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【追記しました】追放された聖女ですが、隣国で「加湿器」として重宝されているので、祖国にはもう帰りません。 ゾンビが溢れかえったからと言って泣きついてももう遅い

作者: 唯乃
掲載日:2026/02/02

2/3 12:00 後日談を追加しました。

「──聖女リリアナ。お前との婚約は、ここで破棄する」


 玉座の間に、乾いた声が響いた。


 声の主は、第一王子エドガルド。

 私の―婚約者。


「……は?」


「聞こえなかったか? 破棄だ」


 王子は肩をすくめ、隣に立つ女の腰を抱き寄せた。


 絹のドレス。艶やかな金髪。

 私より、ずっと“華やか”な女。


「紹介しよう。新しい婚約者だ」


 女が、勝ち誇ったように笑う。


「はじめまして。あなたが……“湿っぽい聖女”さん?」


 ……あ。


 これ、来たな。


「理由は簡単だ」


「お前がいると、城がカビ臭くなる」


 エドガルドが大袈裟に指で鼻をつまむ。

 その様子に隣の女や取り巻きから笑い声が漏れる。


「……」


「空気はジメジメ、服も絵画も壁も最悪だ」


「それ、私のせいですか?」


「お前以外に誰がいる」


 ああ、もう。


「聖女ってのはな」


 王子は、私を見下ろす。


「清らかで、神々しくて、奇跡を起こす存在だ」


「……はい」


「だが、お前は何だ?」


 指を鳴らす。


「湿度」


 取り巻きから大きな笑い声が上がった。


「ただの水だろ? しかも薄い」


「聖なる力ですが」


「言い張るな」


 王子は即座に切り捨てた。


「そんな力、誰が欲しがる?少なくとも、この国では不要だ」


 隣の派手な女が、くすっと笑う。


「ねえ、エドガルド様。この人がいると、前髪が決まらないの」


「はは、それは一大事だ。お前の可愛い顔が台無しだ」


 二人で笑う。

 周囲の貴族も、空気を読んで笑う。


「よって」


 王子が、声を張り上げた。


「聖女リリアナを、王国から追放する!」


 その瞬間。


「──お待ちください!」


 張り裂けるような声が、玉座の間に響いた。


 神官長だった。


「殿下、それだけは……!」


「何だ、神官長」


「彼女は……!」


 神官長は、私を見る。

 その目は、焦りと、恐怖に満ちていた。


「この国は……!」


「またその昔話か?」


 王子が不機嫌そうに遮る。


「不浄の土地がどうとか、初代聖女がどうとか」


「それは、ただの伝承ではありません!」


 神官長は、一歩前に出る。


「この王国は、元来――」


「うるさい」


 王子は冷たく言った。


「今は平和だ。作物も育つ。問題などない」


「ですが……!」


「それ以上言うなら、首が飛ぶぞ!」


 神官長は、言葉を失った。


 私は、その様子を、静かに見ていた。


 ……なるほど。分かった。


「いいですよ」


 私の声は自分でも驚くほど静かだった。

 人って怒りを通り越すと逆に冷静になるらしい。


 王子が、怪訝そうに眉をひそめる。


「そんなに私が邪魔なら」


 私は、微笑んだ。


「いなくなります」


 ざわめき。


「婚約も、聖女の座も」


「全部、置いていきます」


 一拍。


「その代わり」


 私は、王子を真っ直ぐに見る。


「二度と、私を頼らないでください」


「はっ、誰が―」


 私は、もう聞いていなかった。



◇◇◇



「……で、本当に水が出るのか?」


 隣国の城門前。

 衛兵が、半信半疑の目で私を見る。


「出ます」


「信用していいのか?」


「信用しなくていいので、見てください」


 私は軽く息を吸い、手を伸ばした。


 祈る、というより―

 空気に触れる感覚。


 次の瞬間。


「……あ」


「……湿ってる」


 城門の前の空気が、明らかに変わった。


 乾いた砂の匂いが薄れ、

 喉に刺さっていた痛みが、消える。


「……まさか」


「おい、肌……」


「割れてた唇が……」


 衛兵たちが、ざわつく。


「今の、何だ」


「水です」


「……降ってないが?」


「広がってます」


 私は、周囲を見回した。


 地面のひび割れが、ゆっくりと閉じていく。


「……っ!」


 衛兵の一人が、膝をついた。


「あぁ…まさに奇跡だ……!」


「喉が……!」


「神よ……!」


 次々と衛兵たちが祈りはじめる。


「いや、私です」


「もしかして、女神様……!」


「だから違います」


 話が通じない。


「──すぐに王城へ!」


 結局、そうなった。



◇◇◇



「素晴らしい!」


 隣国の王は、即決型だった。


「理屈は分からん! だが、水だ!」


「はい」


「この国には、水が足りん!」


「見れば分かります」


「聖女か?」


「元、です」


「なら問題ないな!」


 軽い。


「望むものは全て用意しよう」


「寝床と、食事が確保できれば」


 王は、笑った。


「だったら、城に住め!」


「え?」


「お前は神が遣わした最高の『加湿器』だ!」


 …あ、ここ、話は通じないけど居心地いい、かも。



◇◇◇



 数日後。


「リリアナ様ー!」


「今日も潤ってます!」


「畑が息を吹き返しました!」


「肌が……肌が……!」


 どよめき。


「……『加湿器』としての私、需要ありすぎでは?」


 侍女が真顔で頷く。


「この国では、水は神です」


「そうですか」


「つまり、あなたが神ということです」


「いいえ、違います」


 やっぱり話が通じない。



◇◇◇



 隣国での生活に慣れてきた頃。


 城のテラスで、私は風に当たっていた。


 湿った空気。

 深く、息が吸える。


 …良い国だ。


 そう思った、その時。


 遠くから、使者が駆け込んでくる。


「──リリアナ様!」


「どうしました?」


「祖国より、急報です!」


 嫌な予感がした。


「……不浄?が、再び動き出したと」


「……」


「死者が……立ち上がり始めたと……!」


 私は、ゆっくりと目を閉じた。


 ああ。


 始まった。



◆◆◆



(10日前、王都にて)



「──陛下! 南区画が封鎖されました!」


「何が起きている!」


 玉座の間。

 第一王子エドガルドは、苛立ちを隠そうともせず叫んだ。


「死者が……動いております!」


「は?」


「墓地から……!そして、生きている人間を手当たり次第に襲っております!」


 ざわめき。


「馬鹿な。そんな話、伝承の中だけだ」


「ですが、実際に!」


「落ち着け。新手の魔物の類か、流行病か?原因の特定は進んでいるのか?」


 神官が、青い顔で答える。


「神官長は、不浄が…活性化している可能性が高いと…」


「どういうことだ?」


「聖女の力が、消えたためかと……」


 一瞬、沈黙。


「……はは」


 王子が、乾いた笑いを漏らした。


「聖女が不浄を封じていただとでも?そんなのはただのお伽話だ!」


「しかし、殿下!偶然にしては…」


「黙れ!」



◇◇◇



(ゾンビ発生から数日後)



「殿下!」


 神官長が、駆け込んでくる。


「聖女を……呼び戻してください!」


「まだ言うか!」


「300年前の初代の記録にあります!」


 神官長は、古文書を広げた。


「聖女の力で、不浄を封印したと。その不浄とは、生ける屍のことだと。これはただのお伽話ではありません。教会の古い記録書にも記載されている事実です!」


「……何?」


 王子の顔色が、変わる。


「まさか……」


「事態を収拾できるのは彼女だけです」


 沈黙。


「……使者を出せ」


 王子は、歯噛みした。


「今すぐだ」



◆◆◆



(リリアナ視点)



「──聖女リリアナ様!」


 使者は、床に膝をついた。


「祖国が……危機に瀕しております!」


「そうですか」


 私は、紅茶を一口飲んだ。


「ゾンビが溢れ、城下町は混乱し……!」


「でしょうね」


「殿下は……!」


「どの殿下です?」


 使者が、言葉に詰まる。


「……エドガルド殿下が」


「ああ」


 記憶を辿るふりをする。


「湿気でカビが生えると仰っていた方ですね」


 使者の肩が、びくりと震えた。


「お詫びを……!」


「何の?」


「……!」


「正式な文書、まだですよね」


「……!」


 私は、にこりともしなかった。


「で?」


「どうか……お戻りください!」


「条件は?」


「殿下が……頭を下げると……」


「それだけ?」


 沈黙。


「聖女としての地位は?」


「……復帰を」


「待遇は?」


「……以前以上に」


「では、答えは簡単です」


 私は、椅子から立ち上がった。


「行きません」


「なぜ……!」


「理由が必要ですか?」


 私は、窓の外を見る。


 潤った庭園。

 生き返った木々。


「私はここで、必要とされています」


「ですが、祖国は……!」


 私は、ゆっくりと振り返った。


「私が必要だった“はず”の場所ですよね」


「……」


「あなた達が選んだ未来です」


 一歩、近づく。


「今さら泣きつかれても」


 使者の額に、汗が滲む。


 私は、静かに告げた。


「もう遅い」



◇◇◇



 それから三ヶ月後。

 隣国の王都は、かつての荒野が嘘のような「水の都」へと変貌を遂げていた。


 私は今、隣国の王・ライナルト様の腕の中にいる。

場所は、瑞々しい大輪の花々が咲き乱れる王宮のテラス。


「リリアナ、今日の肌も素晴らしい吸い付きだ。……ずっとこうして触れていたい」


「ライナルト様、公務中ですよ」


 私の頬を、ライナルト様の大きな手がゆっくりとなぞる。

 以前の彼は乾燥肌のせいで指先が荒れていたけれど、今はしっとりと滑らかだ。

 そしてその瞳には、かつての「加湿器が必要だ」という義務感ではなく、熱を帯びた「一人の男としての執着」が宿っている。


 そこに、不快な砂嵐のような声が割り込んできた。


「……リ、リリアナ……っ! そこに、いるのか……!」


 見れば、テラスの柵の向こう、衛兵に取り押さえられた男がいた。


 ……最初、誰だか分からなかった。

 ボロボロの服。土気色の肌。

 唇はひび割れて血が滲み、自慢だった金髪は見る影もなくパサついている。


 かつての婚約者、エドガルド王子だった。


「お前たちが……お前がいなくなったせいで、我が国は……!」


 彼は掠れた声で叫ぶ。


 聞けば、祖国はゾンビが溢れ、王宮も維持できなくなったらしい。


 彼の隣にいた例の華やかな令嬢も、今や乾燥でシワだらけになり、王子の元を去ったのだとか。


「リリアナ、頼む! 一度だけでいい、あの霧を……俺に、潤いを与えてくれ! 戻ってきてくれれば、今度は側妃として……っ」


「側妃?」


 ライナルト様の声が、氷のように冷たく響いた。

 彼は私を抱き寄せる腕に力を込め、エドガルドを射抜くような視線で見下ろす。


「我が国の宝。私の最愛の王妃を、そのような汚らしい声で呼ぶな。……リリアナ、この男に水を与えるか?」


 私は、ライナルト様の胸に顔を埋めたまま、静かに首を振った。


「いいえ。私は『高性能な加湿器』ですから。メンテナンスの届かない、粗悪な環境で動くつもりはありません」


 私はエドガルドを一度も見ることなく、手元の瑞々しい果実に手を伸ばした。


「それに、エドガルド様。……今のあなたは、私が必要だと言った『清らかで、神々しい奇跡』からは、ずいぶん遠ざかってしまっているようですね」


 かつて彼が私を捨てた時に放った言葉を、そのまま返してあげた。


「あ、あああ……っ!」


 衛兵に引きずられていく王子の叫びは、湿った風にかき消されていく。


「……ふふ、リリアナ。君は意外と執念深いのだな」


「あら、私は文字どおり、湿度が高い女ですよ?」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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