「第六話」神風少女の祈り
11月27日午後1時38分。
小笠原第二防衛ラインに配備されていた零戦・穿天を含む戦闘機一六九機。戦艦及び空母それぞれ四機。現時刻を以てそれらは全て大破、全滅した。
逃げ延びたものはいなかった。逃げようとした者もいなかった。
彼らは、最後まで抗ったのである。乗る戦闘機や戦艦を失えば武器を、武器を失えば石を空へ……手足が吹き飛んでもなお、愛する国のために戦うことをやめなかった勇敢なる兵士たちがこの島には大勢いた。──命を賭した悪足掻き。理屈もへったくれもない根性論が、ここまでの徹底抗戦を可能にしたのだった。
海にも陸にも同胞だったなにかが赤黒くばら撒かれており、その激戦ぶりを物語っている。……残っているのは、空にいる一迅の『神風』のみである。
「はぁ、はぁ……っ!」
無数の『天使』が、青空を驅け抜ける一陣の星を寄って集って失墜させようと群がっている。
乱射、掃射、乱射、掃射ッ!! ただ一つ、残され託されたか細い星の光は、”兵器”として冠された『神風』の名に相応しくその命の灯火を存分に煌めかせていた。
(『天使』討伐数、既に二十機以上。内部電源残量……7%)
刻一刻と鈍くなっていく自らの身体の動きを噛み締めながら、『神風』の少女は己の存在意義、即ち此度の任務を再確認していた。
”小笠原第二防衛戦線を死守すること”
どう足掻いても無理だということは、わざわざ時間や頭を使わなくてもわかる。
この島で戦えるのは最早”私一人”だという事実。そして私は、いいや先に散っていった『神風』シリーズと呼ばれる特殊改造人間兵器は、いずれも”使い捨て”前提の兵器だということだ。
対『天使』特殊戦闘兵器『神風』……それは、目には目を歯には歯をという考えのもと、破壊、鹵獲した『天使』共の未知の技術を軍事利用しようという連合国の極秘計画だった。
結果だけ見れば計画はほとんど失敗だった。『天使』という未知のテクノロジーは人間が兵器として扱うには、あまりにも求められる条件が多かったのだ。
だが、この計画には多くの外国企業からの莫大な額の投資があった。
故に連合国の軍部は決断した。この失敗を、無理矢理にでも成功にしてしまえ……と。──その結果生まれたのが私達『神風』シリーズである。敗戦国に溢れた身寄りのない孤児をかき集め、”教育”することによって国家への忠誠を誓わせ……そのうえで、再現された『天使』のテクノロジーの一部をその肉体に埋め込む改造手術を受けた子どもたち。
それが、私達。
防御手段は皆無。極限まで高められた機動力による回避に物を言わせ、ただ『天使』の攻撃面のみを全面に押し出した人間特攻兵器だ。
(内部電源残量……4%)
死を悟った少女の心に変動はなかった。
なぜならこの少女の心は、既に恣意的に壊されていたからである。孤児から”兵器”として拾われ、教育され、最低限の衣食住の中で訓練を受け……生かされたことに対しての恩義を自覚し、その上で国家に全てを捧げろと教え込まれた。
やれと言われたから、できることは全部やってきたつもりだった。
これでいい。あとは、一機でも多くの『天使』を葬れれば、自爆しておしまいだ。
(内部電源残量……0%)
その前に、自爆する。──そう思っていたのに。どうしてだろうか私は、そうすることを躊躇った。
(何故?)
今まで死への恐怖を感じなかったというのに、死への一途を辿る私の心には一抹の不安があった。……私をここまで運んできてくれた零戦。それに乗っていた、あの男性パイロットの顔が浮かんでいた。
なんで、あんなに私を見て苦い顔をしていたんだろう。
なんで、あんなに私に対して怒っていたのだろう。……そして私は、どうしてそれを何度も何度も思い返そうとするんだろう。
遂に私という兵器は飛行能力さえ失い、遥か高い上空にて落下に転じた。『天使』の群れはそれを逃さんと言わんばかりに急降下してくる。
だが私は殺されやしない。何故なら私は水面だろうが地面だろうが、叩きつけられれば問答無用で大破するだろうから。鹵獲による手の内が漏れる心配も、まぁ無いと考えていいだろう。
任務完了。……それでも、脳裏には、あの真っ赤に血走った眼が焼き付いていた。
まぁ、今更これがなんなのかを知る由はない。私は、最後に残る力を振り絞り、空に燦々と輝く太陽に対して敬礼をしようとして──────それは、陰った。突如飛来した黒い”なにか”によって。
(あれは……)
鈍化した思考が結論に結びつくよりも前に、周辺で爆発が立て続けに起きる。緑色の閃光が迸るたびに、『天使』の群れが爆発により薙ぎ払われていく。一閃、二閃と何処からともなく放たれるそれがレーザーだと気づいた頃には、私は妙な感触とともに着地……しかし、大破しなかった。
(受け止められた?)
誰に? 皮膚感覚から伝わる冷たさが鋼鉄のものだと気づき、すぐに同じ『神風』シリーズの誰か……しかし、それは有り得ないと否定に至る。私以外の『神風』シリーズは零戦とともに大破した。救援に新たな『神風』が本国から来たというのも、考えにくい。
じゃあ、誰だ?
ずざざあっ! 地面を削りながら、兵器の少女とそれを抱えた黒い全身鎧が着地する。
「……大丈夫、なわけないよな。誰が見てもボロボロだ」
「あなた、は」
その声色には覚えがあった。でも、そんな、有り得ない。
人間のはずだ。私達とは違い、血と肉の通ったただの人間のはずだ、なのに。
「でもたった今から大丈夫だ。ああ、お前はもうゆっくり休んでいてくれ……あとは──」
一歩、二歩。前に出る全身漆黒鎧の背中。
何処からどう見ても『天使』の、精密な機械による装甲。
「あとは、俺が全部終わらせる」
しかし、その奥には血と肉による生体反応があった。中にいるのは人間だ……このオーバーテクノロジーと鋼鉄の塊を着こなしているのは、人間だった。
その人は驚くべき速度で空へと突っ込んでいった。有り得ない、有り得ない……改造手術を受け、人を超える力を手に入れた少女は、受け入れられない非現実的な現実を前に、ただ一言漏らすより他になかった。
「……がんばれ」
祈る。願う。さしずめ、神の国を名乗るこの国の神明とやらに。
”どうか、あの人に勝利の神風を”……と。




