表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二日月

作者: 朝月夜

「あぁ、月が綺麗だな」と呟いた。


 冬の月って、どうしてこんなにも綺麗に見えるのだろうか。澄んだ空。不純物のない、綺麗な空。


 肌を突き刺す外気温に、私はぶるりと身体を震わせた。マフラーに顔を埋めて、温めるように息を優しく吐く。


 普段着の上から身に纏う、厚手の茶色いダッフルコート。手袋を忘れてしまったから、ポケットに手を突っ込んで、さして暖かくもないけれど暖を取る。


 空を見れば、やっぱりそこには濃紺の、けれど澄んだ星空が広がる。


 田舎に住んでいる私は、都会の夜空見たのはたったの1度。


 去年の、冬だけだった。


 そこで見た空には、ここよりうんと少ない星が見えただけだった。けれど都会の街はきらびやかな人工照明に彩られていた。


 私の暮らすここにあるのはただ、寂しく佇むばかりの数本の街頭だけ。細く伸びる一本道を通る車も、人もない。


 だからきっと、都会の夜空と私の見るこの夜空は違っている。


 生まれてからずっと見てきた夜空で、私の中の概念として存在している夜空だ。この夜空は、星の宝石箱だ。慣れ親しんだ星空。そして、月。


 別段変わったところはないのに、なぜだか今日は月が綺麗に見えた。


 マフラーから顔を出して、はぁっと息を吐き出す。それは白く虚空に模様を描き、私の視界を掠めていく。寒さが鼻につんと来て、私はくしゃみをした。


 今日は良いことがあった。


 お昼ご飯に母から渡されたお弁当が、私の好きなメニューだった。


 塾で出された問題がいつもよりすらすら解けた。


 …私よりも一足先に大学生になった友人は、ついに彼氏が出来たらしい。時折友人から送られてくる楽しそうな大学生活の写真を見る度に、自分の心臓が小さな悲鳴をあげて、どこかすきま風がふきぬけるのを感じていた。


 けれど、今日ばかりはその知らせをなぜだかすんなりと受け入れ、喜べた。


 ー私はまだ独りだけれど。


 私はまた、息を吐き出す。白く霞んで、それからぱっと星空が目に映る。そして、そこに浮かんでいる月。私が来年の冬に見上げる夜空は、この夜空だろうか。それとも、受験の夜に見た、あの都会の寂しい夜空だろうか。


 私は1人、そんなことを思って小さく笑みを零した。


 今日は少しだけ、良いことがあった。月が綺麗に見える理由なんて、本当は最初からわかっていた。


 ー模試の志望校判定が、ついにA判定。


 ずっと、都会に焦がれていた。


 この夜空よりも、あの受験の夜に見たきらびやかな街灯の方が美しく見えた。受験に落ちて、大学生活を謳歌する眩しい友人が恨めしかった。毎日毎日、この夜空を見てため息をこぼしていた。


 それでも今日は。


 今日だけは。


 今までの私の努力が報われた気がした。まだ受験は終わっていない。それはその通りなのだが、それでも、今日だけは空に酔っていたいような気がした。


 私は月に向かって手を伸ばす。それから笑みを浮かべて、よし、とどこへともなく小さく呟いた。


 伸ばした手で隠れていた二日月が顔を出す。真っ暗だった夜空に、ほんの少しだけ顔を見せてくれた月。


 それが、どんなに眩しかったか。


 ーまだ、今はきっと、満月ではないけれど。


 来年の冬、見上げる夜空はどんな夜空だろう。


 眩しくて、眩しくて。きっと、二日月では霞んでしまう。満月くらいではないといけない。


 そんな、夜空の下で笑っていられればいいと、そう、思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ