第九話『荒川の戦い』
第九話です。
2月17日18時46分
埼玉県川口市 国道122号線 新荒川大橋
市街地のど真ん中で、ディーゼルエンジンの鈍い音を掻き鳴らす一台の戦車がいた。
陸上自衛隊、第2師団所属の10式戦車(改)は、現在河川敷に配置された普通科部隊の救援に向かっている。
道を曲がり、国道122号線に差し掛かると、間もなく主戦場となっている新荒川大橋が見えてきた。
周囲で慌ただしく動く普通科隊員を見据えると、車長はハッチからわずかに顔だけをのぞかせ、通信機に向かって吠える。
「こちら2戦、現着した!状況は!?」
『こちらは第25普通科連隊だ。政府側からの発砲を確認し、現在川を挟んで応戦中!』
車長は普通科部隊からの簡潔な報告を受け取ると、即座に頭の中で今やるべき事だけを残して他の選択肢を除外した。
「了解した。これより火力支援を行う!」
車長はそれだけ伝えると、通信を切り、ハッチの中に身を隠した。
車内に戻ると、車長は即座に前方の方にいる隊員に対して口頭で指示を送りつける。
「アクセル踏め!戦車前進!」
その命令に対し、操縦手はアクセルを吹かして前身をかける事により応えた。
車長は椅子を回転させ、手元のモニターをペリスコープが搭載された30mm RWSの視点に切り替える。
これは車内から遠隔操作できる無人の銃座だ。10式戦車にはドローン対策として、諸外国の戦車のRWSよりも大口径な30mmを選択して搭載されている。
この手の最新装備は、現在のところ第2師団を含む北部方面隊の戦車へ優先的に改造が施されていた。このような装備のシステム面でもクーデター側が有利だった。
「橋の上で停車。砲手は正面のマンションから撃ってくる火点を狙え!」
「了解!」
状況を踏まえ、操縦手と砲手により詳細な指示を出す。
操縦手は車長の指示に正確に従い、橋の斜面を加速して登る。そして砲手は砲塔を正面のマンションへ向け、エイムをあらかじめ置いていた。
「停車っ……撃ぇっ!!」
停車と同時に、砲手が発射のトリガーを引く。
その瞬間、砲身の先から眩い爆炎と煙が撒き散らされ、多目的榴弾が音速の数倍で放たれた。
発射された榴弾は一秒ほどでマンションの火点に到達し、大爆発を起こし、建物の構造物を破壊した。
コンクリートの破片が散らばり、その場所に居座って重機関銃を構えていた隊員達はバラバラの血飛沫になって散った。
それをペリスコープの望遠で確認した車長は、即座に新たな指示を出す。
「命中!次、リンク指示の目標──」
『21へ警告!ミサイル!』
だが直後、味方からの警告。同時に10式戦車のシステムが敵からのミサイルの接近を探知した。
「スモーク散布!全速後退!!」
車長は吠えるように叫ぶ。
操縦手が即座にギアを反転させ、全速で後退。ついでに砲手がIR妨害の金属片を混ぜたスモークを散布し、ミサイルの視界を妨害する。
その直後、ミサイルらしき飛翔物体が10式戦車の手前で爆発を起こした。爆発音が耳を劈き、車体が少し揺れるが、車長は冷静に状況を問いかける。
「被害は?」
「各部異常なし!」
「ミサイルはAPSが防いだようです」
「よし……」
幸いにも、敵のミサイルはこの車両に搭載されているアクティブ防御システムが防いだようだった。
敵のミサイルやドローン、砲弾なども防げるこの万能システムのおかげで、命中コースだった対戦車ミサイルから命を救われた形となった。
同日同時刻
東京都北区 荒川河川敷
第32普通科連隊
一方で、政府側の方では防戦一方だった。
橋の上に現れた10式戦車へ向け、普通科部隊から放たれた軽MATの効果確認が行われる。偵察隊の隊員達が土手に身を乗り出して双眼鏡を覗いた。
「ミサイル効果なし。敵戦車は未だ健在!」
残念ながら対戦車誘導弾の効果は薄かったようだ。
第2師団の戦車にはアクティブ防御システムなどが優先的に装備されていると聞いていたが、まさにその通りだったらしい。
中隊長は敵戦車が撃破できなかった事に冷や汗をかき、即座に次の手を考えるが、その必要はなかった。
「第2師団の戦車、後退していきます!」
戦車が後退したのか、偵察隊からそんな報告が聞こえた。
自身も土手から身を乗り出して確認すると、戦車の姿はおらず、橋の上に現れたクーデター側の普通科隊員達も撤退していた。
「中隊長!」
「……今のうちに橋を爆破する!付近の隊員は退避せよ!!」
これを好機と見た中隊長は、副官からの進言により、この場所の起点となっている橋を爆破することを決定した。
橋の下などに隠れていた隊員達が一斉に退避し、安全が確認される。
「発破!!」
それを施設科の隊員が確認したのち、仕掛けられたプラスチック爆薬が発破された。
その結果、対岸にも響く轟音が発生した。橋の構造物が完全に破壊され、橋桁から後ろがパックリと割れ、川の中に崩落した。
その様子を見届けた副官が、中隊長に問いかける。
「……これで防げますかね?」
「いや、時間稼ぎにしかならん。第2師団なら架橋装備も持ち歩いているだろうからな」
中隊長は副官の言葉を否定するかのようにそう言った。
政府側よりも強力な戦力と装備を持つクーデター側に対して、橋を落とした程度では、あくまで時間稼ぎにしかならないのは事実だった。
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