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【11月某日】

ヤンキー同期木原との、タイムリミット付き10社訪問を無事にこなした五十嵐くんは生きているだろうか。


ひょっとしたら、赤鬼部長にもう殺されたかもしれない。


クライシス営業部No.1四天王。


中途社員しかいない営業部で、ただ1人唯一の新入社員時代からの生き残りだ。


クライシスは生きるか死ぬかの世界。

社員は勤続年数が極端に長いか短いかのどちらかだ。


そんなサバンナの生き残りである赤鬼部長は、採用した新入社員を数ヶ月単位で全員抹殺してきてる強者の中の強者でもある。


まだ彼の下で1年以上続いた強き新入社員はいない。


数々の新入社員が、短期職歴とオマケ付きで、社会の泥水を飲みながら散っていった。


病院送り・鬱etc…。


しかも、赤鬼部長の権力は偉大だ。

その絶対的な権力に、クライシスで逆らえるものはいないという。


次は社長の座を狙ってるのだろうか。

健康診断に引っかかった社長を見て、満面の笑みを浮かべていたみたいだ。


ヤツが社長になってしまったら、独裁的軍事パレードが毎日繰り広げられるだろう。


五十嵐くんも、そんな赤鬼部長に会社を辞めた方が良いと、明らかに気に食わない感じで言われたらしい。


我々取材班は、何やら不穏な空気を察知したので、すかさず彼にアポを取る。


どうやら彼はまだ生きていた。


さっそく我々取材班はクライシス営業部へと向かう。

建物は黒々としている。



~午前9時~



彼は、北村と木原に囲まれているデスクにいた。


顔が死んでいる。


『何で分かんねぇんだ?なぁ!?

北村さん困らせるなよ!

ハハハハッ!』


『木原の言うとおりだ。

ちゃんと資料見たのけ?

ハハハハッ!』


彼はストイッククラッシュ×ヤンキークラッシュを喰らっていた。


彼いわく、木原が彼のミスを北村にチクり、ゲラゲラと2人して笑うことがしょっちゅうらしい。


しかしそれも仕事だと思い、彼はそれに必死に耐えているみたいだ。

コネのあるヤツと上司に逆らったら仕事ができなくなると。


我々はそんな彼に近寄る。



Q.お元気ですか?


「………」


返事がない。

ただのしかばねのようだ。



Q.前にもこんな状態ありましたよね?


「………」


返事がない。

ただのしかばねのようだ。


取材班は呪文を唱えた



Q.ザオリク!


「………」


しかし、呪文は効かなかった。


!?


我々は、これは緊急事態だとすぐさま認識した。


まさか、もう永眠の時が来てしまったのだろうか?


顔が死んでいるだけではなく、ホントに死んでしまっているのだろうか?


ノンフィクションノベル〈What is Real〉は、ここまでの話しをまとめて終わりなのだろうか?


我々が生存確認をしようと、彼の肩を揺らそうとしたその時、彼の胸ポケットに何かが入ってるのが見えた。



我々はそれを取り出す。


!?


瞬時にそれが何かを見極めた。

まさかね。


我々はそれをさっそく彼に使う。


「……んっ?」


彼は蘇った。



Q.あのっ…まさか…ついに一線超えましt…?


「あっ…あぁぁぁぁぁ!

取材班の皆さんじゃないですか!

ビックリさせないで下さいよ!

今日も自分は元気です!

仕事頑張るぞぉぉぉぉぉぉ!」


……。


彼は異常なまでに明るい。

もちろんアレを使ったからだ。



Q.あのっ…胸ポケットに入っていたこれって?


「!?」


我々がそれを彼に見せる。


彼は慌てて胸ポケットを触るが、バレてしまったのかという顔をし、開き直って我々に言った。


「あっ…その…えっと……。

それは安定剤さんです!」


彼はキリッと目を輝かせた。



Q.安定剤さんとは?


「元気になっちゃう魔法の薬です!

取材班の皆さんもいかがですか?」


彼はかなりのハイテンションで答える。

ちょっ、おま…。


我々は、この時程彼の寿命がもう長くないと思ったことは他にない。


そろそろ我々の取材もクライマックスに差しかかろうとしているのかもしれない。



Q.最近何かありましたか?


「ありまくりに決まってるじゃないですか!

北村と木原に集中攻撃され、安田にもパワーで押し切られ、飲み会を避けてたら白い目で見られ、部長に会社辞めろ的なことをまた言われ、血圧も下がって……」


彼は異常なまでの明るさで、長々とブラックな話しを続ける。


我々が新入社員のリアルな成長を追っているという建前を、彼は忘れてしまっているのだろうか。



Q.えっと…とりあえず今日は何を?


「これから機械の解体練習です!

良ければ取材して下さい!

この命続く限り!」


彼は元気になる魔法の薬、安定剤さんのせいなのか、シャキッと勢い良く立ち上がり、メンテナンス部に向かった。



Q.何か色んな機械がありますね?


「えぇ!

色んな種類のサンプル機械があるんで、実際に現場でメンテナンス作業できるよう解体練習ができます!」


メンテナンス部は、今にも倒れそうな人達がたくさんいて、ガチャガチャと機械音だけが響いている。


そんな中、機械をイジるくたびれた1人のオジさんが何かを言っていた。


『今日は寝る時間あるかねぇ…。』


どうやら、メンテナンス部も過酷な部署のようだ。


我々はメンテナンス部の社員達を見ていたら、ここはどこのブラックIT企業なのかとすら思ってしまった。

そのうち死人が出るな…。



~午後12時~



機械の解体練習を終えた彼は、営業部に戻っていた。


昼休みのチャイムが鳴ったが、誰も席を立とうとするものはいない。


全員何かに追われているといった感じだ。


そんな中、薬の効果が弱まって、死んだ顔が浮き出てきている五十嵐くんが席を立った。


!?


すると、赤鬼部長がものすごい形相で顔を真っ赤にし、目を異常なまでに吊り上げながら彼を凝視する。


それに気付いた五十嵐くんは、一瞬顔が蒼白した。


しかし、赤鬼部長は五十嵐くんと視線が合うと、スッと顔を元に戻し、パソコンの画面を再び見つめる。



Q.何かものすごい凝視されましたが?


「はっ、はい……。

多分俺より先に昼休みに入るなっていう視線でしょうね……。

ビッ、ビックリしました……。」


彼の息づかいは荒い。

手が震えている。


中川さんみたいに目もキョロキョロしている。


大丈夫だろうか?


我々はそんな彼と共に食堂に行き、無言で前を向いて会社の弁当を食べる社員達を見つめる。


無言で弁当を食べる社員達は、今何を思うのだろうか?


我々は、会社の弁当を持って席に着く彼を見たが、まったく手を付けずに弁当の箱を閉じていた。


彼は後に、6月くらいからどんどん朝・昼は食べれなくなっていったと我々に語ることとなる。


唯一安心して食べられるのは、家の夕飯くらいだったとも教えてくれた。

だがヒドイ時は夕飯すら食べれなかったみたいだ。


そこで我々はふと、彼が入社前に言っていた言葉を思い出した。


「…あっ、内定式でお昼に会社の弁当を食べたんですけど、とてもおいしかったです!」


今やその弁当は、彼にとってどんなものとなっているのだろうか。


そんな彼はお茶で薬を飲み込む。



~午後1時~



Q.出張ですか?


「はい。

これから都内で打ち合わせです。

北村が木原ばっか構ってるんで、ろくな説明も受けずに1人で行かなければならないんですが…。」


彼はお昼に飲んだ薬の効果がまだ出てないのか、その顔は不安に狩られ死んでいた。


とりあえず、そんな状態でも仕事をしなければならないので、カバンに資料を入れて営業部を出ようとする。


『ちょっと五十嵐くん!』


そこに彼を呼ぶ声がした。


我々は声の主が誰かと思い、後ろを振り返る。


やっとお出ましか…。


そこには、クライシス営業部No.4四天王、帝王系上司の緒方がいた。


『五十嵐くんさぁ。

この要請書は何?』


五十嵐くんは虚ろな目で差し出された要請書を見る。


「これはですね……」


彼は張りのない声で、要請書に書かれた内容を説明し始める。


クライシス営業部No.4四天王、帝王系上司の緒方は、キーボードを叩きながらそれを聞いている。


緒方は営業事務長である。


営業事務の女性部下、ドラミちゃんの上司兼、営業部の事務処理を担当している。


『それじゃぁダメだよ五十嵐くん。

はい、出張あるなら明日で良いからやり直し。

あっ、木原くん!

木原くんの要請書俺が直しといたから!』


緒方は安田や北村と違い、至って普通の叱り方をする。

コネ入社の木原びいきなのは同様に変わらないが…。


緒方は仕事では至って普通だ。


しかし、No.4四天王で帝王系上司と言われているのには理由がある。


我々は緒方にスカウターを使った。


10000000。


始めてスカウターがちゃんとした戦闘力を計測した。

ほほぉ。


なかなか高い戦闘力に我々は関心していた。


だが、我々はハッとあることを思い出した。


1000万!?


そうだ。

1000万とは緒方が作った借金の額だ。


しかもその1000万は、帝王系上司というネーミングの由来でもある。


緒方は夜の帝王だ。

遊ぶ方の。


夜の街で豪遊しまくって、1000万の借金を作り出した強者だ。


もちろん奥さんもいれば子供もいる。


だが夜の帝王らしく、良くキャバ嬢とメールしているらしい。


遊びに妥協は許さない素晴らしきダンディズム。


それに帝王系上司の緒方は、夜の街で鍛え上げた帝王の目を持っている。


部下のドラミちゃんはともかく、いかなる美人に対しても評価は厳しい。


また、緒方は夜のお店に行くと人格が急変するのだ。


以前、四天王達とキャバクラで飲んでいたらしく、そこでの緒方は全く別人の帝王と化していたという。


しかし、自分のところにキャバ嬢の注目が集まらないと、緒方は注目が集まっている者に、必殺技帝王クラッシュを発動させる。


帝王クラッシュは、注目の集まっている者に不機嫌そうな視線を浴びせ続けるという。


それを喰らった者は、冷汗と共に自動的に空気を読まされ口数が少なくなると、それを喰らった五十嵐くんは我々に話してくれた。


夜の付き合いでも、誰が上かを分からせる、帝王クラッシュを我々は是非見てみたい。



~都内某所~



帝王系上司の緒方に呼ばれたりもしたが、彼は時間通りに打ち合わせへと向かっていた。


街中はスーツ姿の人が多い。



Q.ここが打ち合わせする取引先ですか?


「そうですね!

さぁ行きましょうか!

たのもぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


彼は元気になる薬、安定剤さんが効いてきたのだろうか、ハツラツとしながら建物の中に入って行った。


その建物は大企業と言わんばかりのキレイな外装だ。



Q.打ち合わせ始まりましたね?


「そう…ですね。

システムツール…って何ですか?

データベースを…拡張?」


彼の顔は死んでいたが、不適な笑みを浮かべていた。


連発される聞き慣れない言葉の数々に、安定剤さんの効果が半減しているみたいだ。



Q.なんかIT系な話しですね?


「そっ、そうですね。

誰か助けてください…。」


彼の周りには、各IT系企業の方々が全員で15名いる。


IT系企業の方々は、あれやこれやと議論を交わしていた。


先程交換した名刺にも、おもいっきりIT系の企業名や、IT部署の肩書きが印字されている。


しかも、我々が見る限り、打ち合わせに参加してる人達は、彼以外全員40代以上の年配者だ。


明らかに20代の若造は浮いている。


それに、彼は全く話しについていけないように見える。


もちろん文系卒でIT知識なんかあるわけもないからだ。


ただひたすらに、ただがむしゃらに、聞いたこともない言葉達をノートに書き殴っていくしかないみたいだ。


『……クライシスさんはどう思われますか?』


「!?」


突然話しを振られた彼に、IT系企業の方々の視線が集まる。


『クライシスさん?』


何も返答できずにいる彼に、IT系企業の方々の視線はさらに集まる。


「えっと……」


彼は持参した資料を順々に読み上げる。


彼にはそれしかなす術がなかった。


安定剤さんの効果でも限界があるのか、彼は完全に死んだ顔へとシフトしていた。


『…はぁ。

もう結構です。』


質問した人が呆れた顔で言った。


コイツ何も分かってないなと、明らかに見透かされた顔をされた。


周りで見ていた人達も目が点になっていた。



Q.大丈夫ですか?


「はい、なんとか……。

北村のヤツは、何でこんな打ち合わせに自分を出させたんですかね?

資料読んでIT系な話しだとは分かってはいたんですが、こんなに話しが飛躍するなんて…。」


その後も打ち合わせは続く。


たまにIT系用語を交えた慎ましい笑いが起こることもあったが、彼にはさっぱり理解できなかったようだ。


頬だけを上げて場に合わせていた。


彼は後に、たまに起きる笑いが自分をあざ笑ってるみたいだったと、我々に語ることとなる。


彼のシャーペンを持つ手が小刻みに震えている。


彼いわく、この頃は何が原因なのか、手の震えが止まらないことがあったそうだ。


その後、彼が何も分からないと察知したのか。

彼に質問がくることはなかった。


議論の交わし合いは止むことなく続く。


結局、打ち合わせは4時間も続いた。


打ち合わせの後、彼は個別に1人の取引先の人と話しをしたが、あなたの上司は何もしてくれないと言われていた。


そして、上司が全く手を付けていない意味不明な案件をどっさりともらう。


彼は後に、この時自分の上司北村が、めんどくさいものをただ自分に無理矢理押し付けてるだけだと完全に理解したと、我々に語ることとなる。


それだけではなく、四天王達や木原にやられ、薬飲んでまでして仕事を続ける意味があるのかとすら考えていたという。


彼は取引先前で、北村に打ち合わせの報告を入れるため、携帯で電話をかける。


報告を聞いた北村は、彼に罵倒を浴びせているのだろうか。

彼の顔はヒドく歪む。


そして彼は死んだ顔のまま、直帰するため最寄の駅へと向かう。



~都内某駅ホーム~



Q.今の気持ちは?


「…そろそろ限界かもしれません。

もしかしたら取材班の皆さんはもう、新入社員のリアルな成長を追っていけなくなるかもしれません。

……ごめんなさい。」


彼はホームから見える線路を見つめていた。


そんな言葉を聞いた我々は、彼に質問するのをやめ、黙って到着した電車に彼と共に乗り込んだ。


彼は空いていた端の座席に座る。


しばらくすると、目の前に座っていた他人のサラリーマンが、隣にいた他人のサラリーマンにイチャモンを付け口論を始める。


気付くと、目の前にいた他人のサラリーマンが、隣にいる他人のサラリーマンの胸ぐらを掴んでいた。


しばらく他人同士のサラリーマン達はいがみ合っていたが、次の停車駅で胸ぐらを掴んだサラリーマンが、怒りを堪えながら電車を降りていった。


その日、我々は帰宅方向が違ったので、途中で彼と別れた。


別れ際に彼の言葉はなく、彼は軽く頭を下げ、そのまま雑踏の中へと消えて行った。


ノンフィクションノベル〈What is Real?〉のネタも、そろそろ集められなくなると我々は感じていた。

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