【追記しました】追放された聖女ですが、隣国で「加湿器」として重宝されているので、祖国にはもう帰りません。 ゾンビが溢れかえったからと言って泣きついてももう遅い
2/3 12:00 後日談を追加しました。
「──聖女リリアナ。お前との婚約は、ここで破棄する」
玉座の間に、乾いた声が響いた。
声の主は、第一王子エドガルド。
私の―婚約者。
「……は?」
「聞こえなかったか? 破棄だ」
王子は肩をすくめ、隣に立つ女の腰を抱き寄せた。
絹のドレス。艶やかな金髪。
私より、ずっと“華やか”な女。
「紹介しよう。新しい婚約者だ」
女が、勝ち誇ったように笑う。
「はじめまして。あなたが……“湿っぽい聖女”さん?」
……あ。
これ、来たな。
「理由は簡単だ」
「お前がいると、城がカビ臭くなる」
エドガルドが大袈裟に指で鼻をつまむ。
その様子に隣の女や取り巻きから笑い声が漏れる。
「……」
「空気はジメジメ、服も絵画も壁も最悪だ」
「それ、私のせいですか?」
「お前以外に誰がいる」
ああ、もう。
「聖女ってのはな」
王子は、私を見下ろす。
「清らかで、神々しくて、奇跡を起こす存在だ」
「……はい」
「だが、お前は何だ?」
指を鳴らす。
「湿度」
取り巻きから大きな笑い声が上がった。
「ただの水だろ? しかも薄い」
「聖なる力ですが」
「言い張るな」
王子は即座に切り捨てた。
「そんな力、誰が欲しがる?少なくとも、この国では不要だ」
隣の派手な女が、くすっと笑う。
「ねえ、エドガルド様。この人がいると、前髪が決まらないの」
「はは、それは一大事だ。お前の可愛い顔が台無しだ」
二人で笑う。
周囲の貴族も、空気を読んで笑う。
「よって」
王子が、声を張り上げた。
「聖女リリアナを、王国から追放する!」
その瞬間。
「──お待ちください!」
張り裂けるような声が、玉座の間に響いた。
神官長だった。
「殿下、それだけは……!」
「何だ、神官長」
「彼女は……!」
神官長は、私を見る。
その目は、焦りと、恐怖に満ちていた。
「この国は……!」
「またその昔話か?」
王子が不機嫌そうに遮る。
「不浄の土地がどうとか、初代聖女がどうとか」
「それは、ただの伝承ではありません!」
神官長は、一歩前に出る。
「この王国は、元来――」
「うるさい」
王子は冷たく言った。
「今は平和だ。作物も育つ。問題などない」
「ですが……!」
「それ以上言うなら、首が飛ぶぞ!」
神官長は、言葉を失った。
私は、その様子を、静かに見ていた。
……なるほど。分かった。
「いいですよ」
私の声は自分でも驚くほど静かだった。
人って怒りを通り越すと逆に冷静になるらしい。
王子が、怪訝そうに眉をひそめる。
「そんなに私が邪魔なら」
私は、微笑んだ。
「いなくなります」
ざわめき。
「婚約も、聖女の座も」
「全部、置いていきます」
一拍。
「その代わり」
私は、王子を真っ直ぐに見る。
「二度と、私を頼らないでください」
「はっ、誰が―」
私は、もう聞いていなかった。
◇◇◇
「……で、本当に水が出るのか?」
隣国の城門前。
衛兵が、半信半疑の目で私を見る。
「出ます」
「信用していいのか?」
「信用しなくていいので、見てください」
私は軽く息を吸い、手を伸ばした。
祈る、というより―
空気に触れる感覚。
次の瞬間。
「……あ」
「……湿ってる」
城門の前の空気が、明らかに変わった。
乾いた砂の匂いが薄れ、
喉に刺さっていた痛みが、消える。
「……まさか」
「おい、肌……」
「割れてた唇が……」
衛兵たちが、ざわつく。
「今の、何だ」
「水です」
「……降ってないが?」
「広がってます」
私は、周囲を見回した。
地面のひび割れが、ゆっくりと閉じていく。
「……っ!」
衛兵の一人が、膝をついた。
「あぁ…まさに奇跡だ……!」
「喉が……!」
「神よ……!」
次々と衛兵たちが祈りはじめる。
「いや、私です」
「もしかして、女神様……!」
「だから違います」
話が通じない。
「──すぐに王城へ!」
結局、そうなった。
◇◇◇
「素晴らしい!」
隣国の王は、即決型だった。
「理屈は分からん! だが、水だ!」
「はい」
「この国には、水が足りん!」
「見れば分かります」
「聖女か?」
「元、です」
「なら問題ないな!」
軽い。
「望むものは全て用意しよう」
「寝床と、食事が確保できれば」
王は、笑った。
「だったら、城に住め!」
「え?」
「お前は神が遣わした最高の『加湿器』だ!」
…あ、ここ、話は通じないけど居心地いい、かも。
◇◇◇
数日後。
「リリアナ様ー!」
「今日も潤ってます!」
「畑が息を吹き返しました!」
「肌が……肌が……!」
どよめき。
「……『加湿器』としての私、需要ありすぎでは?」
侍女が真顔で頷く。
「この国では、水は神です」
「そうですか」
「つまり、あなたが神ということです」
「いいえ、違います」
やっぱり話が通じない。
◇◇◇
隣国での生活に慣れてきた頃。
城のテラスで、私は風に当たっていた。
湿った空気。
深く、息が吸える。
…良い国だ。
そう思った、その時。
遠くから、使者が駆け込んでくる。
「──リリアナ様!」
「どうしました?」
「祖国より、急報です!」
嫌な予感がした。
「……不浄?が、再び動き出したと」
「……」
「死者が……立ち上がり始めたと……!」
私は、ゆっくりと目を閉じた。
ああ。
始まった。
◆◆◆
(10日前、王都にて)
「──陛下! 南区画が封鎖されました!」
「何が起きている!」
玉座の間。
第一王子エドガルドは、苛立ちを隠そうともせず叫んだ。
「死者が……動いております!」
「は?」
「墓地から……!そして、生きている人間を手当たり次第に襲っております!」
ざわめき。
「馬鹿な。そんな話、伝承の中だけだ」
「ですが、実際に!」
「落ち着け。新手の魔物の類か、流行病か?原因の特定は進んでいるのか?」
神官が、青い顔で答える。
「神官長は、不浄が…活性化している可能性が高いと…」
「どういうことだ?」
「聖女の力が、消えたためかと……」
一瞬、沈黙。
「……はは」
王子が、乾いた笑いを漏らした。
「聖女が不浄を封じていただとでも?そんなのはただのお伽話だ!」
「しかし、殿下!偶然にしては…」
「黙れ!」
◇◇◇
(ゾンビ発生から数日後)
「殿下!」
神官長が、駆け込んでくる。
「聖女を……呼び戻してください!」
「まだ言うか!」
「300年前の初代の記録にあります!」
神官長は、古文書を広げた。
「聖女の力で、不浄を封印したと。その不浄とは、生ける屍のことだと。これはただのお伽話ではありません。教会の古い記録書にも記載されている事実です!」
「……何?」
王子の顔色が、変わる。
「まさか……」
「事態を収拾できるのは彼女だけです」
沈黙。
「……使者を出せ」
王子は、歯噛みした。
「今すぐだ」
◆◆◆
(リリアナ視点)
「──聖女リリアナ様!」
使者は、床に膝をついた。
「祖国が……危機に瀕しております!」
「そうですか」
私は、紅茶を一口飲んだ。
「ゾンビが溢れ、城下町は混乱し……!」
「でしょうね」
「殿下は……!」
「どの殿下です?」
使者が、言葉に詰まる。
「……エドガルド殿下が」
「ああ」
記憶を辿るふりをする。
「湿気でカビが生えると仰っていた方ですね」
使者の肩が、びくりと震えた。
「お詫びを……!」
「何の?」
「……!」
「正式な文書、まだですよね」
「……!」
私は、にこりともしなかった。
「で?」
「どうか……お戻りください!」
「条件は?」
「殿下が……頭を下げると……」
「それだけ?」
沈黙。
「聖女としての地位は?」
「……復帰を」
「待遇は?」
「……以前以上に」
「では、答えは簡単です」
私は、椅子から立ち上がった。
「行きません」
「なぜ……!」
「理由が必要ですか?」
私は、窓の外を見る。
潤った庭園。
生き返った木々。
「私はここで、必要とされています」
「ですが、祖国は……!」
私は、ゆっくりと振り返った。
「私が必要だった“はず”の場所ですよね」
「……」
「あなた達が選んだ未来です」
一歩、近づく。
「今さら泣きつかれても」
使者の額に、汗が滲む。
私は、静かに告げた。
「もう遅い」
◇◇◇
それから三ヶ月後。
隣国の王都は、かつての荒野が嘘のような「水の都」へと変貌を遂げていた。
私は今、隣国の王・ライナルト様の腕の中にいる。
場所は、瑞々しい大輪の花々が咲き乱れる王宮のテラス。
「リリアナ、今日の肌も素晴らしい吸い付きだ。……ずっとこうして触れていたい」
「ライナルト様、公務中ですよ」
私の頬を、ライナルト様の大きな手がゆっくりとなぞる。
以前の彼は乾燥肌のせいで指先が荒れていたけれど、今はしっとりと滑らかだ。
そしてその瞳には、かつての「加湿器が必要だ」という義務感ではなく、熱を帯びた「一人の男としての執着」が宿っている。
そこに、不快な砂嵐のような声が割り込んできた。
「……リ、リリアナ……っ! そこに、いるのか……!」
見れば、テラスの柵の向こう、衛兵に取り押さえられた男がいた。
……最初、誰だか分からなかった。
ボロボロの服。土気色の肌。
唇はひび割れて血が滲み、自慢だった金髪は見る影もなくパサついている。
かつての婚約者、エドガルド王子だった。
「お前たちが……お前がいなくなったせいで、我が国は……!」
彼は掠れた声で叫ぶ。
聞けば、祖国はゾンビが溢れ、王宮も維持できなくなったらしい。
彼の隣にいた例の華やかな令嬢も、今や乾燥でシワだらけになり、王子の元を去ったのだとか。
「リリアナ、頼む! 一度だけでいい、あの霧を……俺に、潤いを与えてくれ! 戻ってきてくれれば、今度は側妃として……っ」
「側妃?」
ライナルト様の声が、氷のように冷たく響いた。
彼は私を抱き寄せる腕に力を込め、エドガルドを射抜くような視線で見下ろす。
「我が国の宝。私の最愛の王妃を、そのような汚らしい声で呼ぶな。……リリアナ、この男に水を与えるか?」
私は、ライナルト様の胸に顔を埋めたまま、静かに首を振った。
「いいえ。私は『高性能な加湿器』ですから。メンテナンスの届かない、粗悪な環境で動くつもりはありません」
私はエドガルドを一度も見ることなく、手元の瑞々しい果実に手を伸ばした。
「それに、エドガルド様。……今のあなたは、私が必要だと言った『清らかで、神々しい奇跡』からは、ずいぶん遠ざかってしまっているようですね」
かつて彼が私を捨てた時に放った言葉を、そのまま返してあげた。
「あ、あああ……っ!」
衛兵に引きずられていく王子の叫びは、湿った風にかき消されていく。
「……ふふ、リリアナ。君は意外と執念深いのだな」
「あら、私は文字どおり、湿度が高い女ですよ?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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