【10月某日】
夏もすっかり終わったこの季節。
我々取材班は焼き芋を食べながら、なんとなく秋の到来を感じていた。
我々は五十嵐くんにアポを取る。
どうやら彼はまだ生きていた。
我々取材班は、彼が山梨に出張するというので、それに動向することにした。
~午前7時~
我々は、駅前で誰かを待つ彼を発見した。
もちろん彼の顔は死んでいる。
Q.今日は山梨に出張ですか?
「はい……。
今日は担当を持たされた、山梨の某顧客を訪問します。
その数なんと10です……。」
彼はその数に絶望を隠し切れない様子だった。
内容にもよりけりだが、クライシスの営業スタイルならば、10という数字はめちゃくちゃだ。
普通だったら1日フルに回って平均5、6社が限界だ。
そこで、我々は彼に10秒チャージ2時間キープなウイダーinゼリーの差し入れをした。
それは我々の取材を、まだキープさせて欲しいという思いを込めてのものだった。
そう、彼の命がキープする限り。
すると、そこにクライシスの社有車がやってきた。
社有車は停止し、運転席側の窓がゆっくりと開く。
我々はどこのヤンキーかと思ったが、ヤツだった。
『よぉ!行くぞ!
今日は俺が運転してやっから!』
ヤンキー同期、木原参上。
五十嵐くんは素っ気ない挨拶をし、社有車の助手席に乗り込む。
木原はアクセルを踏み、車は山梨を目指して発進した。
Q.今日は木原と2人で出張ですか?
「そっ…そうですね……。
普通だったら1人で出張だったんですが、意味不明にマイカー持ってないヤツには社有車運転させてくれないので…。
そしたら北村が、木原に運転してもらえよってことで、結果2人で出張することになりました。」
Q.2人だけとか、木原に何かされる可能性高そうですね?
「はっ…はぁ……。
まず自分と木原は、北村の配下にいるんで、仕事上絶対関わりがあるんです……。
でも、自分が木原を必要以外避けているのを、北村は察しているのか、今回は無理矢理自分の出張に木原を使ってきたのではないかと……。」
確かに考えられる。
ストイックな北村がいかにもやりそうだ。
北村はいかなる状態においても、ぬかりなくストイッククラッシュを発動させることができるのか。
おそるべし、クライシス営業部No.2四天王。
そんな木原と2人きりの社有車の中で、木原はラジオからかかるレゲエにノリノリになっていた。
山梨までの道中。
木原は前方を走るイカツイ車にピッタリ付いて走ったり、一般道をアクセル全開でぶっ放したりした。
我々が見ていた限り、ヤンキークラッシュが発動することはなく、木原は朝っぱらから生々しい下ネタを散々言いまくった程度だった。
~山梨~
Q.今の気持ちは?
「無事に帰れますようにって感じですね……。
いつ木原がキバをむくか分かりません。
木原と2人きりで出張なんて…考えもしなかったです……。」
そんな彼の顔は死んでいる。
それがいつからだったのか、我々はブラック企業に食われていく彼を見てきた。
まさか我々が、新入社員のリアルな成長を追っているのではなく、ブラック企業のリアルなブラックさを取材するためだとは絶対に気付いてはいまい。
いや…彼はもう自分で気付いているのかもしれないが。
とりあえず彼は、今日生きて帰れるのだろうか?
我々は入社前から現在までの彼を思い返す。
すると色んなブラックな思い出が蘇る。
その思いを強く噛み締め、彼の最期は我々が絶対に看取ると、改めて心に誓った。
そしてノンフィクションノベル〈What is Real?〉を世に送りだし、ブラック企業のリアルなブラックさを、多くの人々に知らしめようではないか。
彼にとっては今日が山かもしれないが。
10社訪問+木原=致死率高
今日はハードワークに追われる中、同時に木原のヤンキークラッシュにも怯えなければならない。
しかも、この営業で訪問が許されるのは、顧客の事情で17時までと北村から言われている。
タイムリミットがあり、北村からも1日で終わらせなければ、後行程が詰まると釘を刺されている。
これを新人にやらせるとか、ストイックにも程がある。
致死率は高い。
しかし、木原をうまく利用すれば、せめてハードワークは軽減できるのではないか?
我々がそう思った矢先、木原が社有車の中から彼を呼ぶ。
『そろそろ行くか!
あっ、俺今日車の運転以外しねぇからな!」
フラグ濃厚だ。
~午後12時~
各社訪問し、あっという間にお昼となった。
訪問先の企業も昼休みになるので、昼食を取るのは可能だった。
仕事を何も手伝わず、運転してるだけの木原が、昼はラーメン一択とうるさいので、ラーメン屋に入る。
Q.午前中の感想は?
「やっ、やってやりましたよ!
取材班の皆さんも見てたでしょ?
午前中だけで6社も回れましたよ。
まさかこんなにスムーズにいくなんて…。
新入社員は成長してます!」
彼の顔は死んでいるが、何かそこに一点の光が差し込んだ様な表情をしている。
Q.確かに1人だけでお疲れ様です。何か成功の秘訣はあったんですか?
「そうですね。
どうせ今日朽ち果てるんだからって、この際開き直ってみました。」
我々は午前中の彼を見ていたが、確かに開き直った…?いや、アレは一時的ながら、自分の精神をブラック企業仕様に染めた結果だろう。
10社中6社も回れたが、その代償は大きい。
空調完備されているラーメン屋で、彼の額からは未だに汗が出続けているのが、それを大いに物語っている。
そうとう無理をしたはずだ。
訪問した企業の人達に、超高速で提案書の説明をするだけして、一切質問をさせる隙を与えず、足早に駆け抜けて行った彼はホントに素晴らしかった。
たとえ理解されようがされてなかろうが、決められた時間が来たら撤退するとは…。
我々は、負担が重いブラック企業ならではの、正しい仕事のやり方を垣間見た気がする。
質より量を重視しているかのごとく。
典型的なブラック企業が大量採用をする背景には、仕事に量を求めているからなのではと、我々はそこで何かを感じた。
Q.えっと…とりあえず木原ホントに何もしませんね?
「えっ、えぇ。
訪問先の企業に着いても社有車の中から出すらしませんね…。
俺の仕事じゃねぇしか言わないし、いまさらながら、ヤンキーの悪いとこだけ集約したのが木原って感じじゃないですか?」
ヤンキーの悪いとこだけ集約。
我々は全員納得した。
ただのクソヤンキーだ。
Q.特に悪態付いてこないですね?
「ですね。
生々しい下ネタ言い続けてる程度なら、仕事に支障がないんで全然構いません。
このまま午後も順調にいくと良いんですが…。」
そして彼は、チャーシューなラーメンに満足した木原から、ヤクザについて熱く語られ、午後の企業訪問へと旅立った。
~午後4時~
『っしゃ!
俺の運転が速かったから、めちゃ早く終わったな!
そうだろ五十嵐?』
木原が得意気な顔でそんな言葉をかけるが、五十嵐くんは疲労感が隠せない。
そうとう精神をブラック企業仕様に染めたのだろうか。
そのおかげで17時までのタイムリミットには間に合った。
迅速な勢いで10社全てを訪問し終えた。
木原もさすがにこの仕事のハードさに同情していたのだろうか。
この前ヤクザの集会に行ったとか、殴り合いのケンカに勝利した等々、バイオレンスな話し程度で、ヤンキークラッシュは発動することがなかった。
だが彼は後に、北村は間違いなく鬼畜なめんどくさい仕事を押し付け、自分をハメていただけなのではと、我々に語ることとなる。
我々は、横浜でクライシスの仕事の詰め込み具合を目撃した。