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「第一話」敗戦、そして出立

 八月十五日。

 ラジオから流れてくる天皇陛下のお言葉が響く中、父さんが国から送られてきた赤紙を握りしめながら、その場に膝を突いて泣き崩れていたのをよく覚えている。


 日本が、戦争に負けた。

 その事実は当時八歳だった俺の胸にさえ重く伸し掛かっていた。昨日まで快勝だの勝利は目前だのと騒ぎ立てられていたのに、いきなり負けたという事実が街中に響いているのだから。

 

 「嘘だぁっっ!!」


 身体を震わせながら、父さんは地面に向かって吠えた。

 周りの人たちも同じように吠えて、泣いて、喚いて、怒っていた。貧しくても、お腹が空いても、それが勝利に繋がるなら……そう心に据えていた一本槍を叩き折られ、誰も立ち上がれない。


 「なんのっ……ために。なんのために俺達はぁ……親父はぁ」


 初めは俺も同じ気持ちだった。なんのために兄さんは、姉さんは……母さんは、死んだんだよって。


 でも、蹲る父さんを見て、俺は物凄く安心した。

 今でも覚えている。あの悍ましいぐらいの安心感と、それを恥じろ腹を切れと喚き散らす俺の中で消えつつあった”愛国心”の残滓を。


 (ああ、よかった)


 父さんだけは、死ななくていいんだ……って。

 戦争は、先の見えない空腹と病気との戦いは、もう終わりなんだって。


 そう、この時の俺は呑気にも、大日本帝国の敗戦にして終戦を……父さんが戦闘機に乗って死にに行かなくてもいいんだと、心の内で喜んでいた。


 それから僅か三ヶ月後の話だった。

 人外。機械仕掛けで鋼鉄の身体を持つ『天使』共から焼け野原となったこの国を守るために、父さんが神の風になって玉砕していったのは。


 俺は、とうとう卑怯にも生き残ってしまったのだ。



 □






 日本が戦争に負け、GHQによる占領統治が始まってから既に十年もの月日が経過していた。

 アメリカの爆撃機によって焼け野原にされた国土は、皮肉にもアメリカを含む連合国の技術・金銭的支援によって再生……否、以前よりも堅く強く豊かな国、いいや世界一金のかかる”防波堤”として形作られていったのだ。


 今や日本は首都や地方を問わず高い衛生面や電気、水道の類が充実しており、まるで。


 「”最早戦後ではない”、か」


 揺れの激しい列車に揺られながら、そんな表題の本の中身を読み漁ってみたが……最初の数行で読む気が失せてしまった。駅での値段が中々だったため多少は我慢して読もうと思ってはいたが、やはり駄目だ。俺は大人しく本を閉じ、鞄に放り入れた。


 「ちょっと、どうしたんですか? 勇殿」

 

 正面に据わっているガマガエルのような顔の男、炭口斑は駅弁を食べるのをやめ、嫌そうな顔で聞いてきた。


 「別に、ただの八つ当たりだ」

 「物に当たるのは良くないですよ。ほら、勇殿も駅弁食べましょうよ〜”おむれつ”美味しいですよ?」

 「……はぁ」


 呑気なやつだ、と。俺はわざとらしく大きなため息をつくが、こいつは全く気づいていない。夢中で駅弁を貪っている……緊張感というものがないのか、こいつは。

 

 「あのなぁ斑。旅行じゃないんだぞ、俺達はこれから──」

 「連合空軍対『天使』機動作戦連隊への配属。そして、緊急の実戦投入……特殊兵器の緊急空輸とはいえ、初任務の現場が戦場ですよ? びっくりしちゃいますよね」


 声色は変わっていなかったものの、そこには恐ろしいまでの変化があるように思えた。

 否、それは違う。こいつは呑気でも間抜けでもなく、ただそれが当たり前なんだと自然に受け止めたうえで……平然で、平気な顔をしていたのだ。


 ”俺達は兵士だ”

 ”括るべき腹も、弁えるべき現状も、飽きるほど噛み潰してきた”


 (寧ろ、俺のほうが……)

 

 すっ、と。膝の上で握りこぶしを作っていた俺の視界に、木箱と箸が差し出される。

 

 「訓練を終えたばかりの新兵。そんな僕らが、配属先決定と同時に緊急任務……しかも、戦闘機に乗り込んでの緊急空輸。いつ撃墜されてもおかしくないんです、だから」


 にっこり、笑う。


 「いっぱい、食べておきましょうよ。これが最後の晩餐かもしれないんですから」

 「……ぁ」


 なんて言えばいいかわからず、俺は箸と弁当を受け取った。斑は満足そうにしながら、二箱目に箸を突っ込む……そんなこいつを、俺は懐かしむように見つめていた。


 炭口斑。

 俺と同じ拾壱期生であり、同期の中での最優秀成績者であり……俺の唯一の、戦友。


 こいつほど”能ある鷹は爪を隠す”という言葉が当てはまる男を、俺は見たことがない。頭がよく回り、なんでも器用にこなす。なのにそれをひけらかしたり自慢することなく、嫌味のない謙虚さで人の心を誘う。

 

 だからたまに、忘れそうになる。

 こいつが、俺なんかよりもずっと優秀な兵士なんだと。


 「勇殿」


 かしこまった感じで名を呼ばれ、見るとそこには貫くように真っ直ぐな目があった。


 「やっぱ僕、最後の晩餐がこれっぽっちとか嫌です。勇殿もそう思いますよね?」

 「はぁ? いきなりなにを言っているんだおま……」


 やっぱりこいつ、そう思ったところで俺は、目の前の男がなにを言いたいのかを察した。


 「……そうだな」


 ああ、本当に憎めない男だ。ここまで人の心というものを傷つけずに包むものなのか。


 「給料が出たら、東京の町に呑みに行こう。美味い魚や酒を一晩中、朝まで俺とお前で食い尽くしてやるんだ」

 「うぉお! 言いましたね勇殿!? 奢りですよ奢り!!」

 「……お、おう」


 断りづらい雰囲気作りやがって、と。なんだか少しだけほぐれたような気持ちがした。

 

 (東京、か)


 列車の窓から、初めて見るその年の姿がよく見える。

 本当に同じ人間が考えて作ったものなのかと疑うほど、異物感が漂う箱の塔のような凹凸した建物が立ち並ぶ……”占領地日本”の心臓部であり、対『天使』に対する総力戦の最前線を担う都市、要塞都市東京の姿が。


 (アメリカ、イギリス、そしてその他大勢。この世界には、日本にとっての敵が多すぎる)


 植民地と何ら変わらない恥辱の象徴を睨みつけながら、俺は日本という国の行く末を想い、苛立ち、嘆く。──そして、改めて確信する。この国はもう一度、この国のためだけの”力”としての軍隊が必要なのだ、と。


 (今の俺達だからこそ必要なんだ。強く、戦争に”勝てる”日本という国が……)


 ──想起。玉砕の知らせの後、届けられたのは焼けた軍帽だったこと。

 ──回想。父さんは、敵の『天使』一機に突っ込んでいき、道連れの玉砕を遂げたこと。


 (アイツらを、滅茶苦茶なスクラップにできる”日本”が)


 覚えている。あの時の無力感を。

 今も滾っている。怒りに煮えたこの血潮は。


 全ては、逆襲のため。

 第二次世界大戦で失い、奪われた全てを……この国も、俺も、奪還せねばならないのだ。 

 




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