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受験前夜(二)〜受験当日

 突然、静かだった部屋に携帯の着信音が響いた。

 流れた曲は、俺が一番好きな曲『Lovely Space』。画面を見るまでもない、穂佳さんからのメールだ。


『明日はいよいよ本番だね☆お互い全力をぶつけよう!じゃあおやすみ〜♪』


 俺の体は一気にアドレナリン全開モード。短いメールの文面を、バカみたいに何度も、何度も読み返す。

 書いた本人は全然意識していないだろうが、☆や♪の記号、エクスクラメーションをどんな気持ちで入れたのかなどまで、まるでスパイの暗号を読み解くみたいに、何度も何度も繰り返し読んだ。

 そして、何とか気の利いた文面を考える。


『ありがとう!本番はかなり緊張するかもしれないけれど、今まで頑張った成果を精一杯ぶつけよう!』

 いやいやいや。何かすごく回りくどいし、かなり偉そうだ。もっとシンプルに、簡潔に。


『ありがとう!頑張るよ。それじゃあおやすみ』

 うーむ……、いくらシンプルといっても、これではさすがに寂しすぎる。それに、そっけないように感じられてしまうかもしれない。



「ぬぉ!?」

 そんな風に、ああでもない、こうでもないと考えているうちに、時間は既に30分を過ぎていた。どうしてこう、メールの文面を考えていると時間が経つのは早いのだろう。学校の授業は中々終わらないというのに。


「と、とにかく、今さらメール送ったら逆に迷惑だろうし、今日はもう諦めよう……」


 結局返信できないまま眠る俺って、やっぱり優柔不断すぎるよなぁ……。







 ――本番当日。


 テスト用紙が渡されて、「始め!」の合図がかかるまでが一番緊張が高まる。腕時計の秒針が時間を刻むのがこのときほど長く感じられるときはない。

 周囲には大勢の人がいるのにもかかわらず物音一つしないこの粛然とした雰囲気は、最終科目の社会まで慣れることはなかった。


「解答をやめ、筆記用具を置いて下さい」

 試験官の、テープレコーダーに録音したかのような決まりきった声が聞こえると、あちらこちらからため息が漏れた。

 これで、すべての終了した。この後面接試験があるが、面接なんて普通にしていれば落ちることはないので、結局はこの筆記試験が勝負の分かれ目となるのだ。もう、9割方入試は終わったといっていいだろう。


 そんな俺のテストの出来栄えはというと……、微妙、の二文字に尽きると思う。苦手だったはずの社会は結構取れた気がするが、数学で難しい問題に時間を取られてしまって見直しが全然できなかった。もしかすると、思いもよらないところで間違っているかもしれない。


 結局面接は練習通りこなせたが、やはり筆記試験の不安は拭えなかった。

 それでも、これですべて終わったと思うと、何だか心は軽くなる。


「浩紀くん!」

 浩陽高校の正門をくぐると、門の陰から俺を待っていたかのように穂佳さんが飛び出してきた。


「やーっと終わったね!」

「うん、ホント疲れたよ」

 家を出るときは青空だったのに、いつのまにか間延びした夕焼けが、歩道を歩く俺たちの背中を照らしている。

 浩陽高校の前に広がる通りの両脇には、整然と等間隔に並ぶ桜が植えられていた。朝来るときは気づかなかったが、小さなつぼみがもう膨らみ始めていた。


「私、思ったよりすっごく緊張しちゃって……」

「あー俺も。何だか微妙な気がするんだよな」

「まぁ、やるだけのことをやったんだから、後は結果を待つだけだよね」

「うん、まぁ、そうだね」

 ――なんて、こんな風にお喋りができるのも、もしかしたら最後かもしれないんだよな……。

 そう考えると、こんな他愛もない一言一言が、俺にとってすごく大切な思い出のように感じられる。



 しばらく歩いていると、はたと穂佳さんは立ち止まった。

 どうしたのかと振り向くと、彼女は俺を、真剣な眼差しで真っ直ぐと見すえた。


「一緒に浩陽、行けるといいね」


 かみ締めるように発せられた言葉には、俺と彼女の希望がのっていた。








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