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「第四話」硫黄島の英霊たち



 ……ここは。


 周囲には赤い花がたくさん咲いていた。目の前には川があって、その奥には、見覚えのある人がいる。

 

 それが誰なのかを理解した時、俺は川を超えてそっちに飛んでいこうとした。

 けれどもそれは叶わない。足元の花の茎やらなんやらが絡みついて、俺をここに縛り付けるんだ。あの人がいるところに、俺を逝かせてなるものかと、必死に。

 

 ──────大きくなったなぁ、勇。


 「待って父さん!!」

  

 伸ばした手が虚空を掴むと同時に、俺の腹部は刺すように、それから響くようにじんわりと傷んだ。痛みが俺を現実に引き戻してくれたおかげか、ゆっくりとではあるが頭が回るようになってきた。


 そうだ、たしか俺は、覚悟を決めて硫黄島に突っ込んだんじゃないか。

 生きて帰るつもりなんてなかった。斑の無念を少しでも晴らすと、父さんのように誇り高い玉砕をすると、決めた、はずなのに。


 「……なんで、生きてるんだよ」


 ひゅうううっ。どぉん、どぉぉん。

 爆発に次ぐ爆発。見上げるとそこには、空を縦横無尽に駆け巡る数機の戦闘機と、それを数の力により蹂躙しようとする『天使』共……それから、その差を辛うじて”拮抗”に持ち込んでいる、あの『神風』とかいう白髪の少女の姿。

 

 ああそうだ。ここにいる誰も、まだ諦めてなんかいない。

 生きているなら動け。まだ手足があるなら、いいやそれらを失っても戦え!


 「ッ!」


 痛む身体に鞭を打って立ち上がる。

 まずは状況を整理しよう。ここは硫黄島、小笠原第二防衛戦線の軍事基地……だった。だが起き上がってみて分かった。空の戦闘機に向けられて放たれる物騒な機関銃、鋼鉄の建造物……其処から出てくる無数の『天使』共! この島はもう……奴らの”軍艦”として作り変えられている!


 (戦線なんてとっくに崩壊している。最後の『神風』であるあの子がやられてしまえば、瞬く間にここは落ちる)


 クソッタレ、と。苛立つ気持ちを敢えて今は抑え込む。

 今は理不尽に憤る余裕も時間もない。軍人として、現状の打開を図らなければならない。そのためには……やはり武器が、欲を言うなら乗り込める戦闘機が必要だ。


 「……?」


 ふと、煮詰まっていた思考が急に冷えていく感じがした。 

 なんだろう、この感覚は。俺は引き寄せられるように目線を地面から、ふんわりと島の内陸側に向けた。──そこには苦い意味で懐かしく、見覚えのある軍服を着た男が立っていた。一振りの軍旗を、握りしめて。

 

 (旭日旗だと……? 今の軍で、アレを身につけるのが許されるわけが……)


 おい、と。声をかけようとしたその瞬間に、男は俺に背を向けて走り去っていく。

 俺はその背中に引っ張られるような、とにかく追いかけなければならないと思い込みながら走った。そいつは迷うことなく器用におかしな道やら抜け穴などを掻い潜り、『天使』に遭遇したりすることなく突き進んでいく。


 「おい、何処に行く! 今のこの状況がどれだけ切羽詰まっているか分かんねぇのか!?」

 

 とは言いつつ、俺は本気でそいつの襟首に飛びかかろうとはしなかった。道案内をさせているというか、いいやそもそも案内をしてくれているかどうかも明言されてすらいないのに、なぜだか俺は”この人についていくべきだ”と強く思いつつあった。根拠はない、心だけが強く引き寄せられていた。


 気がつけば俺は、息が上がるぐらいにはこの硫黄島を走り回っていた。


 「はぁ、はぁ。……そこに、なにかあるのか?」

 

 こくり、と。頷く旭日旗の男は、なにかの建物の跡地のような古ぼけた場所のど真ん中にある、とても暗い……地下室への階段のようなものが露出している地面を指さしていた。

 男は軍旗を振った。かつての大日本帝国の国旗である旭日旗……それが描かれた、今は許されないデザインの旗を。──まるで、鼓舞するかのように。


 「……」 


 俺は気づけば敬礼していた。それが、いいやそれらがなんなのかをほんの少しずつ察し始めていて……それがたった今、確信に変わったからである。

 先駆者は皆指をさす。──向かえ。お前の手足はまだ、国のため未来のために動くのだ、と。


 俺は階段を駆け下りた。視界は完全に前を向いてはいたが、自然と彼らも俺の背中に敬礼を返してくれていたことがよく分かった。

 彼らはあの戦争を終えた後も、俺達軍人を……いいや、この国を守ってくれていたらしい。そして今、俺の前にその雄姿を再び顕した。託すために、使命を受け継がせるために。


 荷が重い、なんて弱音を吐くつもりはない。

 ただ今は、かの玉砕していった英霊たちに見初められたことが……誇らしかった。──目の前に鉄の扉。外で行われている大規模な戦闘の影響で、ぐにゃりと曲がっていた。


 「はぁ、はぁ。……っ、くぅ!」


 迷わず全身で突撃。一度、二度。そして三度目で扉をぶっ壊した。

 そして次の瞬間、部屋全体に明かりが灯っていく。もともとそういう仕組みだったのかもしれないが、そういった考えは視界に映り込んだ”それ”によって吹き飛んだ。


 「どういう、ことだ……これは」


 埃、煤、蜘蛛の巣。手入れもなにもされていないこの部屋の中で、ただ唯一その鋼鉄の身体を黒く深く煌めかせている……鎧? いいや、これは、こいつは……!


 「なんで、ここに『天使』がいるんだよ……!?」


 後退り。それと同時に、漆黒の『天使』の瞳は赤く灯った。

 俺という、招いてもいない客人に向けて。





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