第一話『予兆』
今回より新作を投稿します篠乃丸です。
よろしくお願いします。
20XX年2月15日午前8時01分
日本国首都東京 市ヶ谷防衛省
深々と雪が降る東京。
市ヶ谷にある防衛省の庁舎にも、それなりに雪が積もっていた。
そんな庁舎の中に、質素でありながら、どことなく落ち着いた高級感を醸し出す部屋がある。室内には頑丈な革製のソファが置かれ、十人ほどの大人たちが座っていた。
彼らは全員、日本国自衛隊の幹部制服を着こなしている。年齢層は30代から50代ほどに分かれ、男性だけでなく女性幹部の姿もあった。
部屋に集まった彼らは、特に言葉を交わすことなく、ひたすら書類を見ていたり、天を仰いだりしている。
部屋の乾いた空気を潤す加湿器の音と、大画面の液晶テレビの音声だけが、その沈黙をかき消していた。
『こちらは横田基地です。本日より、日本各所の在日米軍基地が撤退作業に入りました。ご覧ください、米軍の輸送機が列を成して次々と滑走路へ向かっています』
液晶テレビでは、若いニュースキャスターが在日米軍の横田基地をバックに、米軍撤退の様子を伝えていた。
部屋にいる幹部自衛官たちは、その様子を横目で流しながら見守っている。だが沈黙に耐えきれず、誰かがため息を吐いた。
「……案外早かったな」
テレビの対面にあるソファに腰掛け、深く色めいたため息を吐く初老の男は、呆れた物言いでそう言った。
彼は柴崎。自衛隊の最高幹部に値する統合幕僚長だ。
彼はここ最近の政権移行に伴う急激な情勢の変化を憂い、深く息を吸い、ため息を吐く。
「三沢や横須賀も撤退しつつありますし、上瀬谷も引き上げました。来週には沖縄も撤退し始めるでしょうね……」
「施設の引き継ぎはどうなってる?」
「役人たちは各国への根回しに手一杯ですよ。まあ、来月には始まるんじゃないですかね……」
幹部らは憶測を踏まえてそう言うが、正直なところ今の政権の行動がめちゃくちゃなので、来月でも始まらない可能性があった。
そんな彼らの憶測をよそに、テレビのニュースは専門家の意見を踏まえて続ける。
『戦後から約80年、日本の戦後統治はようやく終わりつつあるのです。昨年の選挙で連立政権を設立した山野首相は、日米安保の改正と日本の負担軽減についてを公約に掲げておりました。山野首相はアメリカのドラモンド大統領と直接会談し、その際の交渉がスムーズに進んだことで、在日米軍の早期撤退が実現したものと思われます』
専門家は水を一口飲み、さらに続ける。
『山野首相は公約として日本の中立化を宣言しており、今後は自衛隊の改革と政治的中立の確保などを行うとみられますね。今後どのようにして政治を導くのか、私も検討が──』
「……消すか」
わざわざニュースで言われなくたって分かっている事なので、幹部の一人がテレビを消した。
柴崎 統幕長は深く息を吸い込み、席にもたれかかった。
「さて、これからどうなることやら……」
彼の言葉を前に、しばらく沈黙が流れた。
彼の心情は他の幹部らも理解しているのか、ため息しか出てこなかった。
昨年の選挙で与党が交代してからそんなに時間は経っていない。山野首相率いる野党は、日本を中立化させ戦争を回避する事を公約に掲げていた。それが選挙で勝利した。
結果、アメリカ側との協議で在日米軍の撤退が行われている。自衛隊及び防衛省にとっては晴天の霹靂、寝耳に水。終始彼らは置いてけぼりにされていた。
そしてついに在日米軍が撤退し始めた以上、日本の立場は大きく変わるのは間違いない。だがどの方向に向かうのかは不透明なままだ。幹部らもこれからどうなるのか見当もつかない。
「ドラモンドが大統領になった以上、アメリカ人が自国に引き篭もるのは予想されていました。まさかここまで話が早く進むとは思っておりませんでしたが」
「内閣も同じように中立化したい公約でした。話が早かったのも、日米の思惑が一致していたからでしょう」
「2022年以降、情勢の先が見えませんなぁ……」
様々な憶測はあれど、結局今の政権は何を起こすのか全く予測できない。この先も全く見えないのが現実だ。
幹部らが頭を抱えていると、柴崎ら幕僚長のいる部屋の扉がノックされる。扉の外から若い男の声が聞こえた。
「失礼します。柴崎 統幕長はおられますか?」
「居るぞ。入れ」
入室を促すと、眼鏡をかけた若年の男が書類を持って入ってきた。敬礼を挟むと、彼は自己紹介と要件を手短に話す。
「失礼します、情報本部の伊藤一佐です。至急お尋ねしたいことがございましてお伺いしました」
「なんだ?」
「先日北部と東北の方面隊から打診された、第二師団の王城寺原演習場への展開訓練は、覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、いつもの機動展開訓練だな。珍しく北海道の二師が東北に展開するっていうから記憶に残ってる。それがどうした?」
「それが……第二師団の戦車輸送隊が昼間から高速道路を走っておりまして、SNSでその様子が撮影されています」
伊藤一佐からの報告を受け、柴崎 統幕長は目を見開いた。これには他の幹部らも注目する。
なぜなら第二師団が行っているその行為は、自衛隊の規則に反しているからだ。
「どういうことだ?車両制限令で、公道でのトレーラー輸送は夜間が鉄則になってるはずだぞ。一体どこの部署だ、そんなことを許可した馬鹿は」
「それだけではないんです。車列は東北自動車道を南下し、王城寺原を通り過ぎて真っ直ぐ首都圏に向かっているようです」
伊藤一佐の更なる報告に、幹部らは耳を疑った。
単に昼間に輸送車両が走っているだけなら、第二師団のミスだと理解できたが、流石に目的地の演習場を通り過ぎて首都圏に向かっているのは意味がわからない。
GPSも発達してるのに、こんな事態が起こるのはミスというにはあまりにお粗末だ。柴崎 統幕長も訳がわからず、思わず面食らって間の抜けた声を出す。
「……なんでだ?」
「分かりません。予定の部隊に問い合わせをしても、まったく聞く耳を持たないようで……しかも輸送隊には、東北方面隊のMCVが随伴しているそうです」
柴崎 統幕長は即座に指示を出す。
「……北部、東北の両方面隊に状況を聞き出せ。出るまで続けろ」
「了解です」
伊藤一佐はその指示を受け取ると、急足で部屋を後にした。
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