表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

昇華の果てに、春が来る

 ――夜。


 やる気が、起きない。

 何もする気が起きなかった。

 友達にも謝らなければいけない。途中でいなくなった俺を心配して、担任の先生から電話もかかってきた。

 そろそろ、入学のための書類も書かなくてはいけない。もう立ち直って、前に進まなければいけない。

 頭では分かっている。それでも、俺の気分は一向に良くならなかった。



 とつに、玄関のチャイムが鳴った。時刻はもう午後9時を回っている。玄関で母親がなにやら応対しているのが聞こえる。

 誰だよ……、こんな時間に。


 しかし次の瞬間、床を激しく踏み鳴らしながら、妹が俺の部屋に飛び込んできた。

「お兄ちゃん! 何か女の人がきてるよ! なに? あの人彼女?」

 好奇心たっぷりな目で俺を見つめる真奈を無視して、俺は階段を駆け下りていた。


「――穂佳、さん?」

「あ、あの、こんばんは」


 深々と頭を下げるのは、まぎれもなく穂佳さん本人だった。

 言葉が何も出てこない俺を見て、彼女は小さな声でいった。


「……え、っと、ちょっと外でてこれる、かな?」




 い、一体どういうことなんだろう。

 こんな夜遅くに、俺のうちにまで来て。

 というか、何でうちの住所を知ってるんだ?


 長い沈黙が耐えられなくなった俺は、頭に思いついた質問をそのまま口にした。

「えっと、どうして、俺のうち分かったの?」

「それは、あの、名簿の住所見て、その……」


 ああ、そうだよ。というか、それ以外に考えられないじゃないか。なに聞いてるんだ俺。

 そうじゃないだろう。本当に聞きたかったことは、他にあるだろう。

 とにかく穂佳さん、わざわざ何しにきたんだよ。


 まさか、告白、じゃないよな。あんなことがあったあとに「好きです」なんて辻褄があわなすぎる。

 じゃあやっぱり、無難に謝りにきたってところか?

『ちょっと言い過ぎちゃった。ごめん、そんなつもりじゃなかったの』

 うん。それが一番しっくりくるな。

 でも、それならまだメールでも済むことだし、わざわざ訪ねてくる必要もないよな。ちなみにあの後、一回もメールはしていない。


 だったら、もしかして、

『どうして私が落ちてあなたなんかが受かったのよ! 納得いかない! 代わってよ! むしろ死んで! 死んでぇぇー!!』

 とか言われて、そのまま出刃包丁で俺、殺されるのかな。

 うん、それなら、わざわざ俺のうちまで訪ねてくるのも理解できるな。


 って何冷静に理解してるんだ。そりゃまずいだろう。てかそれはイヤ過ぎる!


 またもやメビウスの輪ごとく思考の渦に巻き込まれた俺は、視線が定まらないまま彼女より、一歩後ろを歩いていた。

「じゃあ、何で?」

 10分も黙ったまま歩き続けて、俺はついにそう聞いた。


「えっと、そ、その……。あの――、浩紀くんに、あ、謝らなくちゃ思って……」

 彼女は言葉をつまらせながら、か細い声をしぼりだした。


「あ……」

「私、浩紀くんに、ひどいこと、いったから」

 泣きそうな顔をして、震えるような声で彼女はそういった。どこか怯えるような、そんな風に。



 けれども俺の方は、不安な気持ちが一気に取り払われていくようだった。

 肩に入っていた力も、スッと抜けていくのを感じた。


 ああ、いつもの、穂佳さんだ。

 俺が好きになった、彼女だ。


「よかった――」


 意識するでもなく出た言葉に、彼女は目を丸くした。

「え……、な、何が?」

 不思議そうな声をあげる彼女。


「不安だったんだ。わざわざ俺を呼び出したりしてさ。はは、――何か、俺、恨まれて殺されるのかと思ったよ」


 ホント、さっきまでマジでこんなことを考えていた自分がおかしくて、俺はふき出した。


「えぇッ? ひどい! 私のこと、そんな風に思ってたんだ!」

 彼女も、驚いたような、困惑したような表情でそう叫んだ。


「ごめんごめん。――でも俺も、この前、そう思った」


 その言葉を聞いた彼女の目から、ついに涙が零れ落ちた。


「あ――ごめん。ごめんな、さい……。私、ホント、ひどいこと言った……」


 し、しまった。そ、そうじゃなくて。

「い、いや、いいんだよ! 俺、別に気にしてないから。ホントごめん」

 って何で俺の方が謝ってるんだよ。今日彼女が来たのは、俺に謝りにきたんだろうに。


「――あのね、私、なんだか、分けわかんなくなっちゃって。落ちたって、それで、浩紀くんが受かって、私、悔しくて、悲しくて、それで……」

 泣き出した彼女をなだめようと、俺は彼女の肩を掴み、まじまじと顔を見つめた。

「ホント、気にしてないから。それより、穂佳さんが、わざわざ俺のうちまで来てくれたことが嬉しいよ」


「浩紀くん……ホント、本当に、ごめんなさい!」


 俺は、今までの苦しい気持ちが、すべてなくなっていくように思えた。

 今、言葉で表せる感情は、良かった、それだけだ。

 あはは、そうだよ。穂佳さんがこれくらいのことで、そんなに変わってしまうはず、ないじゃないか。どうして二日間も俺、落ち込んでなんかいたんだろう。はは、ホント、今考えるとバカみたいだ。


「私、来年、頑張るから、それまで浩紀くん、一足先に頑張ってて」


「――うん。分かった。ずっと待ってる」



 ……って、こ、これはもしや、千載一遇のチャンスじゃないか?

 二人きりで夜の道。こんな雰囲気めったに遭遇できるもんじゃないだろう。加えてさらに、二人が仲直りできた直後ときたもんだ。


『俺、君の事が前から好きだった。だから、ずっと待ってる』

 これだ。そうだ! 今しかあるまい! いけ! 俺、宮下浩紀!


「俺……!」

「ありがとう! やっぱり浩紀くんは最高の友達だよ!」


「!?」


 超満面の笑みで言った彼女に対し、俺は本当に、どんな表情をしていいのか分からなかった。口元と眉毛はねじれの位置になったし、目も焦点が合わない。ものすごく高度な変顔が完成した気がした。


 おっとッ! これまた一年前と同じく、先に口を塞がれましたわ。

 あっはっはっは。嬉しいけれど、心に深く突き刺さる「最高の友達」という言葉。

 俺、ホント、どうすりゃいいのよ!!



 ――でも、確かに、嬉しさと悲しさが入り混じる妙な気持ちではあったが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 そりゃあまだ、脈は全然なさそうだけれども、これで、まだ彼女を好きでいてもいいんだって、そう思えたから。


 ……いいや、なーに。

 告白するチャンスなんて、これから先、まだたくさんあるさ!

 何も焦る必要はありますまい!


 今日は、そう。こうして、穂佳さんと仲直りできたということで、万事オーケーとしようじゃないか。



 春はまた、何度でも巡ってくる。

 好きという気持ちを失わない限り、そう何度でも。




――終わり――




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ