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ファンタジー

捨てられた魔王城を,激安リフォームしたら勇者が住みついた

作者: くるみ
掲載日:2026/05/06

魔王が倒されてから三年.

世界は平和になった.


……ということになっている.


実際には,平和になったせいで仕事を失った人間が山ほどいた.

武器屋は包丁を売るしかなくなり,冒険者ギルドは害獣駆除センターになり,勇者は講演会で「諦めなければ夢は叶う」と話して回っている.


そして私は,魔王城を買った.


「本当に買うのですか,お嬢様」


執事のロイが,廃墟同然の黒い城を見上げながら言った.

空は曇天.

城壁にはツタが絡まり,正門には「この先,呪われます」と古い看板が残っている.

庭には毒沼があり,玄関には骸骨が三体ほど転がっていた.

不動産屋いわく,築八百年.

駅から馬車で二日.

日当たり最悪.

事故物件.

過去に魔王が住んでいたため,近隣住民からの評判も最悪.


その代わり,価格は王都のワンルームより安かった.


「買うわ」


私は契約書にサインした.


「だって,広いもの」


私は伯爵家の三女,メリアナ・フォート.

家を継ぐ予定はない.

政略結婚の予定もない.

美貌で国を動かす予定もない.

あるのは,古い建物を見ると間取りを考えてしまう性癖だけだった.


魔王城は,ひどい状態だった.

謁見の間は天井が抜けている.

地下牢は湿気がすごい.

拷問部屋は用途に困る.

玉座の後ろには,なぜか巨大な闇の祭壇がある.

浴室は三十人同時に入れるが,湯を沸かすと怨霊が出る.

ロイは淡々と言った.


「お嬢様,これは住居ではありません.遺跡です」


「違うわ,可能性よ」


私は袖をまくった.

まず,謁見の間を食堂にした.

玉座は邪魔だったので,脚を切って長椅子にした.

魔王の紋章入りの赤い絨毯は洗濯したら意外とふかふかだった.

壁に並んでいた呪いの肖像画は,表情が暗すぎたので全員に花冠を描き足した.

地下牢はワインセラーにした.

拷問部屋は筋トレ室にした.

元から重そうな鉄球や鎖がたくさんあったので,設備費が浮いた.

毒沼は,専門業者を呼んで浄化した.

すると,中から古代蓮が咲いた.

近所の村人たちが見に来て,勝手に観光地になった.


「お嬢様,入場料を取れます」


「ロイ,あなた有能ね」


「この城に来てから,私の倫理観も少しずつリフォームされています」


三か月後,魔王城は見違えるようになった.

外観はまだ黒い.

尖塔も不気味だ.

夜になると廊下で誰かが泣く声もする.

けれど中は快適だった.

床暖房を入れ,水回りを直し,呪いの結界を防犯設備として再利用した.

問題は,ひとつだけだった.


「メリアナ様」


ある朝,ロイが困った顔で言った.

「玄関に勇者様がいます」


「勇者?」


「はい.三年前に魔王を倒した,あの勇者様です」


玄関に行くと,金髪の青年が立っていた.

世界を救った勇者アレン.

肖像画ではもっと輝いていたが,実物は寝不足の会社員みたいな顔をしていた.

手には剣ではなく,布団袋を持っている.


「すみません」


勇者は頭を下げた.


「ここ,入居者募集してるって聞いたんですけど」


私はロイを見た.

ロイは目をそらした.


「……観光客向けに,空き部屋貸出の広告を出しました」


「勝手に?」


「固定資産税が重すぎまして」


たしかに魔王城は広い.

広いということは,税金は重い.

私は勇者に向き直った.


「お部屋をお探しですか?」


「はい.安くて,静かで,人があまり来ないところがいいです」


「勇者様なのに?」


彼は弱々しく笑った.


「勇者だからです」


その一言で,私は少し黙った.

勇者アレンは,世界を救った.

けれど世界は,救われたあとも彼を放っておかなかった.

毎週のように祝賀会に呼ばれ,知らない貴族に娘を紹介され,商人に名前を貸してくれと言われ,子どもたちに剣を見せてくれとせがまれる.

酒場に行けば奢られ,市場に行けば拝まれ,道端で寝不足の顔をしているだけで「勇者様が憂いておられる」と詩にされた.


「もう,誰も僕を見ない場所に住みたいんです」


勇者はそう言った.

私は魔王城を見上げた.

たしかに,ここなら誰も勇者が住んでいるとは思わない.

普通,勇者は魔王城に帰ってこない.


「家賃は払えますか?」


「講演会の貯金があります」


「掃除当番は?」


「やります」


「夜中に聖剣を振り回しませんか?」


「なるべく」


「なるべく?」


「寝ぼけるとたまに」


私は少し考えた.


「では,北の塔の三階なら空いています」


「ありがとうございます」


こうして,魔王城に勇者が住みついた.


勇者は,意外と普通の人だった.

朝は寝癖をつけて食堂に来る.

パンの耳を残す.

洗濯物を三日ためる.

掃除当番を忘れてロイに怒られる.

聖剣を包丁代わりに使おうとして,私に本気で叱られる.


「これは世界を救った剣でしょう」


「よく切れるので」


「まな板が救われません」


彼はしゅんとした.

それでも,彼はよく働いた.

崩れかけた城壁を直し,重い家具を運び,夜中に出る怨霊の話し相手になった.

怨霊たちは最初こそ「勇者め,憎い」と叫んでいたが,彼が毎晩律儀に相づちを打つので,だんだん悩み相談を始めた.


「昨日,首なし騎士が成仏しました」


ロイが報告した.


「なぜ?」


「勇者様が,三時間かけて職場の愚痴を聞いたそうです」


「首がなくても愚痴はあるのね」


勇者が来てから,魔王城はさらに変わった.

村の子どもたちが遊びに来るようになった.

元魔物のコックが食堂を開いた.

浄化された毒沼の周りには屋台が並んだ.

拷問部屋だった筋トレ室は,なぜか冒険者たちに人気になった.

ある日,王都から使者が来た.


「勇者アレン様をお迎えに上がりました」


使者はぴしりと礼をした.


「来月,王国平和記念式典があります.ぜひ壇上でお言葉を」


勇者は食堂の隅で固まった.

手には洗いかけの皿を持っている.

私は言った.


「本人が望むなら」


使者は目を丸くした.


「望むなら,とは?」


「望まないなら,行きません」


「しかし,勇者様は国民の希望です」


その言葉を聞いた瞬間,勇者の顔から血の気が引いた.

希望.

象徴.

英雄.

救国の光.

きれいな言葉は,ときどき鎖になる.

しかも,言っている側には鎖を持っている自覚がない.

使者は続けた.


「皆が勇者様を待っています」


私は皿を置いた.


「皆,とは誰ですか」


「国民です」


「国民全員に確認を?」


「いえ,しかし」


「では,王宮が待っているのですね」


使者は黙った.

私はにっこり笑った.


「王宮には王宮の都合があります.勇者様には勇者様の生活があります.ここでは,皿洗いの途中で人を連れて行くことを禁止しています」


ロイが後ろでうなずいた.


「当城の規約です」


「そんな規約が?」


「今できました」


使者は困惑して帰っていった.

その夜,勇者は私のところに来た.


「メリアナさん」


「はい」


「僕,式典に行かなくていいんでしょうか」


「行きたいんですか?」


「行きたくないです」


「なら,答えは出ています」


彼はしばらく黙ったあと,小さく笑った.


「世界を救ったときより,皿洗いを休むほうが勇気がいります」


「人間,変なところで難儀ですね」


「本当に」


彼は窓の外を見た.

夜の魔王城は,やっぱり少し不気味だった.

でも,食堂には灯りがあり,厨房からスープの匂いがして,廊下の奥では怨霊が鼻歌を歌っていた.


「ここ,変な場所ですね」


「失礼ですね.私がリフォームした家です」


「だから変なんです」


「退去しますか?」


「しません」


即答だった.

その答えが,少しだけうれしかった.


数日後,王都の新聞に記事が出た.

勇者,魔王城に隠遁か.

伯爵令嬢,勇者を囲い込む.

魔王城,謎の観光地化.

元魔族と人間が同じ食堂で食事.

王宮関係者,困惑.


しばらくして,王宮から正式な調査団が来た.

彼らは城内を見て回り,首をかしげた.


「ここは魔王城だったはずでは?」


「今も魔王城です」


私は答えた.


「ただし,現在は宿泊施設,食堂,観光庭園,筋トレ室,怨霊相談窓口を兼ねています」


「怨霊相談窓口?」


「はい.完全予約制です」


調査団長は頭を抱えた.

そのとき,食堂の扉が開いた.

元魔王軍四天王の一人だった大男が,鍋を持って出てきた.


「メリアナ様,昼のスープができました」


調査団が剣に手をかける.

勇者が立ち上がった.

一瞬,空気が張り詰めた.

英雄と魔族.

三年前なら,戦いが始まっていただろう.

けれど勇者は言った.


「今日,豆のスープですか?」


「はい.勇者様の嫌いな人参も入っています」


「抜いてください」


「好き嫌いは許しません」


「世界は救ったのに?」


「人参からは逃げられません」


食堂に沈黙が落ちた.

そして,調査団長が吹き出した.

それが合図のように,皆が笑った.

勇者も,元四天王も,ロイも,私も.

私はそのとき,ようやく気づいた.

リフォームしたのは,魔王城だけではなかったのかもしれない.


勇者は,英雄という役割から逃げたかった.

元魔族は,敗者という烙印から逃げたかった.

村人たちは,恐怖の記憶を笑い話に変えたかった.

私は,何者にもなれない三女のまま終わりたくなかった.

だから皆,この城に集まった.

世界を救ったあとの世界で,自分の部屋を探していたのだ.



それから一年後,魔王城は正式に改名された.

新しい名前は,「旧魔王城多目的交流施設」.

ロイは「名前に風情がない」と言った.

私もそう思った.

けれど役所の許可を取るには,それが一番通りやすかった.


勇者アレンは,今も北の塔の三階に住んでいる.

たまに王都から招待状が来るが,彼は気が向いたときだけ行く.

行かない日は,食堂で皿を洗っている.

元四天王のスープは評判になり,遠方から客が来るようになった.

怨霊相談窓口は予約三か月待ちになった.

拷問部屋だった筋トレ室では,今日も冒険者たちが悲鳴を上げている.


そして私は,次の改装計画を立てている.


「お嬢様」


ロイが図面を見て言った.


「今度は何を作るおつもりですか」


「図書室よ」


「魔王城に?」


「ええ.勇者の伝記ばかり並べるのではなく,魔王軍の料理本とか,村人の日記とか,怨霊の詩集とか,そういうものを置くの」


ロイは少し考えて,うなずいた.


「悪くありませんね」


「でしょう?」


窓の外では,勇者が子どもたちに剣の振り方を教えていた.

ただし,本物の聖剣ではなく,木の枝で.

元四天王は,その横で焼き芋を売っている.

怨霊たちは,日陰で客の恋愛相談を聞いている.

かつて世界の終わりの象徴だった場所は,今では誰かの日常になっていた.

私は図面の端に,新しい部屋の名前を書き込んだ.


「物語を終えた人たちの部屋」


勇者は勇者のままでもいい.

魔族は魔族のままでもいい.

伯爵令嬢は伯爵令嬢のままでもいい.

ただ,役目が終わったあとも,生きる場所があればいい.


魔王城は,今日も黒くそびえている.

相変わらず見た目は不吉で,夜にはたまに壁がうめく.

けれど玄関には,新しい看板がかかっている.


「空き部屋あり.元英雄・元悪役・元敵役歓迎」


その下に,誰かが小さく落書きしていた.

「ただし,人参からは逃げられません」

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