【12月某日part.2/2】
この日、我々は赤鬼部長との退職を左右する面談を見届けるため、朝一でクライシス営業部へと向かう。
建物は暗黒そのものだ。
我々がそこに到着すると、いつも通りオフィスの掃除機をかけている彼がいた。
Q.いよいよ赤鬼部長と面談ですね?
「はい…。
今日は何が起こるか分からないんで、安定剤さんを10錠程飲んできました。
そのせいでちょっとフラフラしてます……。」
そんな彼の顔はホワーンとしていた。
薬中かよ。
安定剤さんは、食後1錠×3回が正しい服用の仕方らしいが、大丈夫だろうか?
彼は掃除機をかけ終わるとデスクに座った。
そして業務が始まり9時30分を過ぎた頃だった。
静まり返ったオフィスの中、北村が立ち上がる。
北村は赤鬼部長のデスクに向かい、応接室でお話しがありますと言った。
それを聞いた赤鬼部長は立ち上がり、北村と共に応接室へと向かう。
北村は応接室へと向かう途中、不敵な笑みを浮かべながら彼を呼んだ。
Q.いよいよですね?
「はい。
行ってきます……。」
最終決戦が始まる。
~応接室~
『んで?話しって何だ?』
赤鬼部長は上座に座り、下座に北村と彼が並んで座る。
彼の目の前には赤鬼部長が腕を組んで構えている。
『えっとですね……』
さっそく北村が、彼がやりたいことがあるので会社を辞めさせて欲しいと願い出たことを、テキパキと赤鬼部長に告げる。
……。
それを聞いた赤鬼部長は、腕を組んだまま、目を閉じて考え込む様に下を向く。
沈黙。
張り詰めた空気が応接室を包む。
彼は頬の汗を拭い、赤鬼部長がどう出るか、心拍数が高まっているように見える。
しかし、赤鬼部長は依然腕を組んだまま、目を閉じて下を向いている。
彼は赤鬼部長から視線を動かさない。
蹴りか?
パンチか?
おたけびか?
彼は何が飛んで来ても良いように、全身に気を張っているようにも見える。
我々も一体これから何が起こるのだろうかと、固唾を飲んでその場を見守る。
そしてついに、長い沈黙が破られる。
赤鬼部長が目を見開いた。
そのまま顔を上げ、真っ直ぐに彼を凝視する。
……。
もはや我々でさえ、心臓をわし掴みにされている気分だ。
赤鬼部長は、この張り詰めた空気の中、ついに第一声を発した。
『何で辞めたいんだっけか?』
赤鬼部長は彼を凝視しながら、無表情で言った。
それは北村が説明した退職理由を忘れたわけでもなければ、とぼけているわけでもない。
『おめぇさんの口から辞めたい理由とやらを聞きたいね。』
赤鬼部長は至って冷静な口調で彼に言う。
冷静なのもまた怖い。
その言葉を聞き、まずはおたけびクラッシュが発動しなかったのを安堵したのだろうか。
彼はひと呼吸置き、赤鬼部長に怯えながらも退職理由を説明する。
『……はぁ…そうですか。
ならさっさと辞めてもらって結構です。』
退職理由を彼の口から聞いた赤鬼部長は、顔をしかめながらもアッサリと退職許可を出した。
『去る者は追わず。
辞めてぇならさっさと辞めてくんな。
テメェみてぇなヤツがいると、会社としても迷惑なんだよ。』
『やりてぇことがあるんだったら、最初から入社しなきゃ良いじゃねぇか。
おめぇのしたことは裏切り行為だぜ?』
『ホントにやりてぇことあんのか?
ただ逃げ出してぇだけじゃねぇのか?
俺はそう思ってるからな。』
『前にもおめぇみてぇにすぐ辞めちまうヤツがたくさんいた。
どうしょもねぇな。』
『もしかして職場の環境のせいにしてんのか?』
『おめぇちゃんと車買ったのかよ?
買ってない!?話しになんねぇよ!』
『俺は人にどう思われてるかなんか一切気にしない。
とことん言いてぇこと言うだけだ。』
『どこもおめぇなんか雇ってくれやしねぇよ!
まともな会社行けると思ってますか?』
『これから先はもっと地獄が待ってるから覚悟しとくんだな。
その覚悟はおありでしょ?』
『アンタの成れの果ては坂井みたいなもんだ。
まぁせいぜい頑張って下さい。』
『辞めることに俺は異議ねぇな。
あん!?テメェが異議ねぇって言う話しじゃねぇだろうがよ!』
赤鬼部長の話しは、長々と30分程続いた。
彼は完膚なきまでに圧迫され、言葉に詰まりながらも、何とか退職できることが決まった。
もちろん引き止めなんかありはしない。
彼は応接室を出ると、退職までに残務を片付けるため、デスクへと向かう。
Q.退職決まりましたね?
「なんとかやり抜きました…。
最初はめちゃくちゃにされると思ってたんですが、嫌味を散々言われる程度で良かったです。」
そう我々に言うと、彼は肩から大きく息を吐いた。
後は立つ鳥跡を濁さず。
言われたことをやり切るまでだ。
彼の退職日は翌日。
普通だったら2週間~1ヶ月は会社に残らなければならないが、赤鬼部長がさっさと辞めちまえと言うので、まさかの翌日となった。
短いものではあったが、明日がブラック企業クライシスの最後の出勤となる。
我々は、最後の最後まで彼を追っていく。
そして最後の最後までリアルなブラックさを取材していく。