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「第三話」玉砕

 東京基地から一斉発進してから、既に三時間が経過していた。


 (今のところ、特に異常はないな……)


 小笠原戦線には大規模な防衛基地がいくつもある。本当にあそこが戦場になっているのならば、そろそろ物騒な黒煙やらなんやらが見えてきてもおかしくはないのだが、俺達は特に何事もなく太平洋空域を飛行していた。


 『ここはもう小笠原空域の範囲内だ。いつ奴らが飛び出てきてもおかしくはない……全員、気を引き締めろ』


 了解。無線に返事をするものの、俺は内心それを疑っていた。

 願わくば全てが誤報であってほしい。軍人らしからぬ腰抜けな考えがちらりと脳裏によぎったと同時に……それは、コクピットから見える視界にも映り込んだ。


 なんだ、今の。──その瞬間、機体がぐらりと衝撃とともに揺れた。


 『──に────が─あ────襲撃! 『天使』襲撃! 一機撃墜されたがまだ近くにいる、編隊飛行を崩すな!!』

 「っ!!」


 機体大破の衝撃で煽られたせいで、制御が効かない! レバーを握りしめ、どうにか上へ上へと機体を持ち上げる。──その間にも視界に映るのは、蟷螂を彷彿とさせる異形の白い装甲。細いその機体の両腕には機関中と思わしき部位……頭部には、奴らを象徴する青白い光輪。


 俺達が乗る零戦と同じかそれ以上の大きさ。……人に仇なす、化物。

 父さんの、仇!


 「『天使』……!」


 機体がその体勢を立て直すと同時に、本格的に空中での銃撃戦が繰り広げられ始めた。

 見えるだけでも『天使』の数は四体。対するこちらは現在十機……確実に複数機対『天使』一機で沈めていけば、勝てる。

 

 冷静であれ。ここは空なんだ、落ち着いて立ち回らなければ……海の藻屑に成るのは俺達なんだ。──レバーを握りしめ、『天使』のうち一体の背後に回る。


 「死ね!!!」


 腕に伝わる機関銃の振動。空に放たれる特大の徹甲弾の数々の内一発が、『天使』の半身を吹き飛ばした。上と下がぶち破られたそれは、周りにいたもう一機を巻き込んで爆発を巻き起こした。──二機、仕留めた。初任務で。


 『勇殿ぉ!!!』


 無線から聞こえてきたのが斑の声だと気づいた時には、機体は大きく揺れ動いていた。撃たれている……しまった、三体目の『天使』に後ろを取られた!


 (不味い!)


 最高速度を引き出して引き剥がそうにも、揺れが凄すぎて視界が定まらない。チラホラと見える黒い煙に包まれた部品やら破片などが、俺の鼓動を一気に早めていく。


 「クソッ、クソクソッ……畜生!」


 死。視界の端で次々に大破していく仲間の機体を、俺は見ていることしかできない。

 こんなところで、道半ばで俺は、風になってしまうのか。……せめて、任務だけでも。心の中で父さんに謝意を述べながら、俺は機体内部に仕舞い込んであるという『神風』を解き放つボタンを、押した。


 刹那────視界に映り込むのは揺蕩う白髪。

 裂ッ”、壊ッ”……墜ッ”ッ”!!!


 突如、後方の『天使』がひとりでに半壊したのだ。まるで鎌鼬にでも遭ったかのように唐突に……そのまま力なく堕ちていき、大破する。

 

 (なにが、起こった……?)

 「貴君の判断は迅速であり、正しかった。……だから、貴君は今も生きている」


 とん、と。そんな優しい揺れの先にいたのは、あの一瞬の視界に映り込んでいた白髪……それを激しく揺蕩わせる”誰か”だった。有り得ない、こんな場所でこんな、こんな……こんな女の子がいるわけがない。俺の脳はもちろん否定した、だが。


 「あとは、この『神風』にお任せを」


 それは存在という何よりもの証拠によって、彼女自身により直接否定された。──次の瞬間だった。彼女はなんと、躊躇うことなく俺の機体から飛び降りたのだ!


 (なっ……!?)

 

 声を出しかけたのも束の間、直ぐに真下から真上へかけて急上昇するいくつもの”何か”が、青白い光をいくつも描きながら空を駆け抜けていったのだ。

 目視でも分かる。それらは全て人間だった。各々が空を自由に駆け巡り、その手には両手持ちの機関銃……いいやそれよりも特筆すべきは疾さ! 戦闘機はおろか、『天使』よりも疾いじゃないか!!


 「……神風」


 間抜けにも口に出さずにはいられない。なんなんだ、アレは。増田隊長殿は兵器と言っていたが……まさか、他の戦闘機の中にもあんな子供たちが詰め込まれていたとでもいうのか?

 吐き気がする。俺は、精一杯にレバーを握りしめながら、容易く駆逐されていく『天使』共と……本来ここにいるべきではない『神風』を名乗る謎の少女を含む子供たちを、睨みつけるように眺めていた。


 『勇殿、無事ですか!?』

 「ま、斑か!?」


 最悪の気分の中であっても、無線から聞こえる友の声はしっかりと頭に響いた。

 良かった、生きていた。もしも大破したあの数機の中にお前がいたらと思うと、俺はもうおかしくなっていただろう。……隣に並んで飛ぶ友の機体は少しだけ損傷していたものの、コックピットの中を見て、ようやくホッとした。


 「……俺は無事だ。それより状況は?」

 『はい! 味方の零戦は僕らを除いて全滅してしまいましたが……それより、あの子たちは一体……?』

 「分からん。上は『神風』という兵器だと仰っていたが……まさか人間、しかも同じ人間だとは俺も思ってなかったよ。……斑、お前の機体に搭載されていた『神風』は?」

 『えっ? あーえっと……『天使』の攻撃で中身ごとやられちゃいまして……』


 ずざっ、ずざざっ。


 『────こちら、『神風』』


 砂嵐のような雑音から入り、無線から聞こえてきたのは少女の声だった。

 聞き覚えが、あった。

 

 『ええっ、君、子供ですかぁ!?』

 『イレギュラーな事態にも柔軟な対応、流石です。貴君らの任務は現時刻を以て完了されました。……早急に本国へ帰還されたし、応答願います』

 

 まるで他人事。どうやら今俺の視界を飛び回っている少女は本当に『神風』とか言う兵器らしい。……ほとんど生身。しかも、己の身一つで『天使』相手に立ち回る。


 そして、『神風』という兵器としての名前。


 「……ふざけやがって」


 ふざけやがって。俺が、なんのために軍に志願したと思っているんだ。

 

 『どうした、応答願うと……』


 ずざっざあざざああっ。

 大きい、ノイズ。あまりにも大きな割れるような音たちが、無線通信機から発せられる。


 『────き──う──至急───本国へ────』

 

 嫌な予感がした。視界の向こう側にいる子供たちも、なにやら慌てているような素振りを見せている。


 「こちら対『天使』機動作戦連隊、天童勇! 小笠原戦線、応答されたし!」


 返事をしてくれ。そんな俺の祈りは虚しく、空からでもよく見えるほどの濃い黒煙が少しずつ……その惨状とともに見えてきた。

 海上で火を吹く空母、戦艦。小笠原の島々のあちこちから立ち上る黒煙……その奥に見える業火。──ああ、と。俺は察した、もはや小笠原第二戦線での戦いは劣勢どころではなく、既に大敗を喫しているのだと。


 「……くそっ」


 本土空襲。トラウマと共に脳裏を駆け巡る最悪の未来が、今まさに少しずつ、俺達の故郷へと迫ってきている。ここで食い止められなければ、あの国に住む人達は、きっと。


 『勇殿、あれ……!』

 「斑!? どうした、どうしたん……」


 無線に怒鳴りつけていた俺の視線は、殲滅されつつある小笠原諸島……その島の内の一つ、第二次世界大戦時の激戦区であった硫黄島へと向けられていた。──いいや、正確には違う。俺は、硫黄島全体に起きつつある”異常”から目が離せなかった。


 『硫黄島が、丸ごと要塞として作り変えられてる……!?』


 にわかには信じ難し、しかし現実は其処にあり。

 外側から内側へ、水が垂らされた一点から広がっていくように硫黄島全体に巨大な要塞が建築されていく。素材一つ一つが意思を持っているかのように、どこからともなく現れては集まり固まっていく。──軍艦島。バカバカしいが、そう表現するより他にアレを形容する言葉が見つからない。


 ……いや、それよりも。

 丁度島の中心、その上空にいる”それ”のほうが重要で、脅威な気がした。


 「……鉄の翼」


 あれは、なんだ。なんなんだ、あの赤い天輪を浮かばせた剛翼の、大蛇のような長い長い『天使』は!?

 これまで様々な形状の『天使』と我が連合軍は交戦し撃墜してきたが、その中でもあんな大きな鉄の翼、極め付きは赤い天輪の個体など、十年間の記録のどこにもなかった。


 (あいつが島を作り変えているようにも見える。もしや、アレは現場指揮……もしくは群れで言うところのボスといったところか? アレを倒せば、あるいは──)


 思考の最中。その、赤い、貫くような眼光が、こちらに向けられる。


 『──勇殿ォ!!!!』

 「えっ」


 しっかりと、斑の声が聞こえた。

 次の瞬間、俺の機体の目の前で、もう一機の零戦・穿天が大破した。爆炎の奥に見える機体の残骸、その中には……その中には……その中にはぁ、あああ!!!!


 「斑ぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」


 死んだ、目の前で! 窓に付着するのは煤埃だけではなく、赤黒い赤黒いねっとりとした……血液! 爆発四散、玉砕。ああ、なんてことだ……あの素晴らしき戦友は、友を庇うためにその命を投げ捨てたというのか!!!!


 その、奥に。

 いる。────たった今、爆炎より飛び出した……二翼一対の剛翼を携えたあの赤い天輪の『天使』が!!


 「ふぅっ、ふぅぅ……っ、貴様ぁ!!」


 旋回。レバーに装着された機関銃のボタンを、潰れるぐらい押し込む。雄叫びは慟哭にも似ており、目の前の異形なる『天使』をめがけて鉄甲弾は向かっていく。しかしそれは回避回避不発不発……カッ、弾切れを示す音が響いた瞬間、攻守は一瞬にして交代した。


 (畜生!)


 万事休す。しかし、割り込むように『神風』たちが四方八方から剛翼の『天使』に攻めかかる。──手、足、首。大破に次ぐ大破を繰り返し、一人また二人と子供が死んでいく。……さっき俺を助けてくれた『神風』の姿も見えず、俺は舌を打った。


 (畜生! 来るなら来い、この機体をぶつけてでも道連れ──ぇ)


 浮遊、感。落下を知覚した次の瞬間には、既に戦闘機の両翼は切り飛ばされていた。

 制御不能。勢いを増して落ちていくこの機体と、それに乗る俺には、もう未来は残されていないことを悟る。──ならばせめて俺は、玉砕した父に習い神風となろうではないか。


 (要塞に、風穴を……!)


 レバーを握りしめ、落下軌道を根性で捻じ曲げる。火を吹き、崩れ行くかつて日本最強を謳った名を冠する戦闘機! 悔いは無い。死んだ友のために、俺は、憧れと国に殉じて死ぬ! そして、残された未来を守る神風として、どこまでも吹き続けるんだ!


 ────あんただけは、自分のために生きるんよ。

 (……母さん)


 クソッタレ。こんな時に、思い出すんじゃねぇよ。

 業ッッ! 巻き上がる業炎、響き渡る轟音。現時刻を以て、連合空軍対『天使』機動作戦連隊……その全員が小笠原第二防衛戦線にて凄まじき玉砕を遂げ、全滅した。


 


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