さっきの見積できたか?
…あん!?まだだ?
もたもたしないでとっととやれ!』
おたけびクラッシュまでいかないが、彼も赤鬼部長の制裁を受けているようだ。
彼は必死にマニュアルをめくりながら見積書を作成する。
どうやら新人にいきなり見積算出させているらしい。
もちろん…そんなことをさせるクライシス営業部の考えは、新人をじっくり育てようというものではないと見受けられる。
スーパーで例えるなら、店長通り越してオーナー的な能力を欲しているみたいだ。
んなムチャな…。
『まだか五十嵐くんよぉ!
理解力なさ過ぎなんだよオメェ!
仕事は教えてもらうんじゃなくて自分で学ぶんだよ!』
我々はふと、彼が入社前に言っていた言葉を思い出した。
「皆さんとてもニコニコしていて、良い人達だなと思いましたね。」
アレは見せかけだったのか。
確かに坂井さんのお金で飲みに行けるので、皆ニコニコしているのは間違いないが…。
体育会系…いや、ヤクザ系。
そんな彼は今何を思うのだろうか?
それに彼いわく、営業部の歓迎会で酒を飲まされ記憶をなくし、気付いたら二日酔い付きで朝だったという。
へぇー。
記憶なくす程飲ま…えっ?
だが彼の命はまだ無事だ。
その命が続く限り、ノンフィクションノベル〈What is Real?〉の制作に向け、我々のリアルなブラックさを取材する戦いも同時に続く。
彼は後に、営業部に配属された時点で、クライシスがブラック企業なことに気付いていたと、我々に語ることとなる。